オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

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王都リプセット公爵家20

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ジョイスが席に着き、少しすると父と母が普段と何一つ変わらない表情で食堂へ入ってきた。いつもと同じ、変わらない日常だと示すように。それがジョイスには不思議と有り難く思えたのだった。

「準備は?」
「はい。滞りなく」
「準備と言っても、馬二頭と少しの荷物だけですもの、ジョイス一人でも出来るでしょう」
「そうだな、これからは何でも自分でしなければならないのだから、手始めとしては丁度良いだろう、少しばかりの荷造りは。ファルコールに到着後も、ハーヴァンがいるからと頼るなよ」
「弁えています。ハーヴァンはその能力で求められた者、私事でその手を煩わせることはありません。自分のことすらままならないようでは、キャストール侯爵令嬢を守ることなど出来ないでしょうし」
「そうか」

昼食が始まると、それこそいつもと何ら変わりない雰囲気となった。そしてそれは最後に出される茶まで続いたのだった。

「年内に一度くらいは戻るのか?」
「はい、落ち着いたら一度戻りたいと思っています。生まれてくる甥か姪にもブーティ以外の贈り物を持参したいので」
「ジョイス、センスの良い贈り物を期待しているわね。でも、それは自分の意思で戻れるようになった場合だわ。旦那様とわたくしがファルコールの館へ行った際に、使い物にならないからと突き返されてしまったら、甥か姪への贈り物は王都で用意することね」
「心得ております」
「本当に心得ているのか?」
「午前中にキャストール侯爵邸を訪問した際にも、意思確認はされています。閣下はわたしにすべき仕事を再度認識させ、その為に必要なキャストール侯爵令嬢の周囲にちらつく好ましくない者を排除する権利を与えて下さったようです」
「ようです、ということはクライドがはっきり権利を与えたのではないのだろう」
「側近として失敗した過去を持つわたしなので、閣下の言葉を正しく理解出来ているかどうかは分かりません。しかも閣下の配下に付いたばかりですから。でも、行うことが正しいことだけは確かです」
「そうか、クライドと顔を合わす機会があったら確認しておこう」
「あら、旦那様、その必要はございませんわ。キャストール侯爵はその場に応じて臨機応変に対策を練る方ですもの。その場にいるジョイスにある程度の権限は与えて下さったのでしょう」

権利も権限もジョイスには与えられていない。しかし、全てはスカーレットの為。正しい結果さえ得られれば、そんなものは後付けでどうにでもなるようにジョイスには思えた。それにリプセット公爵邸を出るとはいえ、ジョイスは公爵家の三男に変わりない。いざという時には、使いたくない権利を行使してでもスカーレットを守るくらいでなければ。

そもそも今のジョイスにある価値など、リプセット公爵家の三男ということだけだ。キャストール侯爵もそれを理由にジョイスにスカーレットの壁になることを許したのだろう。デズモンドと違い、スカーレットを貶めた過去のあるジョイスはある意味使い勝手がいい。二人の間に常に存在する過去というフィルターが、ジョイスには反省を、スカーレットには近づき過ぎてはならないという警告を与えてくれるのだから。
そしてキャストール侯爵家の使用人となるジョイスには、スカーレットがそのフィルターを越えることでしか本当に望む未来はやって来ない。
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