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愛称呼びを乗り越えたと思ったツェルカを次に待っていたのは驚くこと、それも倒れてしまいそうなくらいのことだった。当たり前のようにキャロルがサブリナにエプロンを渡したのだ、料理をしようと言って。
ティーパーティの主人を務め、来客へ茶を振舞う為に必要なことの全てならサブリナは良く知っている。けれどそこに料理は含まれない。菓子作りならば多少はしたことがあるが、それも子供の頃に最後の飾りつけ用のフルーツを子爵家の調理人が見守る中好きなところに置いたくらいだ。キャロルの申し出には無理がある。

「キャロルさん、サビィはお料理をしたことは…」
「大丈夫よ、ナーサとノーマンが傍で教えてくれるから。サビィが担当する料理はここのみんなが大好きな一品なの、宜しくね」
「キャロル、それは駄目よ。失敗したら、みんなががっかりするもの」
「安心して、大丈夫だから。ナーサもノーマンもサビィに協力してくれるわ。二人共、お願いね」

恐怖からか足が竦んでしまったサブリナ。しかしナーサもノーマンも敢えて気付かない体を装って、サブリナをキッチンへ向かわせたのだった。

その姿を見送った薫はツェルカにサブリナが担当する料理を説明した。調理をするというよりは、フライパンの傍で焼けるのを眺めているようなものだと。
「ベーコンステーキをひっくり返すのはノーマンがやってくれるから大丈夫。サビィには出来上がる様子と匂いを楽しんでもらえればいいかなって思ったの。美味しそうな匂いは食欲を刺激してくれるしね」
「わたしはキャロルさんが罰をまだ与え続けているのかと思ってしまいましたよ」
「わたし、そこまで意地悪じゃないわ。でも、ツェルカが折角そう思ってくれたなら、エプロンも追加しようかしら」

薫は既にツェルカに与えた罰にエプロン作りも追加した。女性用のフリルを付けた可愛いものを四枚、背の高い男性用を三枚、それに誰でも身に着けられそうなものを三枚、計十着。

「時間は好きなだけ掛けて。その代わり、その間は王都には戻れないことを覚えておいてね」
「キャロルさん、先ほどは冗談でああ言いましたが、昨日から何も罰にはなっておりません」
「ねえ、ツェルカ、それはあなたの主観だわ。人それぞれ見え方は違うものよ。そうだ、その出来上がったエプロンに刺繍を入れて。ワンポイントでいいの、女性用には羊、男性用には馬、予備には…そうね、牛」
「女性用は花とかではなくていいのですか?」
「ええ、ここは畜産研究所の隣にあるから、動物で。デザインから刺繍までをサビィに依頼してちょうだい。凝ったものでなくていい、ただサビィが考えたものがいいの」

伯爵家に居たら、羊や牛を刺繍のモチーフにはしないだろう。もしかしたら、馬はあるかもしれないが。
薫はサブリナに『伯爵家だったらこうだ』という型にとらわれることなく、自由にデザインを考え時間を気にすることなく好きなように刺繍をしてもらいたかったのだ。

「さあ、ツェルカ、わたしもキッチンへ行かなきゃ。ベーコンの匂いがしてきたから手伝わないとね。あなたも来る?」
「はい。サビィが初めて料理をする姿を目に焼き付けないといけません。奥様へ報告しなければなりませんから」
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