上 下
64 / 586

王都キャリントン侯爵家1

しおりを挟む

色々な名前が出てきてしまっているので
*キャリントン侯爵家-アルフレッド王子の側近の一人、テレンスの家です。

--------------------------------------------------------------------------------




「では、出立は一週間後だな」
「はい。今までありがとうございました、閣下」
「デズモンド、その挨拶は違うだろ。わたしは、これからもおまえに期待しているのだから」
「勿体なきお言葉、これからも励まさせていただきます」
「国境管理業務もさることながら、キャストールの小娘の動きも監視するように。本当に外へも出られない状況か早めに確かめろ」
「畏まりました」

これでキャリントン侯爵邸には当分来る必要がなくなる。それがデズモンドの正直な気持ちだった。本当はあの挨拶だって、正直な気持ちを表したのだったが…。




デズモンドはその優秀さからキャリントン侯爵に引き立てられ、次男にも拘わらず子爵位を継いだと言われている。誰が言ったのか、デズモンドは知らないが。
知っているのは、そんな噂は力あるキャリントン侯爵家にかかれば、いとも容易く作られてしまうということだ。
そして、デズモンドはその噂が本当になるよう生きてきた、そうしなければキャリントン侯爵家の分家筋であるマーカム子爵家など消えてしまう。

治める領地もなければ、商売を営んでいるわけでもないマーカム子爵家の収入源はキャリントン侯爵家から任される領地管理などの仕事。力関係上、今後の発展の為には優秀な次男を次期当主にとキャリントン侯爵に強く推薦されてしまえば子爵は頷かないわけにはいかない。それが作られた噂が蔓延した後の世間の見方だった。

しかし本当は違う。デズモンドは兄のルパートが努力家で優秀だと良く知っている。ただ困ったことに仕出かしてしまったのだ、恋を。マーカム子爵家の使用人の娘と恋をし、愛を育んでしまったのだ。そしてルパートの誠実さが裏目に出た。相手の娘に金を握らせるでもなく、妾にするでもなく、妻にしようとしてしまったのだった。キャリントン侯爵から勧められていた男爵家の娘を蹴って。
それが兄より劣るデズモンドが子爵位を継いだ本当の理由。父が早めに現役を退き、兄を家から追放しなければならなくなった出来事だった。

その後ルパートはキャリントン侯爵領の開墾地域で日に焼けながら農業指導に当たっている。子爵家とはいえ、貴族として生まれたルパートがお腹の大きな妻を抱え平民として暮らすことは難しい。しかもキャリントン侯爵に睨まれて。
だから労働環境の厳しいところで、労働対価の多くを搾取されようともルパートは受け入れている。そうすることで、マーカム子爵家と自分の家族を守っているのだ。これ以上はキャリトン侯爵の意に背くことは致しませんという姿を見せることで。

しかし、ルパートに今の状況が不幸か尋ねれば答えはノーだろう。あれから結婚した妻との間には既に三人の子供がいる。時折ルパートを訪ねるデズモンドの目には、妻と子供達に囲まれ楽しそうに過ごしているように見える。

その一方、予定外にも爵位を継いでしまったデズモンドが幸せかと尋ねられればこちらも答えはノー。
優秀なルパートを見て育ってきたデズモンドは、跡取りではない次男で良かったと思っていたくらいだ。周囲の期待に応える為の、努力などする必要がないのだから。

母すらそのお気楽そうな考えのデズモンドに『折角綺麗に産んであげたのだから、あなたは貴族と繋がりを持ちたがっている商家のお嬢さんに見初めてもらいなさい』と言う始末。
周囲の友人も『デズモンドなら何もしなくていいから、綺麗な顔の子供を作ることだけに専念する婿になってと言われそうだな』などと冗談交じりに話していた。

母や友人の言葉のように上手い話に乗れるかは分からない。けれど、お気楽なデズモンドは都合良く婿になれなくても、キャリントン侯爵領のどこかで仕事を与えてもらえれば何とか生きていけると考えていた。

だというのに、今のデズモンドはしたくもない努力、作りたくもない表情、やりたくないことだらけの上で、継ぎたくなかった子爵となってしまった。幸せであるはずがない。
ただ、キャリントン侯爵に気に入られ子爵位を継いだデズモンドという状況は女性に受けがよかった。そこはデズモンドも利用して楽しませてもらいはしたが、それもまた大事な仕事。デズモンドは浮名を流しながら、情報収集をしていたのだった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...