オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

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「ですがその前に。貴重な時間を無駄にするわけにはいきません。ジョイス様の様子からするとお話されたいのはあの方に関してではございませんか?」

あの方。抽象的な言い方だが、実に正しいとジョイスは思った。
キャストール侯爵令嬢、スカーレット、キャロル、そしてここではデズモンド・マーカムもあの方で表されるのだろう。だからジョイスはただ『ああ、報告をしてくれ』とハーヴァンに言ったのだった。
そして受けた報告に耳を疑った。

「待ってくれ、キャロルは自らデズモンド・マーカムの下へ出向いたというのか。しかも、あのデズモンド・マーカム相手に条件を提示して取引をしたと」
「はい。キャロルの出した条件はデズモンド・マーカムが必要としていること、そして満足させるものでした」

ハーヴァンはどのような条件が提示されたのか事細かにジョイスに説明した。驚くことに条件は、キャリントン侯爵の裏をかくような見事なもの。しかし、取引を成立させるにはその条件をデズモンド・マーカムが飲むことが絶対条件。

「どうやってその条件をキャロルはデズモンド・マーカムに飲ませたんだ?」
「そこは詳しく話してくれませんでしたが、デズモンドという人物像から考えて言葉を伝えたと言っていました」
「まさかねんごろになるなんて約束を」
「ジョイス様、それは有り得ませんのでご安心を。キャロルが人心掌握に長けているのは、その人物の心をみて話が出来るからだと思います」

それはデズモンド・マーカムだけではなく、ハーヴァンも同様だとジョイスは感じた。話の端々から、ハーヴァンのキャロルへ対する敬慕が窺える。

ハーヴァンの報告は二人の間でなされた取引に留まらなかった。ジョイスがこれから向かうパートリッジ公爵から聞かされるであろう二重国籍について、昨日デズモンドにファルコールの館からケレット辺境伯へ抜ける悪路があること知らせたこと、そして隣国の公爵家三男スコルアンテがやって来たことと、ジョイスにしてみれば予期せぬことばかりが伝えられたのだ。

「スコルアンテ殿がどうしてファルコールの館へ?」
「医師のスコットとしてスカーレット様の為に滞在することになっています」
「そういうことか。ハーヴァン、俺は今無性にただのジョイになりたい。そして、このファルコールでキャストール侯爵家に私兵として雇ってもらいたいよ」
「あの方は恐ろしい方です。全ての情報をわたしにまで開示することで、ジョイス様を結果的に動かそうとするのですから」
「そうだな、俺がハーヴァンと接触することを読んでいたんだろうな。で、本当に王都へ帰る手立てまで整えてくれたのか?」
「はい。今、ホテルに滞在中の前リッジウェイ子爵夫妻が王都へ戻る時に同行させていただきます」
「分かった。次は王都だな、話を聞くのは。出来れば驚く話は聞きたくないものだ」
「残念ながらそれは無理かと」
「ああ、俺もそう思う。残りの日々、キャロルが楽しく暮らす手伝いを存分にしてくれ」
「はい、誠心誠意お仕えします」
「悔しいが、随分と良い関係を築いているんだな」

結局ジョイスが当初予定していたデズモンド・マーカムからスカーレットを守って欲しいという話は出ず仕舞いに終わったのだった。
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