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「ダニエル、時間は有限。王宮の人達抜きで話が出来る時間は特にね。さあ、プレストン子爵とマーカム子爵にお礼を言ってからお茶でもしましょう」
薫はそう言うとダニエルを執務室にあるソファに座らせた。ダニエルとこれからお茶を飲みながら話をするつもりだと示す為に。
「先ずはこれを渡しておくわね。プレストン子爵が今までなさっていた業務とその進め方を書き、マーカム子爵が今現在の業務を追加したものよ。後でゆっくり目を通せばだいたいのことは分かるはず。今日のこの見学時間内で知ること以上が記されているのだから。お父様への報告も十分出来る、それに殿下に何か質問されたとしても」
「…ありがとうございます」
ダニエルが国境検問所に来た理由が偽物になってはいけない。薫は事前に用意してもらった書類をダニエルに手渡し、この時間を利用し正式に面会する時の打ち合わせをしたいと伝えたのだった。
薫からの要求は訪問伺いを必ずダニエルが書き、それをプレストン子爵に今日の夜には託すこと。決して王宮から帯同している事務官ではなく。そして訪問時間は夕方にすることだった。
「夕方ですか?」
「ええ、お父様からの事前情報で夕方の方がわたくしの情緒が安定していると聞いたことにでもしてちょうだい。だから王都から来たあなた達が訪問するならば夕方だと。手紙は事務官の前で書く必要があれば、訪問日時と良い返事を待っているとでも書けばいいわ。その必要がないなら、書けとは言ったけど白紙でもいい」
「白紙?」
「訪問日は明後日の夕方に、今、決めてしまいましょう。だから白紙で大丈夫。いいえ、事務官がいないところで書いたなら白紙にしてちょうだい」
薫はダニエル訪問時にどういう芝居を打つかも説明した。二重国籍証明書を受領し署名をしたら気分が思わしくなくなり、自室へ向かわせてもらいたいと言うことを。
「姉上、その前に事務官達の前で受け取ってもらいたいものがもう一つあります」
「もう一つ?」
今回ダニエルがファルコールにやって来たのはアルフレッドのお遣い。ということは、もう一つの出所はアルフレッドということだ。ダニエルが事務官達の前で渡したいと言ったのも、その様子を目撃してもらいたいからだろう。
「殿下から預かってきたのね」
「はい。非常に言いにくいのですが、姉上が集めていた夜空の星シリーズを殿下がご用意されたそうです」
「分かったわ。持ってらっしゃい。あなたから受け取ったら、わたくしは臣下として殿下へのお礼の言葉を伝えます。敢えてありふれた『お心遣いに感謝いたします』という言葉を、淡々と」
「それが、殿下はあのシリーズをペリドットで特注したそうです。そのことも姉上に伝えるようおっしゃっていました。その場にいたジョイス様からは特注品だということは伏せたほうが相手は受け取り易いと言われたにもかかわらず、『ペリドットで作られた特注品だと言って欲しい』と…。お二人にとって何か意味のあることなのですか?」
薫の中にあるスカーレットとアルフレッドの様々な記憶が蘇ってきた。それも黄色、緑、そして黄緑色に辿り着く。色だけではない、ペリドットという宝石に込められた意味も。知らず知らずの内に、薫の目からは、否、スカーレットが流した涙が頬を伝った。更には薫がスカーレットとなった初めての日の記憶も蘇った。あの日、シシリアが着けていたペリドットの首飾りが思い出されたのだ。
「姉上…、申し訳ございません」
「どうしてあなたが謝るの。ありがとう、事前に教えてくれて。丁度良い口実が出来たわ。それを受け取ったら、わたくしは気分が悪くなり部屋に下がるわ。事務官達もわたくしの部屋までは押し掛けられないでしょう。それでね、部屋に話し相手としてサブリナ様とマーカム子爵を呼ぶことにする。あなたもわたくしの体調を気遣って部屋にいらっしゃい。そこで、もう少し踏み込んだ話をしましょう。いいかしら、ダニエル?」
「はい」
