オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

文字の大きさ
上 下
397 / 656

王都オランデール伯爵家28 紳士クラブから発行されていた請求書が毎月二枚の理由

しおりを挟む
今まで紳士クラブには飲食代とカードゲームで足りなくなった時の借入金は別の請求書にしてもらっていた。答えは至って簡単なこと。毎月二枚の請求書が発行されていたのだ。理由はどうとでもなる。しかもご尤もな理由で。

紳士クラブとて二枚発行するのは面倒だろうが、オランデール伯爵家から飲食代と借入金を別々に管理する為だと言われてしまえば従うしかない。それに支払いさえ確実に遂行されれば面倒なことはやがて毎月の決まり事になる。

「では、数年間はそうやって会計処理をしていたのだな。一枚はオランデール伯爵家から、もう一枚の分はサブリナがジャスティンの為に作った裏金で」
「サブリナ様は裏金という認識は無かったと思います。ジャスティン様の社交費用、それは妻としてどう用意するか手腕が問われていると理解していたようです」
「何故今回は一枚の請求書にしたのだ」
「はい、ジャスティン様の指示です。サブリナ様がいらっしゃらないので、最初に申し上げた理由で支払いを進める為に持ち帰りました。本来の期日を待つよりは、離縁直後の方があの理由は有効に働くとジャスティン様がおっしゃたのです。そうすれば後日送られたきたものに旦那様が不審を抱き調査されることも避けられると…。申し訳ございませんでした」

従者の謝罪は今回の請求書に対してのもの。本来謝罪すべきは数年前にジャスティンがサブリナに遊興費の別アカウントを作らせたことを伯爵に報告しなかったことへだ。

伯爵は再度従者に雇用主は自分であることを伝えた上で、ここ数年のジャスティンについて報告を求めた。

観念した従者は伯爵が聞きたくないことを次から次へと白状した。ジャスティンがカジノにも出入りしていたことや、サブリナに作らせていた裏金で遊び歩いていたことなど。従者が何年もその状況を伯爵に報告しなかったのにも理由がある。簡単なことだ、ジャスティンが小遣いを与えていたのだ。

従者の報告に、伯爵は更なる疑問を持った。紳士クラブ、カジノ、高級バー、遊興三昧の日々を送っていたジャスティンはどう仕事をしていたのかと。

「確認したい。おまえはジャスティンの仕事をどう手伝っていたのだ」
「わたしは…」
従者が伯爵の圧に押され白状した内容はとんでもないものだった。

最近では領地経営の全てをジャスティンが行っていたことになっている。だからこそ、全ての書類にジャスティンの署名があるわけだが…。それは表向き。書類は全てサブリナが作成し、内容をジャスティンに説明していたのだ。従者はジャスティンの署名漏れがないかを確認するのが仕事だったという。

その話から伯爵は理解してしまった。署名漏れをしてしまう程度でしか、ジャスティンは書類に目を通していなかったと。それに対してサブリナは仕事を良く理解していた。ジャスティンが遊興費として追加して欲しい額を伝えれば、それを上手く捻出していたというのだから。

役立たずの嫁と結果的に追い出したサブリナ。しかしそのサブリナがいなくなったという事実が、伯爵に真実を知らせてくれるとは皮肉なものだ。

そしてここまでの話で伯爵は理解した。ジャスティンにも従者にも領地経営の仕事は期待出来ない。今から伯爵が全て担うにしても、最近の状況を知る必要がある。どのようにジャスティン用の裏金をプールしていたのかも。しかし呼びつけた上にあれだけ嫌味を浴びせた前リッジウェイ子爵夫妻にサブリナを少しの間貸して欲しいなどと言えるはずがない。そもそもサブリナはファルコールにいる。

伯爵はふとサブリナがファルコールに向かう前のジャスティンと夫人の様子を思い出した。嫌な予感がする。せめてもの救いと思った夫人が忘れてしまっただけの給金明細作成。
そんな馬鹿なことはない。しかし、伯爵は執事を呼び出さずにはいられなかった。使用人の中には貴族家出身の者もいるのだ、支払いが遅れるというみっともないことなどあってはならない。

「おまえは今日中に荷物をまとめて出ていけ。明日の給金を貰いたいならば、今までの報告義務違反を先に精算させるがな」
伯爵が確実に出来るのは一人分の手間を省くだけだった。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

罠に嵌められたのは一体誰?

チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。   誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。 そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。 しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

【完結】公女さまが殿下に婚約破棄された

杜野秋人
恋愛
突然始まった卒業記念パーティーでの婚約破棄と断罪劇。 責めるのはおつむが足りないと評判の王太子、責められるのはその婚約者で筆頭公爵家の公女さま。どっちも卒業生で、俺のひとつ歳上だ。 なんでも、下級生の男爵家令嬢に公女さまがずっと嫌がらせしてたんだと。 ホントかね? 公女さまは否定していたけれど、証拠や証言を積み上げられて公爵家の責任まで問われかねない事態になって、とうとう涙声で罪を認めて謝罪するところまで追い込まれた。 だというのに王太子殿下は許そうとせず、あろうことか独断で国外追放まで言い渡した。 ちょっとこれはやりすぎじゃねえかなあ。公爵家が黙ってるとも思えんし、将来の王太子妃として知性も教養も礼儀作法も完璧で、いつでも凛々しく一流の淑女だった公女さまを国外追放するとか、国家の損失だろこれ。 だけど陛下ご夫妻は外遊中で、バカ王太子を止められる者などこの場にはいない。 しょうがねえな、と俺は一緒に学園に通ってる幼馴染の使用人に指示をひとつ出した。 うまく行けば、公爵家に恩を売れるかも。その時はそんな程度しか考えていなかった。 それがまさか、とんでもない展開になるなんて⸺!? ◆衝動的に一晩で書き上げたありきたりのテンプレ婚約破棄です。例によって設定は何も作ってない(一部流用した)ので固有名詞はほぼ出てきません。どこの国かもきちんと決めてないです(爆)。 ただ視点がちょっとひと捻りしてあります。 ◆全5話、およそ8500字程度でサラッと読めます。お気軽にどうぞ。 9/17、別視点の話を書いちゃったんで追加投稿します。全4話、約12000字………って元の話より長いやんけ!(爆) ◆感想欄は常に開放しています。ご意見ご感想ツッコミやダメ出しなど、何でもお待ちしています。ぶっちゃけ感想もらえるだけでも嬉しいので。 ◆この物語も例によって小説家になろうでも公開しています。あちらも同じく全5話+4話。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

処理中です...