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33 好きは好き、嫌いは嫌い
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次の月曜、かおるはまたいつもより早く家を出た。早めに会社に着き、気持ちを落ち着かせておきたかったのだ。
というのも、9時半から樹とのミーティングが予定されていた。10時からは、小峯も参加するがそれまでは二人きり。
やはり落ち着かないことには仕事にならない。
会社に着くと既に恭祐の気配があった。
分かりたくもないのに分かってしまう、恭祐が昨日もここで仕事をしていたのが。住まいと会社が近いのも考えものだ。
恭祐が特定の女性と付き合わないのは、こういうところも関係しているように思える。相手に自分の行動を制限されるのを嫌っているのだ。
多くの場合恭祐が誰かに合わせることなどない。その誰かが恭祐の都合に合わせる。
合わせられないのであれば、彼の傍にいることは許されない。アシスタントであるかおるとて同じ。恭祐の意図することに合わせられなければ、その時点で他へ飛ばされていただろう。
かおるは今は席をはずしている上司の為のコーヒーをおとし、朝食を買いに行くことににした。恭祐はシャワーか着替えにでも帰っているのかもしれない。だから、席に戻ってきたら朝食を取る、その行動を先読みして合わせなくては。
「どうぞ。」
「ああ。」
やはりありがとうの言葉などない。それでも心のどこかで喜んでくれていたらと思いながらかおるは恭祐の邪魔にならないようにデスクに朝食を並べた。
席につき恭祐の横顔を盗み見しながら、かおるはふと思った。もし同じことを樹にしたら、と。
同時に今まで思いもしなかった考えが頭を過った。恭祐と仕事をするようになった最初の数回は確かに朝食を買ってくるように言われた。
だから朝出社して恭祐の気配を感じ取ると言われなくても朝食を買いに行くようになった。
けれど…言われてもいないのに朝食を買ってくるのは、恭祐にとってはただのお節介に映っていたのかもしれない。
そもそも二人の間には会話という名の言葉のキャッチボールがないのだから、今までの全てにおいて同じことが言えるのだが。
全てが虚しい独り相撲。そんな風に思えてくる。
「よう、恭、旨そうなもん食ってるな。」
底の見えない考えの沼に落ちかけていたかおるの耳に樹の声が入ってきた。声のトーンは違っていても、日曜にかおるに触れた樹であることに変わりはない。結局、早く出社したくらいでは落ち着いて樹と接することは難しく胸が早鐘を打つ。けれども恭祐が放った低いトーンの『ああ』という樹への返事にかおるの体が条件反射を起こした。冷静になるという。
「恭が野菜とフルーツにヨーグルト、極めつけが牛乳の方が多そうなカフェオレ好きとは意外だよな。」
「なんだよ、好きなものは好きなんだから仕方ないだろ。」
二人の会話から、恭祐にとって朝食は余計なお世話ではないようだった。
ただ、かおるには好きなものを好きだとはっきり言う恭祐が怖かった。なぜならその反対も然りなのだろうから。
そう、嫌いなものは嫌い…。
「な、かおるも我儘で自分勝手な上司を持つと大変だな。」
不意に樹がかおるにも話を振ってきた。会話に加わってもらいたくないであろう恭祐のことを思って、かおるは樹に『ちょっと待って下さいね。』と笑みを向けその場を去った。
そして、コーヒーを淹れてくると樹に手渡した。
「秋山さんも、コーヒー、どうぞ。」
差し出す時に手が少し震えてしまったのはしょうがないことだろう。しかし、少しの震えでも、カップの中のコーヒーには大きな揺れを作る。その揺れは、樹にも、更には恭祐にも何かを伝えようとしているようだった。
恭祐は急がなければいけないと思った。樹は従兄弟であり、大切な友人だ。二人の弟より近くて大切な存在と言える程の。
そんな樹のためにもかおるには早くそれ相当のダメージを与えなくてはいけない。
二度と自分達の前に姿を見せられなくなるよう。時間は一週間以上ある。しかも何があっても逃げることが出来ない状況下で。ニューヨークという最高の舞台を用意したのはその為だ。
