65 / 656
王都キャリントン侯爵家2
しおりを挟む
「マーカム子爵、お久し振りです」
「テレンス様もお変わりないようで」
「そう見えていますか?」
「いいえ、残念ながら」
テレンスが疲れているのは一目瞭然。しかし、話を早々に切り上げるなら定型文で返すのが一番賢い。キャリントン侯爵への挨拶が終わったデズモンドは、必要以上に留まることを避けようとテレンスの状態を見て見ぬ振りで言っただけだった。
けれど、問われてしまえば見えている以上、嘘をつき通すことは難しい。テレンスの顔にはそれ程疲れが見て取れた。
「父から聞きました。子爵がファルコールへ行くと。申し訳ございません、わたしのせいで」
「いえ、テレンス様とわたしのファルコール行きは関係ありませんよ。わたしは仕事をしに行くだけです」
「でも、切っ掛けはわたしです。立ち話もなんです、サロンでお茶でもいかがですか。王宮へ向かうまで、今日はまだ少し時間があるので」
テレンスにそう言われてしまえば、デズモンドに否やはない。しかも、王宮へ向かう前の貴重な時間を割くと言われているのだ。デズモンドは得意の本心を隠す人当たりの良い顔で、『ありがとうございます』と答えたのだった。
様々な事情で忙しいテレンスが、デズモンドにファルコール行きを詫びる為だけに邸に滞在していたとは考えにくい。侯爵同様、マーカム子爵家など自分の手の内にあるとデズモンドを使い倒す為に呼び止めたと考えるのが筋だろう。
「子爵をサロンへ案内してくれ」
使用人にデズモンドの案内を命じると、テレンスは少しお時間を下さいと邸内へ消えていった。
待つこと数分、パーラーメイドがワゴンを押しながら入って来たのに続いてテレンスもやって来た。香り高いお茶が淹れられるとテレンスは壁に控える使用人達全員を退出させ、徐にデズモンドへ手紙を差し出した。
「今日、子爵がお見えになると父から聞いていたもので、時間が合えばこれを渡そうと思っていました」
「これは?」
「キャストール侯爵令嬢への手紙、いえ、詫び状です。ファルコールで彼女に会うことが出来たら、これを渡してもらえないでしょうか?」
渡された封筒の中身には仕事の依頼が書かれていると思いながら質問したデズモンドだったが、テレンスの答えは意外なものだった。しかも、命じるのではなく、封筒そのものが依頼内容だったとは。
テレンスがどこまで侯爵からデズモンドの仕事内容を聞いているのかは分からない。しかし、口振りからは深くは教えられていないことが窺える。
それもそうだろう。キャストール侯爵家が正面から王家を守る家ならば、キャリントン侯爵家は裏から手を回す家。水面下で動くのだから、正々堂々などという言葉とは無縁。仮令親子でも言えないことがある。
その一つが今回のデズモンドのファルコール行き。
テレンスには違うと言ったが、それが嘘であることは言わずもがな。キャリントン侯爵は息子の失態を償う為、腹心と呼ばれるデズモンドをまるで自分の身を切るかのようにファルコールへ送ることにしたと世間では見做されている。
国とキャストール侯爵家に労働で奉仕することで償うと。
けれどデズモンドが本当に命じられているのは、どんな手段を用いてもスカーレットを国に留めておくこと。間違っても隣国へ嫁がせてはならないと言われている。
キャリントン侯爵の読みは、キャストール侯爵がスカーレットを隣国へ嫁がせる為にファルコールへ送ったのではないかというもの。それはキャリントン侯爵でなくても、そう考えて然り。アルフレッドの婚約者だったスカーレットをこの国で妻に娶ることが出来る者はいないに等しいのだから。しかし、隣国ならば可能だ。それも、王族や公爵家で。
国が恐れているのは、そうなるとスカーレットが嫁すタイミングでファルコールが化粧領として持っていかれること。
本来ならば、国はファルコールを化粧領として認めないが、隣国の王家の血筋すら汲むスカーレットがアルフレッドから婚約破棄されたのだ、外堀を埋められてしまっては国も頷くしかない。
テレンスはデズモンドがスカーレットに会う機会があったらと前置きしたが、デズモンドは是が非でも任務の為にスカーレットに接触しなければならない。何故なら『どんな手段』の手段はキャリントン侯爵によって決められているからだった。
「テレンス様もお変わりないようで」
「そう見えていますか?」
「いいえ、残念ながら」
テレンスが疲れているのは一目瞭然。しかし、話を早々に切り上げるなら定型文で返すのが一番賢い。キャリントン侯爵への挨拶が終わったデズモンドは、必要以上に留まることを避けようとテレンスの状態を見て見ぬ振りで言っただけだった。
けれど、問われてしまえば見えている以上、嘘をつき通すことは難しい。テレンスの顔にはそれ程疲れが見て取れた。
「父から聞きました。子爵がファルコールへ行くと。申し訳ございません、わたしのせいで」
「いえ、テレンス様とわたしのファルコール行きは関係ありませんよ。わたしは仕事をしに行くだけです」
「でも、切っ掛けはわたしです。立ち話もなんです、サロンでお茶でもいかがですか。王宮へ向かうまで、今日はまだ少し時間があるので」
テレンスにそう言われてしまえば、デズモンドに否やはない。しかも、王宮へ向かう前の貴重な時間を割くと言われているのだ。デズモンドは得意の本心を隠す人当たりの良い顔で、『ありがとうございます』と答えたのだった。
様々な事情で忙しいテレンスが、デズモンドにファルコール行きを詫びる為だけに邸に滞在していたとは考えにくい。侯爵同様、マーカム子爵家など自分の手の内にあるとデズモンドを使い倒す為に呼び止めたと考えるのが筋だろう。
「子爵をサロンへ案内してくれ」
使用人にデズモンドの案内を命じると、テレンスは少しお時間を下さいと邸内へ消えていった。
待つこと数分、パーラーメイドがワゴンを押しながら入って来たのに続いてテレンスもやって来た。香り高いお茶が淹れられるとテレンスは壁に控える使用人達全員を退出させ、徐にデズモンドへ手紙を差し出した。
「今日、子爵がお見えになると父から聞いていたもので、時間が合えばこれを渡そうと思っていました」
「これは?」
「キャストール侯爵令嬢への手紙、いえ、詫び状です。ファルコールで彼女に会うことが出来たら、これを渡してもらえないでしょうか?」
渡された封筒の中身には仕事の依頼が書かれていると思いながら質問したデズモンドだったが、テレンスの答えは意外なものだった。しかも、命じるのではなく、封筒そのものが依頼内容だったとは。
テレンスがどこまで侯爵からデズモンドの仕事内容を聞いているのかは分からない。しかし、口振りからは深くは教えられていないことが窺える。
それもそうだろう。キャストール侯爵家が正面から王家を守る家ならば、キャリントン侯爵家は裏から手を回す家。水面下で動くのだから、正々堂々などという言葉とは無縁。仮令親子でも言えないことがある。
その一つが今回のデズモンドのファルコール行き。
テレンスには違うと言ったが、それが嘘であることは言わずもがな。キャリントン侯爵は息子の失態を償う為、腹心と呼ばれるデズモンドをまるで自分の身を切るかのようにファルコールへ送ることにしたと世間では見做されている。
国とキャストール侯爵家に労働で奉仕することで償うと。
けれどデズモンドが本当に命じられているのは、どんな手段を用いてもスカーレットを国に留めておくこと。間違っても隣国へ嫁がせてはならないと言われている。
キャリントン侯爵の読みは、キャストール侯爵がスカーレットを隣国へ嫁がせる為にファルコールへ送ったのではないかというもの。それはキャリントン侯爵でなくても、そう考えて然り。アルフレッドの婚約者だったスカーレットをこの国で妻に娶ることが出来る者はいないに等しいのだから。しかし、隣国ならば可能だ。それも、王族や公爵家で。
国が恐れているのは、そうなるとスカーレットが嫁すタイミングでファルコールが化粧領として持っていかれること。
本来ならば、国はファルコールを化粧領として認めないが、隣国の王家の血筋すら汲むスカーレットがアルフレッドから婚約破棄されたのだ、外堀を埋められてしまっては国も頷くしかない。
テレンスはデズモンドがスカーレットに会う機会があったらと前置きしたが、デズモンドは是が非でも任務の為にスカーレットに接触しなければならない。何故なら『どんな手段』の手段はキャリントン侯爵によって決められているからだった。
29
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

