上 下
392 / 586

王都とある修道院8

しおりを挟む
セーレライド侯爵家の訪問を前にオランデール伯爵家の迎えの者が修道院へやって来たのは、クリスタルがサブリナの手紙を受け取った翌日だった。

「お嬢様、ご準備は大丈夫でしょうか」
「ええ、その籠には刺繍を指したハンカチが入っているわ。大事に取り扱ってね」

刺繍代に仲介料、バザー用の刺繍よりもはずんであげたというのにクリスタルが手にしたハンカチは『それで、これ?』という仕上がりだった。所詮平民の技術にセンスだ、ある程度の妥協は受け入れなければならないと諦めるしかない。けれど、サブリナは違う。子爵家出身とはいえ貴族で、しかも伯爵家に嫁いだ身なのだ、しっかりしてもらわなければ困るとクリスタルは邸に戻ってからのことを考えた。

サブリナをファルコールから連れ戻すには基本に帰るのが一番。クリスタルが行き着いた答えは結局それだった。
社交シーズンにもかかわらず、次期当主で妻帯者のジャスティンが夜会に一人で出席するのはおかしいと訴えようと考えたのだ。父も母も非常に体面を重んじる。最初はクリスタルの貴族学院でのことがありサブリナをファルコールへ送ることにしただろうが、多少の時間が経過したことで二人はまた違う考えを持ったに違いない。王都では実際に社交の日々が進んで行き、ジャスティンは夜会へ一人参加、クリスタルは姿すら現せられなかったのだ。
今ならば、父と母に上手い言葉を掛けられるとクリスタルは馬車寄せへ向かった。

オランデール伯爵家の馬車が見えるとそこにはクリスタルの侍女が控えていた。これがクリスタルの日常。何人かで共用する平民上がりのメイドではなく、下級貴族でそれなりの所作を身に着けた専属侍女に傅かれるのが。

クリスタルがそう思うように、侍女は伯爵家でのことを弁えている。だから彼女も余計なことは口にしなかった。サブリナが離縁されたとは。もしも侍女に普段からクリスタルとサブリナの仲が良さそうに見えていたならば、また結果は違っていたかもしれない。しかしそんなことはないからこそ、馬車の中で侍女がクリスタルに伝えたのは邸に到着してからの予定のみだった。到着後は湯浴みを行い、身支度を整えてから父の執務室へ向かうという。

クリスタルは侍女の言葉を聞きながら、最初に行うことがなにはともあれ湯浴みということに伯爵家らしさを感じた。先ずは、修道院でまとった空気すら洗い流して身なりを整えてからでないと父の執務室に入れないだなんて。本当はジャスティンと話したいことがあるが、オランデール伯爵家の娘としては父への報告義務が先だ。それにジャスティンが邸にいるとも限らない。まあ数日間は伯爵家にいるのだ、状況を確認した上で話を進めていけばいいだろうとクリスタルは思ったのだった。
けれどクリスタルが考えていることが無駄でしかないと分かるまであと少し。そしてそれと同時に、クリスタルがオランデール伯爵家の娘としてはあってはならない取り乱すなどという態度を見せるのも。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...