オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

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報告書を届けてくれた侯爵家の遣いの者Bに薫はサンドイッチとパウンドケーキ、それにキャストール侯爵へのお願いが綴られた手紙を渡した。
因みにBがいるということは、Aもいる。Aは成績証明書を届けてくれた方だ。こういう役目の者には名前は聞いてはいけないのだと勝手に思い込んでいる薫は、心の中で二人をそれぞれAとBで呼び分けている。

AとBは急ぎの場合は、宿舎に併設されている厩舎で馬を換えその日の内に目的地へ去っていく。しかし時間に余裕がある時は、宿舎で一泊し体調を万全にして王都へ戻るのだった。
そして、今回Bには時間があった。けれど、デズモンド達が居る宿舎に泊まらせるよりはと、薫は遣いの者をファルコールの館に泊まらせたのだった。残念ながら、食事は一緒に取ることは出来ないと断られてしまったが。


「いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとう。あと、今回はこれをお父様へお願い出来る?」
「はい。お喜びになりますよ」

AとBにもちょっとした食料とお菓子を持たせるようになった薫だが、キャストール侯爵への分も欠かさない。二人は特別な道を使うそうで、キャストール侯爵邸まで二泊と半日くらいで戻れると教えってもらったからだ。その日数ならばこの時期でも傷まないだろうということで、荷物にならない程度をお願いするようになった。今回は白カビに覆われたサラミと、クッキー。お菓子が潰れたり欠けたりするのはしょうがない。でも、侯爵はスカーレットが作ったものが届くのであれば形状は多少大目に見てくれるだろう。

Aもそうだが、Bもスカーレットから手渡される昼食とお菓子の大ファンだ。初めてファルコールの館で出された料理を口にした時はあまりの旨さに驚いた、それはもう作ったのがスカーレットだとは信じられない程。

ケビンとノーマンから侯爵令嬢の仮面を外したスカーレットの為人をよく耳にしていたが、実際に自分が接してみるとあまりの気安さに戸惑ってしまったくらいだ。しかもこんな存在の自分達にも気遣いや優しさを忘れない人物だった。それは、ケビン達と話す時にさりげなく場を提供してくれることにも、この昼食を持たせるという行為にも表れていることだった。

それだけではない。スカーレットはあの不思議な温かい湯、温泉を見つけたとケビンが話してくれた。止める間もなくいきなり湧き出ている湯にスカーレットが手を付けた時には、ケビンはしまったと思ったそうだが。しかし今では、あの大胆な行動を含め、スカーレットの持つ知識でファルコールの館での生活は楽しく充実したものになっているともケビンは自慢していた。

AもBもキャストール侯爵から許しが出てからというもの、あの温泉という温かい湯には時間があれば極力浸かるようにしている。体を衛生的に保てるだけではなく、疲れが取れる素晴らしい湯なのだ。

周囲を巻き込み、楽しい生活を送るスカーレット。キャストール侯爵が心配していたデズモンド・マーカムですら、スカーレットには『良い人』でいるしかないようだ。
あのケビンとノーマンだ、しっかりデズモンドとその従者リアムの動きは観察していたはず。それなのに、今はまだ国境検問所の仕事をしているということ以外は何も出てこないという。

Bは馬を走らせながら、ふと思った。案外デズモンド・マーカムも既にスカーレットからの餌付けに飼いならされたのではないかと。
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