オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

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≪恋をすることにした君へのお祝いだ≫
美しい声が囁いたと思った瞬間、薫の脳裏に馴染みある世界の絵が蘇った。それも良く知る風景。ほとんど毎日をその中で過ごしていたのだ、忘れようがない。

声の持ち主はモンドなのかイマージュなのか。どちらの声でも構わないが、この場面を見せてくれているのは確かに二人なのだろう。ただどうしてお祝いなのかが分からない。イービルが言っていたように自由な芸術家肌の二人の考え方を理解するのは難しいということだ。

しかも今更この場面を上から眺めても薫にはどうしようもないというのに。分かるのは、この後薫は命を落とす。眺めるだけなのだから、この事実は止められない。モンドとイマージュには、このどうしようも出来ない状況に漂う薫の姿が芸術であり、そのことがお祝いなのだろうか。


薫がこの世界で覚醒して直ぐに思ったことは『明日は朝から馬鹿な会議で、その後は…』だった。今視界に映っているのは、その『明日』。薫は確かに明日を迎え、その中にいた。そして建物同様古くなったエレベーターの前で『なっちゃん』から残念な連絡を受けた。

『エレベーターの調子が悪いみたいで…メンテナンス会社に連絡したんですけど点検するまで利用を控えてもらえますか』
普段は薫になど見せないなっちゃんの満面の笑み。それが意味するのはエレベーターの調子は悪くないということだ。しかし、何を言っても時間を無駄にするだけだとあの日薫は二階から六階にある会議室まで外付け非常階段を上ることにした。会議に遅れ、仕事とは関係のないどうでもいい話を役員達からされるのを避けたかったのだ。会議室は役員達がいる部屋の隣だからエレベーターの調子など関係ない。

六階建ての古い自社ビル。一基しかないエレベーター。当然のことながら設備管理会社など入っていない。だから、管理しているのは総務部。即ちなっちゃんの独壇場だった。

エレベーターならば、役員達にどうせしっかり見ないだろうが配る書類を事前にテーブルに並べられたのにと思いながらもあの日薫は非常階段へ向かった。しかしその様子を上から眺める薫には、その後のなっちゃんの様子がしっかり見れた。

『もう、夏美ったら。おばがみはお年寄りなんだから階段で上がったら、心臓が止まっちゃうかもよ』
『だっておばがみ、何をしても、言っても涼しい顔をしてるんだもの。階段でも上らせて少しはイラっとさせようと思って』
大神だからおばがみ、なかなか上手いネーミングだと今更別世界で知り感心してしまいながらも薫はこの後起こることまではこの時のなっちゃん達には全く予想できていなかったということが良く分かったのだった。

薫が命を絶つまであと少し。結果的にはその準備をし、引き金を引いたのはなっちゃん。しかしそこに到達するまでに、なっちゃんが予測していない事実が重なってしまった。会議の資料作りを薫が夜遅くまで行い睡眠時間が少なかったことや、この日は高めのヒールを履いてしまっていたという。

『さ、わたしはエレベーターで先に上に行って階段でやってきたおばがみに、少し前に点検が終わりましたって報告に行かなくっちゃ』
『うわっ、悪い笑顔!』
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