オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

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目の前で微笑みながら話をする美しい女性。その横には大人の色気を醸し出しながらも優しい笑みで頷く男性。国境の町にある館の一室だというのに、この二人がいるだけでまるで王都にある邸宅の特別室にいるようにダニエルには思えてならなかった。

そして胸が痛む。美しい女性のこんな笑顔をどれだけの間見ることが出来なかったのかと。ダニエルの記憶にある限り、スカーレットが感情を表に出さなくなったのは貴族学院に入る前から。幼かったとはいえ、スカーレットの立場をもう少し理解しせめて邸内では楽しく過ごすようダニエルが気を使えていれば…。それどころか、ダニエルは貴族学院に入学してからというもの既に感情とは無縁の表情を浮かべるスカーレットに酷い言葉を浴びせ続けた。その表情の下にある本当の気持ちを理解することなく。

侯爵邸で聞いていたファルコールでのスカーレットの様子。そこからは心の療養とは無縁に思えたが、今の笑顔を見る限りキャストール侯爵領の中で王都から一番遠いファルコールに移り住んだのは正解なのだろう。光り輝くような美しい笑顔を浮かべるスカーレットがそれを物語っている。

ダニエルが知る王都での姿とは別人のようなスカーレット。否、違う。あれこそがアルフレッドの婚約者として作り上げられたスカーレット本来の姿とは別の人物だったのかもしれない。今のスカーレットは、幼い頃にダニエルと一緒に遊んでくれた時のようだ。それにこの違和感。スカーレットが普通の会話をアルフレッドとその側近達以外と交わしている姿に何故かダニエルは引っ掛かりを覚えたのだ。アルフレッドは貴族学院でシシリアとあんなに親しく話していたが、スカーレットは異性と挨拶程度の関わりしか持たなかった。相手にも、その様子を見掛けた者にも変な誤解を与えないようにしていたのだろう。表情、所作、行動、全てが作り上げられたものだったということだ。
重圧、策略、様々なことから解放されたスカーレットはなんてしなやかで瑞々しく美しいことか。

問題はデズモンド・マーカム。王都での様々な噂話を聞く限り、一番姉の傍に居て欲しくないタイプだ。しかし、今の二人の表情を見る限り共に疑いを持ち合いながら接している雰囲気はない。寧ろ信頼感がありそうだ。

ダニエルは無遠慮な弟という立場を最大限に利用することにした。それも姉を心配する無遠慮な弟という立場を。

「姉上、マーカム子爵とは随分と仲がよろしいのですね。王都にいる時から知り合いだったのですか?」
「いいえ、デズとはファルコールで初めて話したのよ。まだ詳しいことはダニエルに言えないけれど、これだけは確かよ。ここにいるデズモンド・マーカムが本当のデズモンド・マーカム。デズと話した時に分かったの、わたし達は大きく強い力に利用されやすいところが似てるって」

弟のダニエルには話せない内容をデズモンドと共有しているというスカーレット。先程傷んだばかりの胸が更に悲鳴を上げそうになるのを堪えダニエルはスカーレットに質問した。

「お二人が共有している内容は、いつかわたしにも話して貰えるのですか」
「いつかではなく、これから話すわ。まだ全部ではないけれどね。王宮からの遣い抜きで話したかったのはその為よ」

スカーレットから聞く内容にダニエルは驚いた。王都で流れるスカーレットとデズモンドの噂話ですら作られたものだということに。そしてその裏にある二人の目的にも。しかし目的を共有しているからといって、本当にデズモンドを信用していいものなのかは疑問だ。
『ここにいるデズモンド・マーカムが本当のデズモンド・マーカム』と言い切ったスカーレット。その根拠をダニエルは知りたいと思ったのだった。
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