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23 変化を妨げる感情
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目を覚ますと、まだ6時前だった。起きたばかりなのに、頭は変に冴えている。だから昨日大地から聞いた話がかおるの空想でも夢でもないのは理解出来た。
そして話していたときの大地の表情から、話した内容が作りものでも嘘でもないことが…
せっかく早く起きたのだからとかおるはのんびり出社の支度を始めた。残念なことに、大した食材がないので早々に朝食作りは諦めたが。
いつものように髪を後ろで一本にまとめ、鏡の中の自分を覗きこむ。束ねる高さはかおるの気持ちを表すかのように徐々に下がっていったが、基本は後ろで一本。黒か茶色のヘアゴムというのも変わらない。
恭祐のアシスタントになり、少ししてからはずっとこの髪型。けれど不意に昨日受けたヘッドマッサージの時のことが頭を過った。
髪を梳かれた時の解放感。もう自分自身を縛り続ける必要はない。恭祐にちゃんとしていると思われる為に色気のない黒か茶のヘアゴムで全ての髪を後ろで一本に縛る必要は。
かおるは髪を解き、もう一度鏡の中の自分を覗きこんだ。そして心の中で自分自身に言い聞かせるように呟いた『解放しよう、こんなつまらないことから。』と。
縛っていた髪がふわっと広がる様は、まるでかおるの心が解き放たれたことを表しているようだった。否、かおるがわざわざ自分に言い聞かせたのは、そう思い込む為。つまらないことだと思い込まさなければ、かおるは恭祐から離れられない。後ろ髪を引かれ続けてしまうだろう。
途中のベーカリーカフェに入り朝食を楽しんでも、かおるはいつもより30分はやく会社に到着した。通常でも早目に会社に来ているので、それより30分も早いとなると人の気配はほとんどなかった。
お陰で数年ぶりに髪をおろした姿を見られたくなかったかおるには好都合となったが。
ところが席に向かうと、恭祐が既に出社していた。昨日の大地の話をまだ自分の中で整理も消化も出来ていない上に、話の中心人物である恭祐がいたことへの驚きでかおるの挨拶の声は思わず裏返ってしまった。
それに対し、恭祐はいつものように『ああ』とだけ返す。呟くような小さな声なのに分かってしまう。少しだけしゃがれている声、恭祐は昨日ほとんど寝ていない。
自席に近づくにつれ、恭祐にも近づく。と同時にかおるの鼓動も早くなる。ネクタイをはずし、シャツの首元を緩め気怠そうな恭祐はセクシー以外の何物でもない。
かおるは早鐘を打つ心臓に対し、落ち着くようにと何度も心の中で言い続けた。でなければ、家には着替えに戻った程度の恭祐に言うべきこと、すべきことが進まなくなってしまう。
「朝食買ってきましょうか?」
「ああ。」
そう言った瞬間だった、恭祐がPCモニターから目を離し、かおるを見たのは。目が疲れていたのだろうか?恭祐の目は焦点が定まらなかったようで、少し大きく見開かれたのが分かった。
けれど、それは一瞬のことで、恭祐の視線は再びPCモニターへと戻った。
カットフルーツ、サラダとクロワッサンサンド。どれも恭祐が好きなものだ、と思う。本人に聞いたわけではないが、いや、本人に聞けないから確かではないが。けれど数年かけてかおるが知っていった恭祐の好み。時間をかけて知った全てを、やがてかおるは手放さなくてはいけない。一瞬で。
無条件に、後任である小峯有生に伝えなくては。それをちょっと、いやかなり悔しく思う自分がいるのも事実。恋焦がれている相手が困らないようにしておきたい気持ちは勿論ある。
本音と建前なのか、女性特有の妬みに似た感情なのか、かおるは会計を済ませ重い足取りで会社へ戻った。
行きがけにおとしておいたコーヒーでカフェオレをつくり、かおるは朝食と共に恭祐に運んだ。気配に気づいた恭祐はちらっとかおるを見遣ると、いつものように『そこに』と置く位置の指示だけをした。
最小限のコミュニケーション。こんな状況があと何回自分にやってくるのか分からない。けれど一度くらいは多少の笑顔とともに『ありがとう』という言葉が聞けたらとかおるは思った。
