オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではございますが~

五十嵐

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王都リプセット公爵家1

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リプセット公爵家が誇る駿馬達がいる厩舎。そこに一頭、ファルコールからやって来た馬が繋がれていた。
スピードを上げた時に鬣が視界に入り邪魔をしないよう綺麗に編み込まれ、それによってより美しい頚のラインを見せている。背中からのトップラインや毛艶は、この馬がとても良い状態にあることを雄弁に語っていた。

「ありがとう、おまえのお陰で無事に王都に辿り着けた。仲間から引き離して悪いことをしたな。いつか、帰してやるからな」
ハーヴァンはよく言う。馬は気持ちを完全でなくても理解してくれる生き物だと。だからジョイスも感謝とすべき約束を語り聞かせたのだった。確かに良い状態のこの馬は、リプセット公爵家の他の馬に引けを取らない。けれど、居るべき場所はここではなくファルコールの空の下だ。

ジョイスはスカーレットにしてやられたのかもしれない。二頭と一頭の交換。しかし、この馬を見ているといつか元の場所へ戻してやりたくなる。即ち、二頭をこの一頭でのファルコールと王都の一往復に変えたということだ。
でも、そこに悔しさはない。ジョイスとてファルコールへの片道チケットを手にいれたのだ。

「おまえを共に付けてくれたキャロルに感謝をしないとな」
「ブルルル、ブルン」
「分かるのか、賢いな。まあ、当分休憩してくれ」

鬣の編み込みを解き、まるで愛しい人の髪を梳るようにジョイスは馬のブラッシングを始めた。王都で目にしていたスカーレットの髪もいつも綺麗に纏められていたことを思い出しながら。髪同様、心を乱れさせることなく常にアルフレッドに向かい合っていたスカーレット。
でも、今の髪型はアルフレッドもテレンスも知らない簡単な纏め髪。心も緩められたのか、雰囲気も変わっていた。あのナーサという侍女が髪を整えているのだろうが、あれくらいなら馬の鬣を編み込めるジョイスにも出来そうだ。まあ、その役割をナーサが譲ってくれるとは考え辛いが。
でも、方法がないこともない。夜、ジョイスが髪をほどき、朝共に目覚めれば。…可能性はかなり低いが。

その前に、その可能性がゼロに近付かないよう手立てを講じる必要がある。今日王宮で確信を持ったことを、スカーレットに伝えなくては。

ジョイスは数日もすれば再び隣国へ向け出発することになるだろう。だから、スカーレットが居るファルコールへ向かう理由はある。けれどどうやって伝えるか、それが一番の問題だ。

手紙に『デズモンド・マーカムに気を付けろ』と記したところで、ジョイスが本当に言いたいことは伝わらない。
ジョイスが言いたいのは、デズモンド・マーカムの手の早さに気を付けろということだ。
今までアルフレッドの婚約者だったスカーレットに男女のそれを求めて近付く愚か者などいなかった。仮にいたとしても、早々に排除されていた。しかし、今は違う。あのファルコールの館に簡単に近付くことは難しいが、あの時のジョイスのように貴族となると話は別だ。デズモンド・マーカムは子爵位を持ち、今後国の準騎士となるファルコールの私兵達とも職務上関わる。

スカーレットが求める新たな楽しい思い出。女性として大人の余裕を持つデズモンド・マーカムとのちょっとした会話は楽しいことの部類に入るかもしれない。しかし気を付けないと、楽しいだけでは済まなくなる。
今までデズモンド・マーカムが相手にしてきた女性達と比べたら、スカーレットはまだ卵から出られてもいないヒヨコに等しい。
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