行動を起こすには理由がある。ペリドットで作られた特注品を発注したアルフレッドにはどんな理由があったのだろうかと薫は考えた。
薫はそう言うとダニエルを執務室にあるソファに座らせた。ダニエルとこれからお茶を飲みながら話をするつもりだと示す為に。
「先ずはこれを渡しておくわね。プレストン子爵が今までなさっていた業務とその進め方を書き、マーカム子爵が今現在の業務を追加したものよ。後でゆっくり目を通せばだいたいのことは分かるはず。今日のこの見学時間内で知ること以上が記されているのだから。お父様への報告も十分出来る、それに殿下に何か質問されたとしても」
「…ありがとうございます」
ダニエルが国境検問所に来た理由が偽物になってはいけない。薫は事前に用意してもらった書類をダニエルに手渡し、この時間を利用し正式に面会する時の打ち合わせをしたいと伝えたのだった。
薫からの要求は訪問伺いを必ずダニエルが書き、それをプレストン子爵に今日の夜には託すこと。決して王宮から帯同している事務官ではなく。そして訪問時間は夕方にすることだった。
「夕方ですか?」
「ええ、お父様からの事前情報で夕方の方がわたくしの情緒が安定していると聞いたことにでもしてちょうだい。だから王都から来たあなた達が訪問するならば夕方だと。手紙は事務官の前で書く必要があれば、訪問日時と良い返事を待っているとでも書けばいいわ。その必要がないなら、書けとは言ったけど白紙でもいい」
「白紙?」
「訪問日は明後日の夕方に、今、決めてしまいましょう。だから白紙で大丈夫。いいえ、事務官がいないところで書いたなら白紙にしてちょうだい」
薫はダニエル訪問時にどういう芝居を打つかも説明した。二重国籍証明書を受領し署名をしたら気分が思わしくなくなり、自室へ向かわせてもらいたいと言うことを。
「姉上、その前に事務官達の前で受け取ってもらいたいものがもう一つあります」
「もう一つ?」
今回ダニエルがファルコールにやって来たのはアルフレッドのお遣い。ということは、もう一つの出所はアルフレッドということだ。ダニエルが事務官達の前で渡したいと言ったのも、その様子を目撃してもらいたいからだろう。
「殿下から預かってきたのね」
「はい。非常に言いにくいのですが、姉上が集めていた夜空の星シリーズを殿下がご用意されたそうです」
「分かったわ。持ってらっしゃい。あなたから受け取ったら、わたくしは臣下として殿下へのお礼の言葉を伝えます。敢えてありふれた『お心遣いに感謝いたします』という言葉を、淡々と」
「それが、殿下はあのシリーズをペリドットで特注したそうです。そのことも姉上に伝えるようおっしゃっていました。その場にいたジョイス様からは特注品だということは伏せたほうが相手は受け取り易いと言われたにもかかわらず、『ペリドットで作られた特注品だと言って欲しい』と…。お二人にとって何か意味のあることなのですか?」
薫の中にあるスカーレットとアルフレッドの様々な記憶が蘇ってきた。それも黄色、緑、そして黄緑色に辿り着く。色だけではない、ペリドットという宝石に込められた意味も。知らず知らずの内に、薫の目からは、否、スカーレットが流した涙が頬を伝った。更には薫がスカーレットとなった初めての日の記憶も蘇った。あの日、シシリアが着けていたペリドットの首飾りが思い出されたのだ。
「姉上…、申し訳ございません」
「どうしてあなたが謝るの。ありがとう、事前に教えてくれて。丁度良い口実が出来たわ。それを受け取ったら、わたくしは気分が悪くなり部屋に下がるわ。事務官達もわたくしの部屋までは押し掛けられないでしょう。それでね、部屋に話し相手としてサブリナ様とマーカム子爵を呼ぶことにする。あなたもわたくしの体調を気遣って部屋にいらっしゃい。そこで、もう少し踏み込んだ話をしましょう。いいかしら、ダニエル?」
「はい」
行動を起こすには理由がある。ペリドットで作られた特注品を発注したアルフレッドにはどんな理由があったのだろうかと薫は考えた。
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