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269 パン作り教室

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ノーマン先生によるパン作り教室。案外上手くいったなと、薫はキッチンの片隅で胸をなでおろした。

パン作りを早々に広めたかった薫に対して、ケビン達からはシイタケ栽培を領民に伝えた時のようにプレストン子爵経由にして欲しいと言われていた。やはりキャロルと名乗っていようと、スカーレットはキャストール侯爵家のご令嬢。ケビン達の言い分も分かる。

しかし分かっていても、シイタケ栽培とパン作りでは勝手が違う。シイタケ栽培は必要な物を支給し、最初の内は定期的に説明会を行ってもらえば良かったが、パン作りはそうはいかない。

そこでパン作り教室を開くにあたって、薫は事前準備を思い付く限り整えたのだった。
先ずはパン酵母。一次発酵、二次発酵での失敗を防ぐ為、時間の読める酵母を出した。次に教え手の育成。ついでに料理番組では良く見かけるアシスタント育成も。

人選は選ぶもなにも、この方針で行くと決めた時に薫の中では確定していた。先生はノーマン、アシスタントはサブリナ、それ以外は考えられなかった。

最初は自分が先頭に立って教えられれば楽だと思った薫。けれどそれが出来ないことで、薫は色々な気付きを得た。
最大の気付きは、当たり前のことだが、薫が異世界から来たということ。この世界の人達が知らない情報を知り過ぎてしまっているということだった。だから気付かないのだ、そのことを知らない人がどこに疑問を持つかを。
しかも疑問があっても誰も薫に尋ねなかった。それは、誰もがスカーレットが様々なことを知っているのは王妃教育を長年受けてきたからだと勝手に解釈していたからだった。
今後の為にもその間違った解釈は有効利用するとしても、パン作りに間違いがあってはいけない。

だからこそのファルコールに来てから料理をするようになったノーマンと、そのノーマンから手伝い方を教えてもらっているサブリナだった。今ではファルコールの館で定期的に焼いている前世でいうところのイギリスパン。鍛冶職人に型を作ってもらい、薫は普通に生地を丸め中に二つ並べた。しかし、その作業こそノーマンにはどうしてだったのだ。ノーマンは疑問に思いながらも、それはこのパンを作る人なら誰もが知ることで聞いてはいけないと薫の真似をし続けた。その後のもう一つのどうしても、そういうものだと疑問に思わないようにして。因みにその後のどうしては、型に入れたパン生地を直ぐに焼かずに膨らむのを待つことだった。

誰かに教える為に、自分の疑問をクリアにする。そのことで、ノーマンはパン作りを知ったのだった。そしてトウモロコシの時のように鍛冶職人に調理器具について相談した。

この日パンを焼く時に使ったのは、ノーマンと鍛冶職人の相談の元出来上がった型。内側に生地はここまでという目印の小さな線が引いてある型だ。慣れれば感覚でこれくらいと生地を取って丸めるだろうが、そうなるまでは目安にする為に。線を目安に生地を後で調整するのは最初の内のお愛嬌ということだ。

事前準備、当日使う一次発酵済みの生地、二次発酵と焼いている時間に披露する料理の下準備と全てを調え臨んだパン作り教室は本当に素晴らしいものになった。でも、パン作り教室の成功以上に薫には喜びがあったのだった。
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