68 / 586
王都キャリントン侯爵家5
しおりを挟む
破られた紙は元には戻らない。切れ端と切れ端を合わせ内容が読めたとしても、一枚の紙ではなくなっている。
スカーレットの心もきっと同じ。
アルフレッドへの気持ちも、側近のテレンスとジョイスへの気持ちもビリビリに破かれ、昔の仲が良かった時の心ではなくなっているだろう。
否、違う。
貴族学院での行為は破くという生易しいものではなかった。テレンス達はスカーレットの心を粉々に砕いたのだ。再び内容を読むことが出来なくなるくらいに。それでもスカーレットは何度も砕かれた心をつなぎ合わせテレンス達へ向き合ってくれていた。しかし、あの日、アルフレッドにスカーレットの砕けた心は二度とつなぎ合わせられないよう吹き飛ばされたのだ。
最後に聞いたスカーレットの言葉が蘇る。今後の遣り取りは侯爵家と直接行うようにとスカーレットは言った。あの時点でテレンス達と向き合う心が無くなってしまったのだ。砕かれ続け粉々になった心は吹き飛ばされ、元に戻れなくなるどころか消えてしまったのだ。どこかへ。
耳に入ってくるスカーレットの噂は心の病で療養中ということ。でも、その心は形を成すこともなく、残存が辛うじて残っているだけかもしれない。だとしたら、どうやって心は回復するのだろうか。どこへ行ったのかも分からない、砕かれた欠片は誰にも見つけようがない。
それに…残存の中に回復したいと思う心が残っているかも疑わしい。最悪の場合、スカーレットの状況は一歩も前に進んでいないことが想像出来てしまう。
テレンスはデズモンドが手紙を引き受けなかったこと心から感謝した。
もしも無理にでも渡すよう命令したらどうなっていたのだろうか。デズモンドは『酷』という表現を使ったが、文字が書かれただけの紙が凶器となり、深くスカーレットを傷付け息の根を止めるに等しい役割を果たしたかもしれないのだ。
その謝罪文だって『悪いことをした。謝罪する』、修飾語を削ぎ落せば、言いたいことはそれだけ。中身を読んでいないデズモンドが言った自己満足そのものだ。
思い返せば書いている時も、テレンスは自己満足に酔っていた。
声を掛ければ誰も彼もが喜ぶテレンスからの手紙を貰えば、スカーレットも嬉しいだろうと。そして、デズモンドが言ったスカーレットの拒絶を想像すらしていなかったテレンスはその先のストーリーまで思い描いていたのだ。
そう、テレンスの中では揺ぎ無いストーリーが出来上がっていた。
スカーレットがテレンスからの手紙に喜び、謝罪を受け入れるという。更には、文字だけではなく直接言葉を交わしたいと王都にまで出て来る。そのタイミングでテレンスはスカーレットとアルフレッドが言葉を交わす機会を設けることにも成功するという何とも都合の良いストーリーが。
これではテレンスだけがシナリオを書き、テレンスだけが演じ、テレンスだけが観客として喝采を贈る、テレンスによるテレンスの為だけの舞台だ。
他者が観たら面白味も何もない時間の無駄になるだけの。
テレンスが謝罪するには、スカーレットの気持ちを考えることから始めなくてはいけなかったのに。
それを現状から来る怖さに負け、都合の良い未来を思い描いてしまった。現実逃避の方法が夢物語だったのだ。
しかし、いつまでも逃避は出来ない。テレンスの抱く恐怖の原因の一つ、ジョイスは王都へ必ず戻ってくるのだから。
スカーレットの心もきっと同じ。
アルフレッドへの気持ちも、側近のテレンスとジョイスへの気持ちもビリビリに破かれ、昔の仲が良かった時の心ではなくなっているだろう。
否、違う。
貴族学院での行為は破くという生易しいものではなかった。テレンス達はスカーレットの心を粉々に砕いたのだ。再び内容を読むことが出来なくなるくらいに。それでもスカーレットは何度も砕かれた心をつなぎ合わせテレンス達へ向き合ってくれていた。しかし、あの日、アルフレッドにスカーレットの砕けた心は二度とつなぎ合わせられないよう吹き飛ばされたのだ。
最後に聞いたスカーレットの言葉が蘇る。今後の遣り取りは侯爵家と直接行うようにとスカーレットは言った。あの時点でテレンス達と向き合う心が無くなってしまったのだ。砕かれ続け粉々になった心は吹き飛ばされ、元に戻れなくなるどころか消えてしまったのだ。どこかへ。
耳に入ってくるスカーレットの噂は心の病で療養中ということ。でも、その心は形を成すこともなく、残存が辛うじて残っているだけかもしれない。だとしたら、どうやって心は回復するのだろうか。どこへ行ったのかも分からない、砕かれた欠片は誰にも見つけようがない。
それに…残存の中に回復したいと思う心が残っているかも疑わしい。最悪の場合、スカーレットの状況は一歩も前に進んでいないことが想像出来てしまう。
テレンスはデズモンドが手紙を引き受けなかったこと心から感謝した。
もしも無理にでも渡すよう命令したらどうなっていたのだろうか。デズモンドは『酷』という表現を使ったが、文字が書かれただけの紙が凶器となり、深くスカーレットを傷付け息の根を止めるに等しい役割を果たしたかもしれないのだ。
その謝罪文だって『悪いことをした。謝罪する』、修飾語を削ぎ落せば、言いたいことはそれだけ。中身を読んでいないデズモンドが言った自己満足そのものだ。
思い返せば書いている時も、テレンスは自己満足に酔っていた。
声を掛ければ誰も彼もが喜ぶテレンスからの手紙を貰えば、スカーレットも嬉しいだろうと。そして、デズモンドが言ったスカーレットの拒絶を想像すらしていなかったテレンスはその先のストーリーまで思い描いていたのだ。
そう、テレンスの中では揺ぎ無いストーリーが出来上がっていた。
スカーレットがテレンスからの手紙に喜び、謝罪を受け入れるという。更には、文字だけではなく直接言葉を交わしたいと王都にまで出て来る。そのタイミングでテレンスはスカーレットとアルフレッドが言葉を交わす機会を設けることにも成功するという何とも都合の良いストーリーが。
これではテレンスだけがシナリオを書き、テレンスだけが演じ、テレンスだけが観客として喝采を贈る、テレンスによるテレンスの為だけの舞台だ。
他者が観たら面白味も何もない時間の無駄になるだけの。
テレンスが謝罪するには、スカーレットの気持ちを考えることから始めなくてはいけなかったのに。
それを現状から来る怖さに負け、都合の良い未来を思い描いてしまった。現実逃避の方法が夢物語だったのだ。
しかし、いつまでも逃避は出来ない。テレンスの抱く恐怖の原因の一つ、ジョイスは王都へ必ず戻ってくるのだから。
27
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。
「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」
ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。
本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる