どうかあなたが

五十嵐

文字の大きさ
上 下
45 / 90

44 アンバランス

しおりを挟む
豪華なキッチンは使い勝手が良いというわけではないことを、かおるは理解した。樹が日本に戻ってきてから住んでいるというマンション。その割には真新しく見えるキッチン。意味することは、住人が料理をしないということだ。そして、多分、出入りしたことがある人も。

面白いのは、冷蔵庫や棚に調味料だけは色々あること。賞味期限が切れたものもあるけれど。試してみたい時、もしくはそれを好んだ人が欲した時に購入して、そのまま、そして今に至るということだろう。

中には、継続的に使用されているようなものもある。
その代表的な一つであると思われる、自分では絶対買わない発酵バターをかおるは冷蔵庫から取り出した。ついでに、棚にあった乾燥バジルなどのハーブ類を作業スペースに置くと、ボール代わりの深めの皿に卵を割り入れた。

パンはあると言っていたが、樹に金銭感覚はないようだ。近くのコンビニで買っているというパンは高級ラインのもので付いてる値段はこれまたかおるでは普段使いしそうにない金額。
けれどコーヒーはインスタント。不思議なアンバランスさが樹にはある。

だから…、なんだろうか。樹が昨晩かおるにプロポーズをしたのは。毎日ステーキだと飽きるから、たまには素朴な味のものが食べたい、のような。このキッチンにあるインスタントコーヒーとかおるは同じに思える。気安い、というか、簡単というか。事実、かおるは恭祐から受けるプレッシャーの日々に手を差し伸べてくれた樹に簡単に身を委ねた。



樹が言った『約束を守る』はどれくらい守られたのか非常にグレーだが、かおるは処女のままだ。処女を失うのが山頂ならば、九合目くらいまでは登ったような気がするが。
でも、九合目だとしてもどうしてそこまで到達してしまったのか、自分でも理解に苦しむ。あの後二人でシャワーを浴びて、一つのベッドで眠ってしまったのも。

眠りに落ちるまでも、ベッドの中で睦み合った。経験がないかおるにもそれは濃厚だったと分かる程。起きた時には薄い肌掛け布団の下のかおるも樹も全裸なのは睦み合いながら眠ったのだから当然のこと。

樹を起こさないようにかおるとしてはこっそりベッドを抜け出したが、とんでもないものを朝からうっかり見てしまったのはしょうがない。朝の静寂の中で見えたそれは、昨夜バスルームで見てしまったときよりも淫らに見えた。

あの淫らなものが自分を貫いたらどんな感じなんだろうとかおるはふと思った。樹から教えられた言葉通りの状況になったら。固く、太く、獰猛なそれが奥へ奥へと侵入しきたら…。指の比じゃない、きっと。初めては痛いと聞くけれど、樹の言葉を信じるのなら乳首のように痛い先に気持ち良いがあるはずだ。
そんなことを考えながら朝食の支度をしていると、かおるは自分の入り口が昨夜のように疼くのを感じた。そして、濡れてしまっていることも。


「おはよう。すごい、いい匂いだ。」
自分の状況を恥じて樹と顔を合わせ辛いと正に思っているときだった、樹に声を掛けられたのは。

「あ、あの、おはよう、ございます。油が探せなくて、バターで、スクランブルエッグを…。あまりあちこちを探すのも悪い気がして、直ぐに見つかったバターを使ったんですけど、」
「ああ、あるものは何でも使っていいよ。」

キッチンに現れた樹は朝とは思えない程艶っぽい。そんな樹が柔らかい笑みを浮かべて朝の挨拶をしてくれるとは、なんて贅沢なんだろうか。そこまで思って、かおるは気付いてしまった。また、恭祐との違いを思っていたと。どうしても、樹を通してその先にいる恭祐の影をかおるは見てしまう。

「どうかした、何か心配事?」
「あ、あの、味が心配で。」

心配事というよりは不意に恭祐に対する恐怖心が浮かんだのだが、樹がそれに気付いたことにかおるは驚いた。咄嗟に吐いた嘘は不自然でなければいいが。

「心配なんていらない、すごく美味そうだ。温かいうちに食べよう。」
「はい。」

かおるの吐いた嘘に、樹は丁寧に対応してくれた。味を褒めてくれた上に感謝まで言って、嘘の心配を払拭してくれたのだ。
余りの居た堪れなさに、かおるは曖昧な笑みで返すしか出来ない。

「信じて、ホントに美味かった。」
「はい、ありがとうございます。」
「もっとこうして居たいけど、会社へ行く支度もしないとな。」
「あの、わたし、先に出てもいいですか。」
「一緒に行こう。オレも一緒に早めに出るよ。別に悪いことはしていないのだから、堂々と二人で出社すればいい。」
「…はい。」

樹のマンションから会社までは近い。だから、直ぐに着いてしまう。優しい空間から、緊張を強いられる空間へまるで突き飛ばされたかのように。

ただ、今日は不安と恐怖に支配されるのは午前中だけで済む。樹と過ごした次の日が若林家へ午後から行く日で良かったとかおるは思った。なぜか、恭祐と同じ空間にいるのがいつもより怖かったのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

初恋の呪縛

泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー × 都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー ふたりは同じ専門学校の出身。 現在も同じアパレルメーカーで働いている。 朱利と都築は男女を超えた親友同士。 回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。 いや、思いこもうとしていた。 互いに本心を隠して。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...