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王都キャストール侯爵家30

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トビアスはキャストール侯爵邸に一晩だけ滞在すると、直ぐに帰国の途に就いた。キャストール侯爵から得たファルコール長期滞在の許可のせいか、移動直後の再移動なのに疲れどころか晴れやかな表情で。


「それで、トビアス・セーレライドという人物はどうだった」
トビアスが去るや否や、トビアスの行動ではなく人物像を監視していたAが侯爵の執務室に呼ばれ質問されるのは当然のこと。Aとて侯爵の忠実なる部下、そうなることは理解し答えを準備していた。しかしいつもの報告とは異なり、目で見えた事実ではなく、見ることが出来ない人の内側を伝えるということにAは非常に苦労した。

「正直に申しますと、困っています。スカーレットお嬢様との対話を楽しむ方でした。意見を聞き合い、関係を深めるような。そこに一方的なものはなく、対等に関係を築いていきたいという気持ちを感じ取りました」
そこでAは実際に目にした光景に自分の意見を加えることにしたのだった。

「それはスカーレットに対してだけか?」
「いえ、ファルコールの館にいる者全てに対し、非常に好感の持てる態度でした。ケレット辺境伯もトビアス様の為人には好感を持ったのではないでしょうか。鍛冶屋訪問の時など、相手に分かり易いよう工夫して話す姿勢を見せていましたし」
「確かにそれは困るな。スカーレットを娶って自国へ連れ帰られては、本当に困る」
「ですが、スカーレットお嬢様がファルコールの暮らしを好きだということをトビアス様は理解していらっしゃいます」
「だから長期滞在を望んだのだろう。しかし本当に困ったものだ。スコット医師、ジョイス、トビアス、それに一応ハーヴァンを加えたとして、誰をスカーレットが選んでも反対は難しい者ばかり。対象外だと思っていたデズモンド・マーカムに至っては、スカーレットからファルコールに留められるよう協力を仰がれてしまうし」
「それが、誠に言い辛いのですが、デズモンド・マーカムは使える者なうえに、閣下が挙げた名前の誰よりも包容力があります」
「それも問題だ」

侯爵がキャストール侯爵家の当主ではなく、スカーレットの父親として苦虫を噛み潰したような顔をする。閉鎖的だった貴族学院でのことが徐々に明らかになった時でも、その怒りを表情に出すことはなかったというのに。
これはこれで恐ろしい。Aは聞かれない限りこれ以上は何も言うことなく次の指示を待つ方が賢明だと判断した。雉も鳴かずば打たれまい、だろう。

「手を付けやすい方から、片すとしよう」
「何なりとお申し付けください」
どんなに大変な任務だとしてもここにこのまま侯爵と共に居るよりは遥かに気が楽と、Aは命令を待った。

「先ずは大切なスカーレットが欲しがるものをどうしたら贈れるか考えねばならない。トビアス・セーレライドにばかりスカーレットへの贈り物をされては困る」

Aはその日からオランデール伯爵家を調べる任務へ向かった。前回の穴だらけのジャスティンと違い、オランデール伯爵家そのものの調査は骨が折れるだろう。しかし、豆の苗、若しくは収穫された豆を入手することに繋がればスカーレットが喜ぶ。その為なら、何としてもキャストール侯爵家に有利に働く『何か』を掴まなければならないとAは思ったのだった。
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