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薫は早速ジョイスの足元を見させてもらった。公爵家でジョイスの従者を務めるハーヴァンはスカーレットの記憶にしっかりあった。何故なら子爵家の次男だからだ。本当にスカーレットの記憶にある貴族年鑑は素晴らしい。貴族家そのものの情報に加え、繋がりのある家、対抗する家等が図式でも解説されている。

「ハーヴァンだけでも、温かい部屋に泊めて欲しい。紹介がないのだから、そこは宿泊料を倍、否、三倍支払おう」
前レヴァリアルド伯爵夫妻は一週間で約100万。あの時は今とでは人数は違うが、ジョイスの言葉に甘えて吹っ掛けてみようと薫は思った。

「二泊三日で1ベリクルですが?」 *1ベリクル=1,000,000ラクリ≒1,000,000円
「分かった」
吹っ掛けたつもりの薫に、ジョイスはすぐさま了承し紙とペンを要求したのだった。

「今は手持ちがない。この公爵家の紋章が入ったブレスレットをここに預ける。そして、この手紙をキャストール侯爵家へ出して欲しい。必ず支払う旨記し、署名したものだ」
ブレスレット自体にも随分価値がありそうだが、ジョイスにとって重要なのは家門が入っているものを置いておくということなのだろう。しかし、薫にはそれ自体なんの意味もない。

欲しいのは、どうしてここにジョイスがいるのかという情報。

「いくら冷たい女でも、ハーヴァン様を放置するのは心が痛みますね。でも、いくらお支払いいただけるとはいえ、決まりは決まり。やはりキャストール侯爵様の紹介がない方をここにお泊めすることは…」
薫はジョイスに一瞬喜びを与え、その後難色を見せるという作戦を取った。そして、悲しそうに見える顔付きでハーヴァンへ視線を落とす。
この世界でも決まり事に対し目をつぶってもらう時に袖の下がある。時間がたっぷりある中で対応するならば、金というカードを切ったジョイスにも次の一手は出せたはず。しかし、建物の中に入ったにもかかわらず、ハーヴァンの顔色は冷えからか青白い。こうしてスカーレットと遣り取りをしている時間すらハーヴァンを苦しめるということだ。

だからジョイスは言わなければならない、一番言いたくないことを。

「金も払う、加えてあなたの望む要求を飲む。だから、ハーヴァンに部屋を与えて欲しい」
「その言葉をわたしはどうやって信じればいいのですか?国によって定められた約束さえ破られたわたしが」
ここにきて口先男と関係を持ち続けていたことが役に立ったと薫は思った。スカーレットとしてこの世界で生きている薫が、周囲にこれだけ良い男がいるのに恋愛へ気が向かないのもそのせいだ。あの男が口先だけで、都合の良いように薫を使いつづけたから…。だから男性を信用出来ないし、そんな状況に再び陥ることが怖いのだ。

スカーレットは心の病によりファルコールで療養中。そして、薫も療養中なのかもしれない、この世界で男性不信という心の病を。
ジョイスへの言葉で、薫はそれを理解した。恋愛をしたくても、薫は好きや嫌いだけでは踏み切れない。根幹に信じても裏切られないという確かなモノが欲しいのだから。
でも、『信じる』同様『確かなモノ』にも色も形もない。どうしたら恋愛が出来るのか教えて欲しい、もしかしたら次のジョイスの言葉がその手掛かりになるだろうかと薫は思った。
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