オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

文字の大きさ
上 下
557 / 656

王都とある修道院18 お姫様がしていたこと

しおりを挟む
素早く駆け寄って子供を起き上がらせ宥めたのはアルフレッド一行の中にいた修道女の一人。彼女は子供に大きな怪我がないかを確かめるのと、アルフレッドの前で子供が大泣きすることを避けたいという気持ちが入り混じり素早い行動を取ったのだろう。

ここは王家管轄修道院。そこでアルフレッドが取るべき行動は決まっている。自分自身にすら計算してその動きや感情を植え付けなくてはならないとは。自ら走って行って子供を起き上がらせ、怪我をしていないか直接本人に尋ねることが出来たのなら。でも、その行動は感情から。感情で行動すれば、誰かの思惑を育てかねない。例えば、隣にいるクリスタルなら眩暈を装いアルフレッドに抱き起こしてもらうことくらい考えるだろう。

「修道院長、あの子供は大丈夫だろうか。もしも怪我をしたようなら、わたしの護衛に医務室まで連れて行かせるが」
「殿下、ご配慮ありがとうございます。あの様子でしたら大丈夫かと」
「そうか、それは良かった。しかし、何かあったら遠慮せず言ってくれ」
「ありがとうございます」

起き上がらせてもらった子供は修道院長と目が合うと、『痛いけど僕は我慢出来るから泣かないよ』と言って走ってきた。走ったから転んだのに、また走りだすとは…。アルフレッドは心の中で自分も失敗して躓いても、再び直ぐに起き上がれたならば、スカーレットにどういう行動を取ったのだろうと考えながら子供の様子を見守った。

ところがその子供は修道院長の前まで来ると、不意にアルフレッドの方を向いて話し掛けてきた。
「王子様、ありがとう」

何故感謝の言葉を子供が口にしたのかは分からないが、アルフレッドは一先ず頷いた。

「殿下、子供達にとってこのバザーがお祭りのように楽しい行事でして、皆、感謝しているのです」
「うん。前にお姫様みたいに綺麗なお姉ちゃんが教えてくれたんだ。王様や王子様が修道院と孤児院を守ってくれるだけじゃなく、良いお祭りが出来るようにもしてくれてるって」

お姫様みたいに綺麗なお姉ちゃん、それはスカーレットのことだろうとアルフレッドは直ぐに気付いた。子供は大人の事情を知らないから口にしたが、大人達はそこに触れないようにしているのは明らかだ。

子供の話からスカーレットはお忍びでバザー当日にやって来て、子供達に毎年お揃いの刺繍が入った新しいハンカチと菓子をプレゼントしていたらしい。それも王子様からのお遣いだと言って。

「明日のバザーにそのお姉ちゃんは来れなくなってしまったんだ。でもみんなのことは思っているから」
「そっかぁ」
アルフレッドは修道院の視察が終わったら、直ぐにスカーレットの名で菓子の差し入れを手配しなければならないと考えた。それも王都で流行りの菓子ではなく、スカーレットが差し入れていたものに近いものを。スカーレットがアルフレッドの為にしてくれていたことを返さなければ。知る方法はいくらでもある。

「お姉ちゃんも王子様のお遣いなの?」
修道服ではないクリスタルの存在が気になったその子供は思ったことを尋ねた。そしてクリスタルからの返事を貰おうと『ねえ、教えて』とワンピースの裾に手を伸ばそうとした。

「汚らしい手で触れないで」
しかし、聞こえてきたのは返事ではなくクリスタルの心無い拒絶の言葉だった。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

伯爵令嬢が婚約破棄され、兄の騎士団長が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】公女さまが殿下に婚約破棄された

杜野秋人
恋愛
突然始まった卒業記念パーティーでの婚約破棄と断罪劇。 責めるのはおつむが足りないと評判の王太子、責められるのはその婚約者で筆頭公爵家の公女さま。どっちも卒業生で、俺のひとつ歳上だ。 なんでも、下級生の男爵家令嬢に公女さまがずっと嫌がらせしてたんだと。 ホントかね? 公女さまは否定していたけれど、証拠や証言を積み上げられて公爵家の責任まで問われかねない事態になって、とうとう涙声で罪を認めて謝罪するところまで追い込まれた。 だというのに王太子殿下は許そうとせず、あろうことか独断で国外追放まで言い渡した。 ちょっとこれはやりすぎじゃねえかなあ。公爵家が黙ってるとも思えんし、将来の王太子妃として知性も教養も礼儀作法も完璧で、いつでも凛々しく一流の淑女だった公女さまを国外追放するとか、国家の損失だろこれ。 だけど陛下ご夫妻は外遊中で、バカ王太子を止められる者などこの場にはいない。 しょうがねえな、と俺は一緒に学園に通ってる幼馴染の使用人に指示をひとつ出した。 うまく行けば、公爵家に恩を売れるかも。その時はそんな程度しか考えていなかった。 それがまさか、とんでもない展開になるなんて⸺!? ◆衝動的に一晩で書き上げたありきたりのテンプレ婚約破棄です。例によって設定は何も作ってない(一部流用した)ので固有名詞はほぼ出てきません。どこの国かもきちんと決めてないです(爆)。 ただ視点がちょっとひと捻りしてあります。 ◆全5話、およそ8500字程度でサラッと読めます。お気軽にどうぞ。 9/17、別視点の話を書いちゃったんで追加投稿します。全4話、約12000字………って元の話より長いやんけ!(爆) ◆感想欄は常に開放しています。ご意見ご感想ツッコミやダメ出しなど、何でもお待ちしています。ぶっちゃけ感想もらえるだけでも嬉しいので。 ◆この物語も例によって小説家になろうでも公開しています。あちらも同じく全5話+4話。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

未来予知できる王太子妃は断罪返しを開始します

もるだ
恋愛
未来で起こる出来事が分かるクラーラは、王宮で開催されるパーティーの会場で大好きな婚約者──ルーカス王太子殿下から謀反を企てたと断罪される。王太子妃を狙うマリアに嵌められたと予知したクラーラは、断罪返しを開始する!

処理中です...