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ダニエルの発言に薫は耳を疑った。
「今、何て…、ダニエル」
「ですから、姉上がプレストン子爵の養女になりファルコールを治めてはどうでしょうか。そうすれば姉上はずっとここで暮らせます」

ダニエルの言った内容の意図は分かる。しかし、それはそんな簡単なことではない。

「それはプレストン子爵もご存知なの?」
「いえ、ご存じありません。ですが、ファルコールに来るまで、ずっと考えていたことです」

ずっと考えていたのはダニエルだけ。いきなりそれを聞かされるプレストン子爵は寝耳に水だろう。

「子爵ご夫妻にはお子さんはいませんし」
「ダニエル、そういう問題ではないわ。子爵にもお考えがあるでしょう。でも、あなたがそれを言ってしまったら子爵は受け入れるしかなくなってしまう。立場ある人間は、しっかり考えた上で発言しなければならないわ」
「ですが、姉上がここで暮らし続けるには二重国籍だけでは弱過ぎます。子爵令嬢になれば、もう二度と殿下の妃へと名前が挙がることはなくなります」
「どういうこと?」


薫は自分の甘さを痛感した。アルフレッドがスカーレットに再婚約を打診するには違約金の三倍が必要になる。だからそんな馬鹿なことは起きないと思っていたのだ。しかしそれは薫の感覚。国は一時的に大金を使おうとも、それ以上の益が見込めるならば厭わない。それにその大金を抱えたスカーレットが王妃になると考えるならば、国はそれもありだと思うことだろう。
そしてダニエルが弱いと言った二重国籍。薫の頭には端から再婚約などあり得ない話だった。だから二重国籍は隣国の王家とパートリッジ公爵の顔を立てつつ、万が一に備えた策に過ぎなかった。決して再婚約対策の為ではない。けれどダニエルの話す内容から、スカーレットとアルフレッドの再婚約の話が既に王宮内で上がっていることが窺える。しかもダニエルが危惧していることも。

「ダニエル、それならば尚更プレストン子爵家への養女は無しよ。子爵にどんな迷惑を掛けてしまうか分からないわ。公爵家から養女の打診など来てしまったら、子爵はわたしを養女に差し出す為に様々な準備と称して身ぐるみを剥がされかねない。見せしめのように」
「ですが、わたしは姉上の今の生活を守りたい。それにここへ来るまでに聞こえてきた話から、ファルコールが姉上を必要としていることが分かります」
「ありがとう、ダニエル。どうするかはここにいるみんなで考えてみるわ。それにまだそんな打診を侯爵家は受けていないのだもの、起きていないことを心配するのは止めましょう」
「ダニエル様、大丈夫よ。ここにはマーカム子爵もいるのよ。噂を上手くコントロールすれば、スカーレットが王家へ嫁ぐ権利はなくなる」
「サビィ姉様、それでは姉上の名誉が」
「戦略的醜聞よ」

子を生していないことを最大の理由に離縁を進めようとしているサブリナが言うと妙に説得力があると薫は感じながら頷いた。

「それならいっそのこと噂ではなく俺と結婚する、キャロル?ただし、俺もいつまで子爵でいられるか分からないから、平民になる覚悟が必要だけれど。まあ、仕事はあるから安心して」
「ふふ、ありがとう、デズ。ね、ダニエル、大丈夫よ、みんなこうして色々考えてくれるから」

デズモンドが本気で言っているとは気付かなかった薫は、ダニエルに笑顔で心配しなくて大丈夫だと伝えたのだった。
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