その中で自分がどんなに下種な女なのか思い知ればいい。
下種と鷹とに餌を飼えとは良く言ったものだと恭祐は思った。
というのも、9時半から樹とのミーティングが予定されていた。10時からは、小峯も参加するがそれまでは二人きり。
やはり落ち着かないことには仕事にならない。
会社に着くと既に恭祐の気配があった。
分かりたくもないのに分かってしまう、恭祐が昨日もここで仕事をしていたのが。住まいと会社が近いのも考えものだ。
恭祐が特定の女性と付き合わないのは、こういうところも関係しているように思える。相手に自分の行動を制限されるのを嫌っているのだ。
多くの場合恭祐が誰かに合わせることなどない。その誰かが恭祐の都合に合わせる。
合わせられないのであれば、彼の傍にいることは許されない。アシスタントであるかおるとて同じ。恭祐の意図することに合わせられなければ、その時点で他へ飛ばされていただろう。
かおるは今は席をはずしている上司の為のコーヒーをおとし、朝食を買いに行くことににした。恭祐はシャワーか着替えにでも帰っているのかもしれない。だから、席に戻ってきたら朝食を取る、その行動を先読みして合わせなくては。
「どうぞ。」
「ああ。」
やはりありがとうの言葉などない。それでも心のどこかで喜んでくれていたらと思いながらかおるは恭祐の邪魔にならないようにデスクに朝食を並べた。
席につき恭祐の横顔を盗み見しながら、かおるはふと思った。もし同じことを樹にしたら、と。
同時に今まで思いもしなかった考えが頭を過った。恭祐と仕事をするようになった最初の数回は確かに朝食を買ってくるように言われた。
だから朝出社して恭祐の気配を感じ取ると言われなくても朝食を買いに行くようになった。
けれど…言われてもいないのに朝食を買ってくるのは、恭祐にとってはただのお節介に映っていたのかもしれない。
そもそも二人の間には会話という名の言葉のキャッチボールがないのだから、今までの全てにおいて同じことが言えるのだが。
全てが虚しい独り相撲。そんな風に思えてくる。
「よう、恭、旨そうなもん食ってるな。」
底の見えない考えの沼に落ちかけていたかおるの耳に樹の声が入ってきた。声のトーンは違っていても、日曜にかおるに触れた樹であることに変わりはない。結局、早く出社したくらいでは落ち着いて樹と接することは難しく胸が早鐘を打つ。けれども恭祐が放った低いトーンの『ああ』という樹への返事にかおるの体が条件反射を起こした。冷静になるという。
「恭が野菜とフルーツにヨーグルト、極めつけが牛乳の方が多そうなカフェオレ好きとは意外だよな。」
「なんだよ、好きなものは好きなんだから仕方ないだろ。」
二人の会話から、恭祐にとって朝食は余計なお世話ではないようだった。
ただ、かおるには好きなものを好きだとはっきり言う恭祐が怖かった。なぜならその反対も然りなのだろうから。
そう、嫌いなものは嫌い…。
「な、かおるも我儘で自分勝手な上司を持つと大変だな。」
不意に樹がかおるにも話を振ってきた。会話に加わってもらいたくないであろう恭祐のことを思って、かおるは樹に『ちょっと待って下さいね。』と笑みを向けその場を去った。
そして、コーヒーを淹れてくると樹に手渡した。
「秋山さんも、コーヒー、どうぞ。」
差し出す時に手が少し震えてしまったのはしょうがないことだろう。しかし、少しの震えでも、カップの中のコーヒーには大きな揺れを作る。その揺れは、樹にも、更には恭祐にも何かを伝えようとしているようだった。
恭祐は急がなければいけないと思った。樹は従兄弟であり、大切な友人だ。二人の弟より近くて大切な存在と言える程の。
そんな樹のためにもかおるには早くそれ相当のダメージを与えなくてはいけない。
二度と自分達の前に姿を見せられなくなるよう。時間は一週間以上ある。しかも何があっても逃げることが出来ない状況下で。ニューヨークという最高の舞台を用意したのはその為だ。
その中で自分がどんなに下種な女なのか思い知ればいい。
下種と鷹とに餌を飼えとは良く言ったものだと恭祐は思った。
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