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その日のカトエーリテ子爵家2
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部屋に入ると、泣き崩れていた母を抱き締めていた父が立ち上がった。
高位貴族家の養女となり、行く行くはアルフレッドの妃になることは既に伝えてあったというのに『その日』を迎え母は感極まってしまったようだ。
シシリアを産み今まで大切に育ててくれた母、こうなってしまうのも仕方がない。けれど直ぐにやってくる別れは今後のシシリアの幸せの為。最後は笑顔で見送って欲しい。
その為にも、貴族学院で言われ続けたシシリアの皆を幸せにする笑顔を見せてあげなくてはいけないとシシリアは思った。
「お父様、お待たせ致しました」
だから入室後の挨拶は、美しい所作に花が綻ぶようだと言われる笑顔を浮かべた。
対して父は、表情を変えることなく静かなトーンでシシリアに座るよう命じ自分もその向かいに座ったのだった。しかし、なかなか次の言葉が出て来ない。そこでシシリアは父が話し易いよう、先に言葉を発したのだった。
「王宮からの使者がやって来たことね、お父様?」
「ああ」
「立派な馬車だったから、直ぐに王宮のものだと分かったわ」
娘との別れが辛いのだろう、父の目にも涙が浮かんでいるようにシシリアには見えた。アルフレッド、両親、学友達、誰もがシシリアを愛してくれる、あの氷のような瞳を持つスカーレット以外は。だからシシリアはアルフレッドに選ばれて当然なのだ。裏を返せば、スカーレットは排除されて然りということ。
「それでお父様、どういうお話なの?」
父が話す内容は分かっている。でも、心から愛する娘、シシリアへどういう言葉を掛けてくれるのかまでは分からない。だからシシリアは期待交じりの瞳で父の次の言葉を待ったのだった。
しかし、父から聞こえてきた話は想像もしていなかったこと。一体誰のことを話しているのかシシリアには理解できなかった。
「お父様、アルのお妃様になる為に一度修道院で禊をするってことなの?」
「違うんだよ、シシリア」
「じゃあ、お妃様になる為に奉仕活動をして実績を作るの?」
「それも違う。シシリアは修道院に入り、そこでずっと暮らすんだ」
「何を話しているのか分からないわ。アルからの手紙を見せて」
「シシリア、もう殿下のことをそんな風に呼んではいけない」
「どうして?」
「簡単なことだろう。たかが子爵令嬢が、王子殿下という尊いお方を愛称で呼んではいけないんだ」
「でも、貴族学院では」
「貴族学院では平等に教育の機会を与えられていただけだ。しかし、そこでの行いには貴族としてそれぞれの規律と責任があっただろう。貴族社会に出る前の、小さな縮図なのだから」
「違うわ。教育を平等に受けられるだけでなく、皆平等だったはず」
「それこそ、違う。教育の前では皆平等だ。ただ学院の特性上、様々な方と知り合いになる機会はある。皆それを利用し、将来の人脈作りに励むのだ」
「だから、わたしもアルとの人脈作りを」
「それだけだったら良かっただろう。しかし、シシリアは婚約者のいる相手に横恋慕という常識外れなことをしたんだ。しかも国が定めた重要な婚約者同士に対して。おまえは、国を混乱させるという罪を犯してしまったんだよ」
「罪?」
「…」
「人を好きになることが罪なの?お父様、王宮へ行かせて。アルに話を聞けば分かるわ」
「約束もないのに、王宮へ行くことは出来ない」
「だって、話をしなくては。信じて、お父様、わたしはアルのただ一人の妃になるの」
「シシリア、ダメなんだ、もうそんなことを言ってはいけない」
「嫌よ、アルに会わせて。お父様、王宮からの許可を頂いて」
「殿下にお会いする理由がないのだから、許可は下りない」
「だって、わたしは…、お願い」
「可愛いシシリア、分かっておくれ。それでもどうしてもと言うならば、わたし達が殿下の乗る馬車に飛び出し直訴をしよう。ただし、それでも会えるか分からない。わたし達の命が無くなることは確かだが」
「どうして、アルに会うだけなのに、お父様とお母様の命が無くなるの」
「それは、我々が気軽にお会いすることが出来ない王子殿下だからだよ」
