上 下
74 / 586

52

しおりを挟む
その夜、久しぶりにイービルとスカーレットが薫の元に現れた。理由は明白。スカーレットが薫に礼を言う為だった。

「薫さん、ありがとう。ジョイス様を助けてくれて」
「ふん、余計なことを」
「イービル様、薫さんは良いことをしたのですよ!」
「しかし…、あんなヤツ」

ところが二人の様子は昼間に薫が思い浮かべたいつも仲良く寄り添うものではない。イービルが臍を曲げ、スカーレットがやんわりと窘めるよう。

『あんなヤツ』という発言から分かるように、イービルもナーサ同様ジョイスを許せないのだろう。それはそうだ。今やイービルにとってスカーレットは最愛の存在。そしてジョイスは過去においてそのスカーレットを散々貶めたのだ。

「でも、ハーヴァンさんは本当に拙い状況だったのよ。放っておいて万が一にも死体になったら面倒だったもの。わたしは人として当然のことをしただけ。第一、イービルだって結局のところ助けてくれたじゃない。菌から一足飛びに薬にしてくれたじゃない」
「それは…」

イービルの表情は不本意だが仕方が無かったと言っているようだった。もしかしたらスカーレットがいつものように力添えしてくれたのだろうか。

「薫さん、イービル様も何かをしてくれていたの?」
「ええ、わたしの願いを叶えてハーヴァンさんの薬を菌製造機から出したわ」
「まあ、イービル様!あなたはやはり優しいお方なのですね」
「俺はあいつらが早々にここから出て行くようにしたまでだ」
「それでも、ありがとうございます」

表情通りイービルには不本意だったようだ、抗生物質を出したのは。
「まあ、あいつは明日しっかり追い出せよ」
「分かっているわ。わたしだって面倒なのは嫌だもの。でも、あの従者のハーヴァンさんは今後の為にも少しの間残ってもらう。教えてもらいたいこともあるし」
「あいつなら、残ってもいいだろう」
「イービル様ったら」

イービルは愛する人至上主義なのだと薫が思った時だった、イービルがジョイスの過去をさらっと話したのは。
「あいつの初恋の相手がスカーレットというのが気に喰わない」
まるで欠席裁判。ジョイスの幼い頃の甘酸っぱい話が堂々となされた。

「わたくしもイービル様から伺うまで知らなかったのですが、どうやらそうらしいの。それが、イービル様には気に入らないらしくて」

気に入らないも何も、子供の頃の話。しかもスカーレットが気付いていなかったということは、ジョイスがそれらしい気持ちを打ち明けたことすらなかったということだ。それに子供の頃の交友関係など高が知れている。傍にいたから好きになった程度かもしれない。

「イービルも案外子供っぽいのね。誰が先にスカーレットさんを好きになろうと、肝心なスカーレットさんが好きなのはあなたなんだから良いじゃない」
「…それはそうだが」
薫の言葉にスカーレットは頬を染めながらも大きく頷いた。イービルに至っては、肯定の言葉を付け足す始末。今回はどうでもいい焼き餅をイービルが焼いたに過ぎないということだ。
現れた時には寄り添っていなかった二人だが、今やいつも以上にべったりしている。そして二人で囁き合い始めた。

「あの男はスカーレットに貴族学院であんな酷い態度や言葉で接したというのに、性懲りもなく、また…」
「イービル様、その先は駄目ですわよ。薫さんの未来は薫さんが決めるのだから」

「なあに?わたしの名前が出たみたいだけれど」
「薫さんの未来が楽しみって話をしていたの」
「ありがとう。実はわたしも楽しみだわ。だって沢山の楽しいことが待っている気がするのだもの。あっ、そうだ、イービル、三つ目のお願いをしたかったのよ」
「なんだ?」
「菌製造機の種バージョンが欲しいの。願った種が出て来る箱が。これもいずれはファルコールの為になるわ。最初は配るだけになってしまうかもしれない。でも、その内品種改良をしてみようと思う人や、効率的に作付けをしようとする人が現れるでしょ。何より、皆の食が豊かになるわ」
「まあ、素敵。薫さんは作物そのものを出してもらって、それを皆に渡そうとしないところがいいわ。皆の生活を長い目で見てくれてありがとう」

今回もスカーレットは薫の希望が叶うようしっかり後押しをしてくれたのだった。そして、薫はイービルに先に礼を言った。
「明日、ジョイスを見送る時は満面の笑みを見せてお別れの挨拶を言うわ。どう、イービル?」
「いや、それは、あまり効果的ではないというか…」
「だって初恋の相手から笑顔でもう二度と会うことはないだろう、って言われるのよ。なかなかじゃない?」
「さあ、俺にはそれであいつがどういう反応をするかまでは分からない」
「それもそうね」

ジョイスの反応以上に、二人が二度と会わないかどうかも分からないだろうとイービルは呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】あなたは知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...