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王都オランデール伯爵家28 紳士クラブから発行されていた請求書が毎月二枚の理由
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今まで紳士クラブには飲食代とカードゲームで足りなくなった時の借入金は別の請求書にしてもらっていた。答えは至って簡単なこと。毎月二枚の請求書が発行されていたのだ。理由はどうとでもなる。しかもご尤もな理由で。
紳士クラブとて二枚発行するのは面倒だろうが、オランデール伯爵家から飲食代と借入金を別々に管理する為だと言われてしまえば従うしかない。それに支払いさえ確実に遂行されれば面倒なことはやがて毎月の決まり事になる。
「では、数年間はそうやって会計処理をしていたのだな。一枚はオランデール伯爵家から、もう一枚の分はサブリナがジャスティンの為に作った裏金で」
「サブリナ様は裏金という認識は無かったと思います。ジャスティン様の社交費用、それは妻としてどう用意するか手腕が問われていると理解していたようです」
「何故今回は一枚の請求書にしたのだ」
「はい、ジャスティン様の指示です。サブリナ様がいらっしゃらないので、最初に申し上げた理由で支払いを進める為に持ち帰りました。本来の期日を待つよりは、離縁直後の方があの理由は有効に働くとジャスティン様がおっしゃたのです。そうすれば後日送られたきたものに旦那様が不審を抱き調査されることも避けられると…。申し訳ございませんでした」
従者の謝罪は今回の請求書に対してのもの。本来謝罪すべきは数年前にジャスティンがサブリナに遊興費の別アカウントを作らせたことを伯爵に報告しなかったことへだ。
伯爵は再度従者に雇用主は自分であることを伝えた上で、ここ数年のジャスティンについて報告を求めた。
観念した従者は伯爵が聞きたくないことを次から次へと白状した。ジャスティンがカジノにも出入りしていたことや、サブリナに作らせていた裏金で遊び歩いていたことなど。従者が何年もその状況を伯爵に報告しなかったのにも理由がある。簡単なことだ、ジャスティンが小遣いを与えていたのだ。
従者の報告に、伯爵は更なる疑問を持った。紳士クラブ、カジノ、高級バー、遊興三昧の日々を送っていたジャスティンはどう仕事をしていたのかと。
「確認したい。おまえはジャスティンの仕事をどう手伝っていたのだ」
「わたしは…」
従者が伯爵の圧に押され白状した内容はとんでもないものだった。
最近では領地経営の全てをジャスティンが行っていたことになっている。だからこそ、全ての書類にジャスティンの署名があるわけだが…。それは表向き。書類は全てサブリナが作成し、内容をジャスティンに説明していたのだ。従者はジャスティンの署名漏れがないかを確認するのが仕事だったという。
その話から伯爵は理解してしまった。署名漏れをしてしまう程度でしか、ジャスティンは書類に目を通していなかったと。それに対してサブリナは仕事を良く理解していた。ジャスティンが遊興費として追加して欲しい額を伝えれば、それを上手く捻出していたというのだから。
役立たずの嫁と結果的に追い出したサブリナ。しかしそのサブリナがいなくなったという事実が、伯爵に真実を知らせてくれるとは皮肉なものだ。
そしてここまでの話で伯爵は理解した。ジャスティンにも従者にも領地経営の仕事は期待出来ない。今から伯爵が全て担うにしても、最近の状況を知る必要がある。どのようにジャスティン用の裏金をプールしていたのかも。しかし呼びつけた上にあれだけ嫌味を浴びせた前リッジウェイ子爵夫妻にサブリナを少しの間貸して欲しいなどと言えるはずがない。そもそもサブリナはファルコールにいる。
伯爵はふとサブリナがファルコールに向かう前のジャスティンと夫人の様子を思い出した。嫌な予感がする。せめてもの救いと思った夫人が忘れてしまっただけの給金明細作成。
そんな馬鹿なことはない。しかし、伯爵は執事を呼び出さずにはいられなかった。使用人の中には貴族家出身の者もいるのだ、支払いが遅れるというみっともないことなどあってはならない。
