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65 二重国籍
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「キャ、キャロル…、交渉の事前準備は」
「ケビン、あなたまで、ありがとう。準備は不要。今はまだはっきりと言えないけれど、マーカム子爵の表情を見ながら彼の望むもの『キャストール侯爵令嬢の所在』を使うわ。交渉が決裂したら、その時に次の手段を考えましょう。でも、その為にもケビン達のアドバイスを元に考えたパートリッジ公爵への手紙内容を伝えておくわ」
「あ、えっと、わたしは席を外したほうが」
「その必要はない。ハーヴァンに聞かれて困ることではないもの。どうせあなたも王都へ戻ったら知ることでしょうし。そのタイミングが早いか遅いか、それだけのことだわ」
薫はそこにハーヴァンが居ようと、どのようなことをパートリッジ公爵への手紙に書くか包み隠さず話した。ハーヴァンは戸惑いの表情。ケビンとノーマンは静かに目を伏せ、ナーサは驚きを浮かべた。
もしも未来の王妃になるはずだったスカーレットならばもっと違うことを書くだろう、両国の関係に貢献するような。例えば、アルフレッドの行いを許して欲しいとか、せめてファルコールへ訪問してはどうかという内容を。
でも、薫は個人的なことを依頼したのだ、ファルコールで暮らし続ける為に。
「二重国籍、ですか?」
「ええ、両国の国民権を持つの。どちらかの国が酷い意地悪をしてきたら、直ぐにもう片方の国へ逃げられるように。両国間においては、犯罪者や重要人物は普通本国から返還要請があれば引き渡されてしまう。まあ、わたしがそこまで重要かは分からないけれどね。でも両国の国民権を持っていれば返還は不可能でしょ。わたしの希望はこのファルコールで暮らすこと。何もなければ、このままここに居続ける。その均衡を保つ為に、正しく両方に等しく引っ張り合ってもらう感じかな、二重国籍は」
薫が思いついた二重国籍。これは大学時代の友人が持っていたものだ。
『二十二歳になるまでに、どっちのパスポートを取るか決めなきゃいけないんだよね、国によっては多重国籍を持てるところもあるんだけどね』
その言葉を聞いたときは、『へぇ、そうなんだ』程度だったが記憶に残っていて良かったと薫は思った。
「それにね、二重国籍は隣国の王家とパートリッジ公爵の顔を立てることにも繋がると思う。この国に住むわたしが隣国に住みたいと伯父様にお願いするのだから。それって、仮令この国に住んでいても、天秤に掛けたら隣国に住むことが重くなっているように思えない?十八歳になったわたしが今更そんなことを願い、公爵家を頼り、王家に口利きをしてもらうなんて」
「言われてみれば…。なんとなくそんな気がします。それにこの国にとっては見限られたというか、兎に角マイナスなイメージが」
「そこよ、ナーサ。国と国のことだもの、片方の国だけで決める訳にはいかないわ。この事を話すとき、両国の担当者の心の中はそれぞれどんなかしらね?」
「心中はさておき、流石ですね。キャロルの願いの為とはいえ、両国の担当者が話し合いのテーブルに着くことが出来る。ありがとうございます」
「ハーヴァンにお礼を言われる筋合いはないわよ。わたしはわたしの為だもの。二重国籍を手に入れられるよう、手紙に最大限の気持ちを込めるわ。パートリッジ公爵が動いてくれるよう」
薫は力強くそう言うとケビンへ視線を向けた。そして微かに頷くのを確認した。何も言わなくても分かる、キャスト―ル侯爵にも根回しを頼んでくれるということだ。
「マーカム子爵はすぐそこまで来ているから、手紙も急いだ方がいい」
「ええ、ケビン」
「それとマーカム子爵以外にもこちらにやって来る方達が。リッジウェイ子爵到着後になりますが、ケレット辺境伯家の騎士三人が戻って来ます。それと、スコットも」
「まあ、スコットも!」
「表向きは病気療養中のスカーレット様の専属医として。既に侯爵が身元引受人となり許可は取ったそうです」
「まあ、お父様ったら、良い理由ね」
「ファルコールには医師が少ないという欠点が、有利に働きました」
