上 下
410 / 586

王都郊外クロンデール子爵家1

しおりを挟む
「代々リプセット公爵家に仕えるのがクロンデール子爵家に生まれた者の務めだというのに、おまえは…」
「申し訳ございません」
「あら、あなた、結果的にはジョイス様もファルコールにやって来るのだもの、ハーヴァンの選択もありじゃないかしら」
「しかし…」
「閣下にご不満があったなら、端からハーヴァンに馬を餞別として与えなかったはずよ。ハーヴァン、あなたはキャストール侯爵令嬢が希望する施設を作る為にしっかり務めなさい。その一歩が、リプセット公爵家の為になるはずだわ」
「はい」
「お父様はこうおっしゃっているけれど、既にキャストール侯爵にお願いしてファルコールの館の予約も済ませているのよ」
「それは、…馬の為の施設というからにはクロンデール子爵家の者としては見ておかねばならないと思いだな」
「ええ、そうですね。でも、あなたも知っている通りファルコールの館の予約は大変なのよ、ハーヴァン。お父様、頑張ったと思わない?」
「父上、ありがとうございます」
「馬の飼育を生業とするクロンデール子爵家に恥じぬよう励みなさい」
「はい」
「あなた、ハーヴァンは今や馬だけではないのよ。何とお菓子作りまで厨房で手伝っていたのだから」
「菓子作り?」
「はい。これはファルコールでキャストール侯爵令嬢に言われ始めたことなのですが、利き手ではない右手を使う練習にと行っています。菓子作りは案外力、そして時には微細な加減も必要ですので」
「まあ、何でもいいが、しっかり役に立ってこい。我々がファルコールの館へ到着するや否やおまえのことを不要だと突き返されないよう」


リプセット公爵家、キャストール侯爵家、そしてクロンデール子爵家の間でどういう話し合いがなされたのかは分からない。しかし何だかんだ言っても、父がハーヴァンの背を押してくれるのはリプセット公爵の力が大きいのだろう。
公爵は様々な根回しもさることながら、ジョイスとハーヴァンに最適な居場所も作ってくれた。

隣国からの帰路で悪天候に見舞われ、怪我をした上に病気になったハーヴァン。あの時、ファルコールの宿に一軒も空きが無かったことが寧ろ良かった。お陰でスカーレットのいるファルコールの館まで辿り着けたのだ。

プライドを捨てハーヴァンを助ける為に頭を下げてくれたジョイスには勿論感謝をしている。しかし、見捨てたところで問題がないスカーレットが、面倒を見てくれたことにハーヴァンは感謝以上の気持ちを持った。命の恩人に対し忠誠を誓いたいという。

クロンデール子爵家に生まれ、リプセット公爵家に仕えることが当然だったハーヴァンが、初めて家ではなく、自分の選んだ人の為に働きたいと思った瞬間だったのだ。
それがあともう少しで叶う。けれど、そこではジョイスとの関係も今までとは違うものになる。若干の不安はあるものの、きっとスカーレットの下ならば上手く行く。不思議とハーヴァンはそう思えたのだった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

妻の私は旦那様の愛人の一人だった

アズやっこ
恋愛
政略結婚は家と家との繋がり、そこに愛は必要ない。 そんな事、分かっているわ。私も貴族、恋愛結婚ばかりじゃない事くらい分かってる…。 貴方は酷い人よ。 羊の皮を被った狼。優しい人だと、誠実な人だと、婚約中の貴方は例え政略でも私と向き合ってくれた。 私は生きる屍。 貴方は悪魔よ! 一人の女性を護る為だけに私と結婚したなんて…。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定ゆるいです。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...