「おまえは今日中に荷物をまとめて出ていけ。明日の給金を貰いたいならば、今までの報告義務違反を先に精算させるがな」
伯爵が確実に出来るのは一人分の手間を省くだけだった。
紳士クラブとて二枚発行するのは面倒だろうが、オランデール伯爵家から飲食代と借入金を別々に管理する為だと言われてしまえば従うしかない。それに支払いさえ確実に遂行されれば面倒なことはやがて毎月の決まり事になる。
「では、数年間はそうやって会計処理をしていたのだな。一枚はオランデール伯爵家から、もう一枚の分はサブリナがジャスティンの為に作った裏金で」
「サブリナ様は裏金という認識は無かったと思います。ジャスティン様の社交費用、それは妻としてどう用意するか手腕が問われていると理解していたようです」
「何故今回は一枚の請求書にしたのだ」
「はい、ジャスティン様の指示です。サブリナ様がいらっしゃらないので、最初に申し上げた理由で支払いを進める為に持ち帰りました。本来の期日を待つよりは、離縁直後の方があの理由は有効に働くとジャスティン様がおっしゃたのです。そうすれば後日送られたきたものに旦那様が不審を抱き調査されることも避けられると…。申し訳ございませんでした」
従者の謝罪は今回の請求書に対してのもの。本来謝罪すべきは数年前にジャスティンがサブリナに遊興費の別アカウントを作らせたことを伯爵に報告しなかったことへだ。
伯爵は再度従者に雇用主は自分であることを伝えた上で、ここ数年のジャスティンについて報告を求めた。
観念した従者は伯爵が聞きたくないことを次から次へと白状した。ジャスティンがカジノにも出入りしていたことや、サブリナに作らせていた裏金で遊び歩いていたことなど。従者が何年もその状況を伯爵に報告しなかったのにも理由がある。簡単なことだ、ジャスティンが小遣いを与えていたのだ。
従者の報告に、伯爵は更なる疑問を持った。紳士クラブ、カジノ、高級バー、遊興三昧の日々を送っていたジャスティンはどう仕事をしていたのかと。
「確認したい。おまえはジャスティンの仕事をどう手伝っていたのだ」
「わたしは…」
従者が伯爵の圧に押され白状した内容はとんでもないものだった。
最近では領地経営の全てをジャスティンが行っていたことになっている。だからこそ、全ての書類にジャスティンの署名があるわけだが…。それは表向き。書類は全てサブリナが作成し、内容をジャスティンに説明していたのだ。従者はジャスティンの署名漏れがないかを確認するのが仕事だったという。
その話から伯爵は理解してしまった。署名漏れをしてしまう程度でしか、ジャスティンは書類に目を通していなかったと。それに対してサブリナは仕事を良く理解していた。ジャスティンが遊興費として追加して欲しい額を伝えれば、それを上手く捻出していたというのだから。
役立たずの嫁と結果的に追い出したサブリナ。しかしそのサブリナがいなくなったという事実が、伯爵に真実を知らせてくれるとは皮肉なものだ。
そしてここまでの話で伯爵は理解した。ジャスティンにも従者にも領地経営の仕事は期待出来ない。今から伯爵が全て担うにしても、最近の状況を知る必要がある。どのようにジャスティン用の裏金をプールしていたのかも。しかし呼びつけた上にあれだけ嫌味を浴びせた前リッジウェイ子爵夫妻にサブリナを少しの間貸して欲しいなどと言えるはずがない。そもそもサブリナはファルコールにいる。
伯爵はふとサブリナがファルコールに向かう前のジャスティンと夫人の様子を思い出した。嫌な予感がする。せめてもの救いと思った夫人が忘れてしまっただけの給金明細作成。
そんな馬鹿なことはない。しかし、伯爵は執事を呼び出さずにはいられなかった。使用人の中には貴族家出身の者もいるのだ、支払いが遅れるというみっともないことなどあってはならない。
「おまえは今日中に荷物をまとめて出ていけ。明日の給金を貰いたいならば、今までの報告義務違反を先に精算させるがな」
伯爵が確実に出来るのは一人分の手間を省くだけだった。
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