スコットの滞在許可もまたデズモンド・マーカムとの交渉時に役立つと薫は思ったのだった。
「ケビン、あなたまで、ありがとう。準備は不要。今はまだはっきりと言えないけれど、マーカム子爵の表情を見ながら彼の望むもの『キャストール侯爵令嬢の所在』を使うわ。交渉が決裂したら、その時に次の手段を考えましょう。でも、その為にもケビン達のアドバイスを元に考えたパートリッジ公爵への手紙内容を伝えておくわ」
「あ、えっと、わたしは席を外したほうが」
「その必要はない。ハーヴァンに聞かれて困ることではないもの。どうせあなたも王都へ戻ったら知ることでしょうし。そのタイミングが早いか遅いか、それだけのことだわ」
薫はそこにハーヴァンが居ようと、どのようなことをパートリッジ公爵への手紙に書くか包み隠さず話した。ハーヴァンは戸惑いの表情。ケビンとノーマンは静かに目を伏せ、ナーサは驚きを浮かべた。
もしも未来の王妃になるはずだったスカーレットならばもっと違うことを書くだろう、両国の関係に貢献するような。例えば、アルフレッドの行いを許して欲しいとか、せめてファルコールへ訪問してはどうかという内容を。
でも、薫は個人的なことを依頼したのだ、ファルコールで暮らし続ける為に。
「二重国籍、ですか?」
「ええ、両国の国民権を持つの。どちらかの国が酷い意地悪をしてきたら、直ぐにもう片方の国へ逃げられるように。両国間においては、犯罪者や重要人物は普通本国から返還要請があれば引き渡されてしまう。まあ、わたしがそこまで重要かは分からないけれどね。でも両国の国民権を持っていれば返還は不可能でしょ。わたしの希望はこのファルコールで暮らすこと。何もなければ、このままここに居続ける。その均衡を保つ為に、正しく両方に等しく引っ張り合ってもらう感じかな、二重国籍は」
薫が思いついた二重国籍。これは大学時代の友人が持っていたものだ。
『二十二歳になるまでに、どっちのパスポートを取るか決めなきゃいけないんだよね、国によっては多重国籍を持てるところもあるんだけどね』
その言葉を聞いたときは、『へぇ、そうなんだ』程度だったが記憶に残っていて良かったと薫は思った。
「それにね、二重国籍は隣国の王家とパートリッジ公爵の顔を立てることにも繋がると思う。この国に住むわたしが隣国に住みたいと伯父様にお願いするのだから。それって、仮令この国に住んでいても、天秤に掛けたら隣国に住むことが重くなっているように思えない?十八歳になったわたしが今更そんなことを願い、公爵家を頼り、王家に口利きをしてもらうなんて」
「言われてみれば…。なんとなくそんな気がします。それにこの国にとっては見限られたというか、兎に角マイナスなイメージが」
「そこよ、ナーサ。国と国のことだもの、片方の国だけで決める訳にはいかないわ。この事を話すとき、両国の担当者の心の中はそれぞれどんなかしらね?」
「心中はさておき、流石ですね。キャロルの願いの為とはいえ、両国の担当者が話し合いのテーブルに着くことが出来る。ありがとうございます」
「ハーヴァンにお礼を言われる筋合いはないわよ。わたしはわたしの為だもの。二重国籍を手に入れられるよう、手紙に最大限の気持ちを込めるわ。パートリッジ公爵が動いてくれるよう」
薫は力強くそう言うとケビンへ視線を向けた。そして微かに頷くのを確認した。何も言わなくても分かる、キャスト―ル侯爵にも根回しを頼んでくれるということだ。
「マーカム子爵はすぐそこまで来ているから、手紙も急いだ方がいい」
「ええ、ケビン」
「それとマーカム子爵以外にもこちらにやって来る方達が。リッジウェイ子爵到着後になりますが、ケレット辺境伯家の騎士三人が戻って来ます。それと、スコットも」
「まあ、スコットも!」
「表向きは病気療養中のスカーレット様の専属医として。既に侯爵が身元引受人となり許可は取ったそうです」
「まあ、お父様ったら、良い理由ね」
「ファルコールには医師が少ないという欠点が、有利に働きました」
スコットの滞在許可もまたデズモンド・マーカムとの交渉時に役立つと薫は思ったのだった。
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