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10 事実と勘
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「小峯さんなら秋山さんがわたしを引き止める必要がなくなると思います。秋山さんに異存はございません」
「いつも了承ばかりだな。三上はこの中の誰に引き継ぎたいと思うんだ、おまえの意見は?」
「わたしの意見…ですか、わたしは、どの方も適任だと思っていました。皆さん優れていますから。中でも小峯さんは英語に加えて中国語も出来るのは大きいですよね」
「スキルだけでなく、本質的な技量や人間性をどう思う?」
「そこは、実際に接してみないと分からないことです。それに、わたしは技量や人間性を判断する立場の人間ではありません。そもそも、そんな器は備わっていませんよ」
「いつまでそうやって自分の技量を偽るつもりだ。まあいい、分かっているだろうが、オレ達は判断を見誤ることなど絶対に出来ない。冷たい言い方をそのまま引用したくはないが、恭祐からは組織の移行に際し、変わるのは人間だけだと言われている。そのことで支障をきたす等ということが発生しないようにと」
「はい」
『はい』という肯定で返事をしながらも、かおるには気になることがあった。
10月から組織的に格上げされる海外戦略部に帰国子女である小峯有生は適任だろう。紙の上に印字されたデータだけを眺めれば。
ただ、その美しい顔立ち、人から聞く育ちの良さ、抜きん出た言語能力で彼女のプライドが高いであろうことも簡単に想像がつく。
恭祐のアシスタント兼海外戦略本部のスタッフに選ばれることは、有生にしてみれば当然なだけにそれに相応しい働きもするだろう。
けれど、どんなに優秀でパフォーマンスが良い有生だとしても、恭祐に対し女としての特別な感情を持たないという保証はない。むしろ彼女のようなタイプの女性こそが、自分程恭祐に相応しい女性はいないと思うだろう。これは人間性を見抜くスキルなどというものではなく、かおるの女としての勘。
だから、かおるは怖かった。
高確立でこの女の勘はあたるはず。
だからこそ秋山に言えなかった。
言ってしまえば、秋山は容易くかおるの女としての本能を見抜いてしまうだろう。こんなにも冷遇されているというのに、かおるが恭祐に恋心を抱き続けていたのを知られるのは惨め以外の何物でもない。すぐに辞職する本当の理由だってばれてしまうはずだ。
「ところで、今日、飯でも食いに行かないか」
一通り話が終わると、それまでの口調ではなく、秋山がぽつりと呟いた。
「あの、わたしとですか?」
「他に誰がいるんだ、ここに」
「はい」
「三上の『はい』っていうのは、もう口癖だよな。よっぽど恭祐に鍛えられたんだろうけど。今まで『はい』じゃないことも『はい』にしてきたんだろ」
「…いいえ、何も」
かおるは敢えて『いいえ』で答えた。秋山が言った通り、何でも『はい』にはしてきていたが。
「そういうところ頭がいいし、気が利くし、優しいし」
「秋山さん、急にどうしたんですか?」
「辞める前に手を打っておこうと思って」
「何のですか?大丈夫です。何かあったらお電話下さい。7月末が最終出社ですけど、9月末までは一応在籍していますから。あ、勿論分かる範囲でしかサポートできませんけど」
「違うって、仕事じゃなく、個人的に付き合いたいと思って」
「…えっと」
「8時頃迎えに来る」
そう言うと秋山はミーティングルームを去って行った。
(わたしに彼がいるとか、別の予定が入っているとかは考えないのかな。まあ、そんな風には残念ながら見えないか。それに、8時って、わたしが帰る時間がだいたいそれくらいって知っているってこと?)
「いつも了承ばかりだな。三上はこの中の誰に引き継ぎたいと思うんだ、おまえの意見は?」
「わたしの意見…ですか、わたしは、どの方も適任だと思っていました。皆さん優れていますから。中でも小峯さんは英語に加えて中国語も出来るのは大きいですよね」
「スキルだけでなく、本質的な技量や人間性をどう思う?」
「そこは、実際に接してみないと分からないことです。それに、わたしは技量や人間性を判断する立場の人間ではありません。そもそも、そんな器は備わっていませんよ」
「いつまでそうやって自分の技量を偽るつもりだ。まあいい、分かっているだろうが、オレ達は判断を見誤ることなど絶対に出来ない。冷たい言い方をそのまま引用したくはないが、恭祐からは組織の移行に際し、変わるのは人間だけだと言われている。そのことで支障をきたす等ということが発生しないようにと」
「はい」
『はい』という肯定で返事をしながらも、かおるには気になることがあった。
10月から組織的に格上げされる海外戦略部に帰国子女である小峯有生は適任だろう。紙の上に印字されたデータだけを眺めれば。
ただ、その美しい顔立ち、人から聞く育ちの良さ、抜きん出た言語能力で彼女のプライドが高いであろうことも簡単に想像がつく。
恭祐のアシスタント兼海外戦略本部のスタッフに選ばれることは、有生にしてみれば当然なだけにそれに相応しい働きもするだろう。
けれど、どんなに優秀でパフォーマンスが良い有生だとしても、恭祐に対し女としての特別な感情を持たないという保証はない。むしろ彼女のようなタイプの女性こそが、自分程恭祐に相応しい女性はいないと思うだろう。これは人間性を見抜くスキルなどというものではなく、かおるの女としての勘。
だから、かおるは怖かった。
高確立でこの女の勘はあたるはず。
だからこそ秋山に言えなかった。
言ってしまえば、秋山は容易くかおるの女としての本能を見抜いてしまうだろう。こんなにも冷遇されているというのに、かおるが恭祐に恋心を抱き続けていたのを知られるのは惨め以外の何物でもない。すぐに辞職する本当の理由だってばれてしまうはずだ。
「ところで、今日、飯でも食いに行かないか」
一通り話が終わると、それまでの口調ではなく、秋山がぽつりと呟いた。
「あの、わたしとですか?」
「他に誰がいるんだ、ここに」
「はい」
「三上の『はい』っていうのは、もう口癖だよな。よっぽど恭祐に鍛えられたんだろうけど。今まで『はい』じゃないことも『はい』にしてきたんだろ」
「…いいえ、何も」
かおるは敢えて『いいえ』で答えた。秋山が言った通り、何でも『はい』にはしてきていたが。
「そういうところ頭がいいし、気が利くし、優しいし」
「秋山さん、急にどうしたんですか?」
「辞める前に手を打っておこうと思って」
「何のですか?大丈夫です。何かあったらお電話下さい。7月末が最終出社ですけど、9月末までは一応在籍していますから。あ、勿論分かる範囲でしかサポートできませんけど」
「違うって、仕事じゃなく、個人的に付き合いたいと思って」
「…えっと」
「8時頃迎えに来る」
そう言うと秋山はミーティングルームを去って行った。
(わたしに彼がいるとか、別の予定が入っているとかは考えないのかな。まあ、そんな風には残念ながら見えないか。それに、8時って、わたしが帰る時間がだいたいそれくらいって知っているってこと?)
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