【完結】公女さまが殿下に婚約破棄された
杜野秋人
恋愛
突然始まった卒業記念パーティーでの婚約破棄と断罪劇。
責めるのはおつむが足りないと評判の王太子、責められるのはその婚約者で筆頭公爵家の公女さま。どっちも卒業生で、俺のひとつ歳上だ。
なんでも、下級生の男爵家令嬢に公女さまがずっと嫌がらせしてたんだと。
ホントかね?
公女さまは否定していたけれど、証拠や証言を積み上げられて公爵家の責任まで問われかねない事態になって、とうとう涙声で罪を認めて謝罪するところまで追い込まれた。
だというのに王太子殿下は許そうとせず、あろうことか独断で国外追放まで言い渡した。
ちょっとこれはやりすぎじゃねえかなあ。公爵家が黙ってるとも思えんし、将来の王太子妃として知性も教養も礼儀作法も完璧で、いつでも凛々しく一流の淑女だった公女さまを国外追放するとか、国家の損失だろこれ。
だけど陛下ご夫妻は外遊中で、バカ王太子を止められる者などこの場にはいない。
しょうがねえな、と俺は一緒に学園に通ってる幼馴染の使用人に指示をひとつ出した。
うまく行けば、公爵家に恩を売れるかも。その時はそんな程度しか考えていなかった。
それがまさか、とんでもない展開になるなんて⸺!?
◆衝動的に一晩で書き上げたありきたりのテンプレ婚約破棄です。例によって設定は何も作ってない(一部流用した)ので固有名詞はほぼ出てきません。どこの国かもきちんと決めてないです(爆)。
ただ視点がちょっとひと捻りしてあります。
◆全5話、およそ8500字程度でサラッと読めます。お気軽にどうぞ。
9/17、別視点の話を書いちゃったんで追加投稿します。全4話、約12000字………って元の話より長いやんけ!(爆)
◆感想欄は常に開放しています。ご意見ご感想ツッコミやダメ出しなど、何でもお待ちしています。ぶっちゃけ感想もらえるだけでも嬉しいので。
◆この物語も例によって小説家になろうでも公開しています。あちらも同じく全5話+4話。
悪役令嬢の大きな勘違い
神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。
もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし
封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。
お気に入り、感想お願いします!

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?
naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。
私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。
しかし、イレギュラーが起きた。
何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

攻略対象の王子様は放置されました
白生荼汰
恋愛
……前回と違う。
お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。
今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。
小説家になろうにも投稿してます。

未来予知できる王太子妃は断罪返しを開始します
もるだ
恋愛
未来で起こる出来事が分かるクラーラは、王宮で開催されるパーティーの会場で大好きな婚約者──ルーカス王太子殿下から謀反を企てたと断罪される。王太子妃を狙うマリアに嵌められたと予知したクラーラは、断罪返しを開始する!

婚約破棄で見限られたもの
志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。
すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥
よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる