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とある国の離宮14
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マリア・アマーリエは自分という人間が案外欲張りだと感じた。何も望まない為に、婚約者も決めずただ離宮で繰り返される静かな日々を選んだはずだったのに。
そしてマリア・アマーリエはそんなことを思いながら、気付いてしまった。何も望まないと考えても、それも選択。現にそうする為に様々なことを選んできた。ところがあの日、それまでの方向性とは異なる選択をしてしまった。それが、テレンス。マリア・アマーリエを選んでも、多くを失うどころか、何でも掴み取りに行ける未来だと言ってくれた異国からの来訪者だ。
その何でも掴み取りに行けるテレンスが言った『口付け』。額にされた時、マリア・アマーリエはこの国の末姫ではなく、物語の『お姫様』になったような気がした。鼻先の時は、不思議なことに唇が触れている鼻より心がこそばゆさを感じた。そしてその先…。あれだけ間を空けて態々あんな遣り取りをしたのだ、男女の親密な口付けをするのではないかと…、そう、マリア・アマーリエは期待したのだ。
けれど唇は触れただけ。直ぐに離れてしまった。これが拍子抜けということなのだろうか。期待もしていたが、緊張もしていたようで体から強張りが取れた気がする。そして残った気持ちは残念。欲張らなければ、そんな気持ちは抱かなかったはずだ。
テレンスが思う口付けはこれだったのだろうか。そうだとしたらマリア・アマーリエとの解釈には随分と差がある。怖いのはこの差。失うものも、掴み取るものも、マリア・アマーリエが考えるよりテレンスはもっと小さな物事をイメージしてしまっていたのなら…。掴み取る方は簡単かもしれないが、失った時のショックは大きくなってしまう。
「どうかしましたか?」
口付け前とは反対に、今度はテレンスがマリア・アマーリエに質問した。
「残念だと思ってしまったの。あなたの唇が遠ざかって」
「それは困りました」
「困る?」
「残念に思ってもらえたことが、わたしには嬉しいので。リエーに必要とされていると期待してしまいます」
「必要と言ったらどうなるのかしら?」
「試してみるしかないのでは?」
マリア・アマーリエは重要なことを思い出した。テレンスは遠く離れた大国の王子の側近の一人だったのだと。大きな力を持つ侯爵家に生まれたという理由だけでその位置にいたわけではないだろう。掴み取る為の伏線の張り方など心得ていて然り。
「試したら、あなたはどこまで掴み取るつもり?」
「わたしが欲しいのは、二年後もあなたと共にいること。わたしという存在が遠ざかって欲しくないと思ってもらうことです。リエー安心して、子供が出来たからとあなたを縛るようなことはしません」
「別にいいのに」
「それは駄目です。あなたの名誉を守ることもわたしの務めなので。そうだ、試す前に忘れるといけないので、先に話しておかなければいけないことが」
「試すと、話そうとしたことまで忘れてしまうのかしら?」
八割方そうなるだろうと前置きしてから、テレンスは兄が来る時に共の中に嘗ての自分の乳母とその息子もいるとマリア・アマーリエに伝えた。そして二人はそのままこの離宮に残ることも。
「乳母に物語を沢山読み聞かせしてもらおう」
「わたくし達、もう子供じゃないのに?」
「物語でリエーが気に入ったところを教えて欲しいんだ。その挿絵を描きたいから。いつか子供が生まれた時に絵を見せながら読み聞かせが出来るように」
『そうね』とマリア・アマーリエが言うのは簡単なことだ。言葉だけならば。でも、テレンスの未来を考えるとその言葉をマリア・アマーリエが言うのは難しい。
そんなマリア・アマーリエが見えているというのに、テレンスは『わたしは求婚者ですから、その先を思い描きます。あなたとの楽しい未来を。では、試しましょうか』としれっと言うと、そのままマリア・アマーリエを抱き寄せたのだった。
