上 下
472 / 586

259

しおりを挟む
薫の要望にトビアスは部屋から乾燥エビの入った包みを持ってきてくれた。そして心配そうに『無理に食べなくてもいい』と言いながらサイズがまちまちのエビを見せてくれた。

「トビーはどうやって食べるの?」
「そのまま」
「じゃあ、わたしもそのまま食べてみる」
「キャストール侯爵家の人間はエビを食べることに抵抗がないのだな」
「それはどういうこと?」
「侯爵が案内役に付けてくれた者も抵抗なく食べていたから」

薫は振り返り少し離れたところにいたノーマンの顔をじっと見た。するとノーマンは微かに頷き、肯定の意を返してきたのだが…。
どういうことだろうか。キャストール侯爵家の食事に乾燥エビが出たことはない。

「ノーマンもこのエビを食べたことがあるの?」
視線と仕草だけで会話をするには無理があるので、薫はノーマンに質問をぶつけてみたのだった。

「移動中に川で取れれば、火で炙って食べます。我々の間では、体に良い食べ物で知られていますよ。でも、海のものは初めて見ました」
そうだった、海だけではなくエビは川にもいた。だからトビアスと共にファルコールへやって来たAは抵抗なく渡されたエビを食べたのだろう。ノーマンの話からすると、栄養補給として川エビを彼らは食べていたようだし。

スカーレットの年齢の都合アルコールは未だなので忘れていたが、川エビのから揚げは薫のおつまみの定番だった。トビアスから渡されたエビも川エビに似ているので、フライパンで炒ったら香ばしさが増すかもしれない。そう思った薫は一つだけ口に入れ塩味を確認すると、早速キッチンへ向かったのだった。

乾煎りした乾燥エビからは直ぐに香ばしい匂いがし始めた。このまま出してもいいかもしれないが、自家製ハーブソルトを少しだけ最後にまぶして提供するとトビアスが驚きながら薫を見つめた。

「今まで食べていたものが勿体なく思える。こうして食べれば良かったのか」
「ノーマンが炙って食べていたと言ったから、それを参考にしてみたのだけれど…、正解かしら?」
「ああ、すごく良い」

前世で『ビールのつまみには川エビでした』とは流石に言えない薫。そこで、直前のノーマンの言葉で誤魔化してみたのだが、トビアスの様子からはどうやら上手くいったようだった。

「ねえ、トビー、もう少し貰ってもいい?みんなにも食べてもらいたいから、夕食の食材として使いたいのだけれど」
「是非使ってくれ。どんな料理になるのか楽しみが増える」
「ケレット辺境伯領から来ているスコットやキース達が気に入ってくれる料理になるといいのだけれど」
「君は色々気遣ってくれるんだね」
「モノを奪い合って争いが起こるよりは、過不足を上手く解消する為に他国と協力体制を築く方がいいもの」
「君の視点は、どこに居ても国を捉えている。過去の君が無駄になるどころか、未来の為にとても有能だ」

薫としてはこの世界の様々な食材を得たいという願望を、ちょっと格好良く御大層に言ってしまったのだったが…。トビアスはそれを随分と買い被ってくれてしまったのだった。しかし、それはトビアスだけではない。当然ナーサはうちのお嬢様は、といつもの件を心の中で呟き、ノーマンは誠心誠意仕えなければと気持ちを新たにした。加えてサブリナはスカーレットの志に自分も協力したいと考え、ハーヴァンは狭い世界を望んだ未熟な考えの自分を反省したのだった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】あなたは知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...