話の全様は掴めない。けれど、シシリアの未来が思い描いていたものから大きく逸れてしまったことだけは確かだった。
高位貴族家の養女となり、行く行くはアルフレッドの妃になることは既に伝えてあったというのに『その日』を迎え母は感極まってしまったようだ。
シシリアを産み今まで大切に育ててくれた母、こうなってしまうのも仕方がない。けれど直ぐにやってくる別れは今後のシシリアの幸せの為。最後は笑顔で見送って欲しい。
その為にも、貴族学院で言われ続けたシシリアの皆を幸せにする笑顔を見せてあげなくてはいけないとシシリアは思った。
「お父様、お待たせ致しました」
だから入室後の挨拶は、美しい所作に花が綻ぶようだと言われる笑顔を浮かべた。
対して父は、表情を変えることなく静かなトーンでシシリアに座るよう命じ自分もその向かいに座ったのだった。しかし、なかなか次の言葉が出て来ない。そこでシシリアは父が話し易いよう、先に言葉を発したのだった。
「王宮からの使者がやって来たことね、お父様?」
「ああ」
「立派な馬車だったから、直ぐに王宮のものだと分かったわ」
娘との別れが辛いのだろう、父の目にも涙が浮かんでいるようにシシリアには見えた。アルフレッド、両親、学友達、誰もがシシリアを愛してくれる、あの氷のような瞳を持つスカーレット以外は。だからシシリアはアルフレッドに選ばれて当然なのだ。裏を返せば、スカーレットは排除されて然りということ。
「それでお父様、どういうお話なの?」
父が話す内容は分かっている。でも、心から愛する娘、シシリアへどういう言葉を掛けてくれるのかまでは分からない。だからシシリアは期待交じりの瞳で父の次の言葉を待ったのだった。
しかし、父から聞こえてきた話は想像もしていなかったこと。一体誰のことを話しているのかシシリアには理解できなかった。
「お父様、アルのお妃様になる為に一度修道院で禊をするってことなの?」
「違うんだよ、シシリア」
「じゃあ、お妃様になる為に奉仕活動をして実績を作るの?」
「それも違う。シシリアは修道院に入り、そこでずっと暮らすんだ」
「何を話しているのか分からないわ。アルからの手紙を見せて」
「シシリア、もう殿下のことをそんな風に呼んではいけない」
「どうして?」
「簡単なことだろう。たかが子爵令嬢が、王子殿下という尊いお方を愛称で呼んではいけないんだ」
「でも、貴族学院では」
「貴族学院では平等に教育の機会を与えられていただけだ。しかし、そこでの行いには貴族としてそれぞれの規律と責任があっただろう。貴族社会に出る前の、小さな縮図なのだから」
「違うわ。教育を平等に受けられるだけでなく、皆平等だったはず」
「それこそ、違う。教育の前では皆平等だ。ただ学院の特性上、様々な方と知り合いになる機会はある。皆それを利用し、将来の人脈作りに励むのだ」
「だから、わたしもアルとの人脈作りを」
「それだけだったら良かっただろう。しかし、シシリアは婚約者のいる相手に横恋慕という常識外れなことをしたんだ。しかも国が定めた重要な婚約者同士に対して。おまえは、国を混乱させるという罪を犯してしまったんだよ」
「罪?」
「…」
「人を好きになることが罪なの?お父様、王宮へ行かせて。アルに話を聞けば分かるわ」
「約束もないのに、王宮へ行くことは出来ない」
「だって、話をしなくては。信じて、お父様、わたしはアルのただ一人の妃になるの」
「シシリア、ダメなんだ、もうそんなことを言ってはいけない」
「嫌よ、アルに会わせて。お父様、王宮からの許可を頂いて」
「殿下にお会いする理由がないのだから、許可は下りない」
「だって、わたしは…、お願い」
「可愛いシシリア、分かっておくれ。それでもどうしてもと言うならば、わたし達が殿下の乗る馬車に飛び出し直訴をしよう。ただし、それでも会えるか分からない。わたし達の命が無くなることは確かだが」
「どうして、アルに会うだけなのに、お父様とお母様の命が無くなるの」
「それは、我々が気軽にお会いすることが出来ない王子殿下だからだよ」
話の全様は掴めない。けれど、シシリアの未来が思い描いていたものから大きく逸れてしまったことだけは確かだった。
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