無言の意見を取り上げてくれないテレンスに、マリア・アマーリエは不思議な心地よさを感じた。それは、全てを委ねても良いと思えるような。
そしてマリア・アマーリエはそんなことを思いながら、気付いてしまった。何も望まないと考えても、それも選択。現にそうする為に様々なことを選んできた。ところがあの日、それまでの方向性とは異なる選択をしてしまった。それが、テレンス。マリア・アマーリエを選んでも、多くを失うどころか、何でも掴み取りに行ける未来だと言ってくれた異国からの来訪者だ。
その何でも掴み取りに行けるテレンスが言った『口付け』。額にされた時、マリア・アマーリエはこの国の末姫ではなく、物語の『お姫様』になったような気がした。鼻先の時は、不思議なことに唇が触れている鼻より心がこそばゆさを感じた。そしてその先…。あれだけ間を空けて態々あんな遣り取りをしたのだ、男女の親密な口付けをするのではないかと…、そう、マリア・アマーリエは期待したのだ。
けれど唇は触れただけ。直ぐに離れてしまった。これが拍子抜けということなのだろうか。期待もしていたが、緊張もしていたようで体から強張りが取れた気がする。そして残った気持ちは残念。欲張らなければ、そんな気持ちは抱かなかったはずだ。
テレンスが思う口付けはこれだったのだろうか。そうだとしたらマリア・アマーリエとの解釈には随分と差がある。怖いのはこの差。失うものも、掴み取るものも、マリア・アマーリエが考えるよりテレンスはもっと小さな物事をイメージしてしまっていたのなら…。掴み取る方は簡単かもしれないが、失った時のショックは大きくなってしまう。
「どうかしましたか?」
口付け前とは反対に、今度はテレンスがマリア・アマーリエに質問した。
「残念だと思ってしまったの。あなたの唇が遠ざかって」
「それは困りました」
「困る?」
「残念に思ってもらえたことが、わたしには嬉しいので。リエーに必要とされていると期待してしまいます」
「必要と言ったらどうなるのかしら?」
「試してみるしかないのでは?」
マリア・アマーリエは重要なことを思い出した。テレンスは遠く離れた大国の王子の側近の一人だったのだと。大きな力を持つ侯爵家に生まれたという理由だけでその位置にいたわけではないだろう。掴み取る為の伏線の張り方など心得ていて然り。
「試したら、あなたはどこまで掴み取るつもり?」
「わたしが欲しいのは、二年後もあなたと共にいること。わたしという存在が遠ざかって欲しくないと思ってもらうことです。リエー安心して、子供が出来たからとあなたを縛るようなことはしません」
「別にいいのに」
「それは駄目です。あなたの名誉を守ることもわたしの務めなので。そうだ、試す前に忘れるといけないので、先に話しておかなければいけないことが」
「試すと、話そうとしたことまで忘れてしまうのかしら?」
八割方そうなるだろうと前置きしてから、テレンスは兄が来る時に共の中に嘗ての自分の乳母とその息子もいるとマリア・アマーリエに伝えた。そして二人はそのままこの離宮に残ることも。
「乳母に物語を沢山読み聞かせしてもらおう」
「わたくし達、もう子供じゃないのに?」
「物語でリエーが気に入ったところを教えて欲しいんだ。その挿絵を描きたいから。いつか子供が生まれた時に絵を見せながら読み聞かせが出来るように」
『そうね』とマリア・アマーリエが言うのは簡単なことだ。言葉だけならば。でも、テレンスの未来を考えるとその言葉をマリア・アマーリエが言うのは難しい。
そんなマリア・アマーリエが見えているというのに、テレンスは『わたしは求婚者ですから、その先を思い描きます。あなたとの楽しい未来を。では、試しましょうか』としれっと言うと、そのままマリア・アマーリエを抱き寄せたのだった。
無言の意見を取り上げてくれないテレンスに、マリア・アマーリエは不思議な心地よさを感じた。それは、全てを委ねても良いと思えるような。
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