オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

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王都オランデール伯爵家26

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部屋に戻ったクリスタルは怒りを侍女にぶちまけた。
「どうして戻って来るまでに、お兄様が離縁したことを言わなかったの、使えないわね」
「申し訳ございません」

クリスタルの性格を知る侍女はただ謝るだけだった。理由を伝えたところで、クリスタルにとりそれは生意気な口答えになる。だから侍女はオランデール伯爵家内の常識『正しいことや事実も余計なことになるなら口を閉じる』に徹し謝罪に努めた。

邸内で働く使用人達もジャスティンの離縁に関しては成立後に知ったこと。そもそも使用人がその家のことに首を突っ込むことなどあり得ない。事実としてメイド長や執事から連絡があったことを受け取るだけだ。そんな立場に過ぎない一介の使用人が知った内容を、全てを掌握する家主のご令嬢に伝えるのもおかしな話になる。第一、侍女の目には、クリスタルがサブリナを慕っている姿など映ったことがない。扱いはまるで使用人。いなくなったところで、辞めさせられたと思う程度だと考えていた。寧ろ取り乱したり、怒ったりする姿を晒すクリスタルに侍女は不思議な感覚を覚えた。どうしてあんなに見下し適当に接していたサブリナがいなくなったくらいでこんな風になるのかと。

「ねえ、謝るだけでなく、どうして離縁になったのか理由を話しなさい!」
「申し訳ございません、わたくし共もジャスティン様の離縁が成立してから知らされたことでして。その際、今後このことは口にしてはならないと」

話せと言われたからクリスタルに伝えた事実。しかし目の前のクリスタルの表情は更に険しいものになった。侍女は事実を話すという余計なことで自分の立場が悪くなり、また怒りをぶつけられることを覚悟したのだった。

「本当に使えないこと。あなた侍女なんて向いていないんじゃない。仕えている人間の意を汲み取って行動できないなんて。もういいわ、侍女ではなく物を相手にするメイド、それも下級メイドになればいいんだわ」
「畏まりました」
「何、その態度!」

何を言ってもこうなってしまったクリスタルには無駄なこと。言葉少なにやり過ごすしかない。それにクリスタルのいない間メイドの仕事を手伝っていた侍女は、本当にもうメイドにしてもらいたいと思った。

メイド長は陰でサブリナのことを伯爵家の役に立たない嫁だと散々言っていた。しかし侍女の目の前で怒りを言葉にしてぶつけ続けるクリスタルを見ていると、そんなことはないように思えてきた。間近でクリスタルと接するサブリナはクッションの役目を担っていたようだ。もしかしたら上手くクリスタルを抑えてくれていたのかもしれない。

そうだとしたら…、今まであったワンクッションが無くなってしまったとしたら…、末恐ろしい。
現にサブリナがいなくなったことでクリスタルがこんなにも荒れている。それも離縁したと知っただけで。きっとこれからクリスタルが癇癪を起すことは増えるはず、しかももっと酷いものを。

給金とストレス、天秤にかけたらどちらが重いだろうか。そもそも、オランデール伯爵家ではない職場を探す時期なのかもしれない。とにかく明日は給金の支給日、そのことだけを考えてこの時間を今は乗り切るしかないと侍女は思ったのだった。
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