そしてまた考えてしまう。調べなくても知れてしまう恭祐の好みを小峯有生が提供した時、恭祐から『ありがとう』という言葉が発せられるのかを。
そして話していたときの大地の表情から、話した内容が作りものでも嘘でもないことが…
せっかく早く起きたのだからとかおるはのんびり出社の支度を始めた。残念なことに、大した食材がないので早々に朝食作りは諦めたが。
いつものように髪を後ろで一本にまとめ、鏡の中の自分を覗きこむ。束ねる高さはかおるの気持ちを表すかのように徐々に下がっていったが、基本は後ろで一本。黒か茶色のヘアゴムというのも変わらない。
恭祐のアシスタントになり、少ししてからはずっとこの髪型。けれど不意に昨日受けたヘッドマッサージの時のことが頭を過った。
髪を梳かれた時の解放感。もう自分自身を縛り続ける必要はない。恭祐にちゃんとしていると思われる為に色気のない黒か茶のヘアゴムで全ての髪を後ろで一本に縛る必要は。
かおるは髪を解き、もう一度鏡の中の自分を覗きこんだ。そして心の中で自分自身に言い聞かせるように呟いた『解放しよう、こんなつまらないことから。』と。
縛っていた髪がふわっと広がる様は、まるでかおるの心が解き放たれたことを表しているようだった。否、かおるがわざわざ自分に言い聞かせたのは、そう思い込む為。つまらないことだと思い込まさなければ、かおるは恭祐から離れられない。後ろ髪を引かれ続けてしまうだろう。
途中のベーカリーカフェに入り朝食を楽しんでも、かおるはいつもより30分はやく会社に到着した。通常でも早目に会社に来ているので、それより30分も早いとなると人の気配はほとんどなかった。
お陰で数年ぶりに髪をおろした姿を見られたくなかったかおるには好都合となったが。
ところが席に向かうと、恭祐が既に出社していた。昨日の大地の話をまだ自分の中で整理も消化も出来ていない上に、話の中心人物である恭祐がいたことへの驚きでかおるの挨拶の声は思わず裏返ってしまった。
それに対し、恭祐はいつものように『ああ』とだけ返す。呟くような小さな声なのに分かってしまう。少しだけしゃがれている声、恭祐は昨日ほとんど寝ていない。
自席に近づくにつれ、恭祐にも近づく。と同時にかおるの鼓動も早くなる。ネクタイをはずし、シャツの首元を緩め気怠そうな恭祐はセクシー以外の何物でもない。
かおるは早鐘を打つ心臓に対し、落ち着くようにと何度も心の中で言い続けた。でなければ、家には着替えに戻った程度の恭祐に言うべきこと、すべきことが進まなくなってしまう。
「朝食買ってきましょうか?」
「ああ。」
そう言った瞬間だった、恭祐がPCモニターから目を離し、かおるを見たのは。目が疲れていたのだろうか?恭祐の目は焦点が定まらなかったようで、少し大きく見開かれたのが分かった。
けれど、それは一瞬のことで、恭祐の視線は再びPCモニターへと戻った。
カットフルーツ、サラダとクロワッサンサンド。どれも恭祐が好きなものだ、と思う。本人に聞いたわけではないが、いや、本人に聞けないから確かではないが。けれど数年かけてかおるが知っていった恭祐の好み。時間をかけて知った全てを、やがてかおるは手放さなくてはいけない。一瞬で。
無条件に、後任である小峯有生に伝えなくては。それをちょっと、いやかなり悔しく思う自分がいるのも事実。恋焦がれている相手が困らないようにしておきたい気持ちは勿論ある。
本音と建前なのか、女性特有の妬みに似た感情なのか、かおるは会計を済ませ重い足取りで会社へ戻った。
行きがけにおとしておいたコーヒーでカフェオレをつくり、かおるは朝食と共に恭祐に運んだ。気配に気づいた恭祐はちらっとかおるを見遣ると、いつものように『そこに』と置く位置の指示だけをした。
最小限のコミュニケーション。こんな状況があと何回自分にやってくるのか分からない。けれど一度くらいは多少の笑顔とともに『ありがとう』という言葉が聞けたらとかおるは思った。
そしてまた考えてしまう。調べなくても知れてしまう恭祐の好みを小峯有生が提供した時、恭祐から『ありがとう』という言葉が発せられるのかを。
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