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薫の判断にケビンとノーマンよりも、ナーサが更に渋い顔をした。スカーレットにずっと仕えてきたナーサだ、ジョイスが許せないのだろう。
けれど、薫にはジョイスの言動が気になった。公爵家という身分にもかかわらず、自分は縛られてもいいから従者を助けて欲しいと言ったのならば、その従者の様態は良くないということだ。馬と一緒に従者を置いて、ここに助けを求めることが憚られる程。ジョイスは少しでも温かい環境に従者を運びたいと考えたのだろう。しかも二人は国王からの特別国境通過許可証を携えていることを私兵が確認している。身分も理由も問われることなく隣国を行き来できる許可証を。天気予測が出来ないにしても、悪天候の中隣国へ行こうとしていたか、隣国から戻ってきたということだ。
何かあったか、何かの任務を遂行していたと考えるのが定石。その途中でジョイスが予定外の行動を取ったのは、薫の予想が正しいことを裏付けている。
「三人共、そんな怖い顔をしないで。重要なのは、怪我人の治療。それと引き換えにどうしてジョイス様がここにいるのか教えて貰いましょう。わたしは人の心を持たない冷たい女だから、怪我人を盾にして情報を引き出すことなんて何とも思わないわ」
「ですが、キャロルさん、このファルコールの館はキャストール侯爵の紹介がある方しか滞在が許されていません」
「公爵家をちらつかされたら、流石に断れないわ。でも、足元はしっかり見た上で宿泊してもらうわ。例えば、ここにはスカーレットはいないと認識してもらうとかね。居るのはキャロルだと。ふふ、大丈夫よ、わたしにはあなた達家族がいるのだから」
ナーサ達三人は、最後の一言とその笑みは狡いと思いながら頷くしかなかった。
程なくして私兵に案内されて談話室までやってきたのは、ジョイス・スティルトマン・リプセット公爵子息、その人で間違いなかった。従者は椅子に座らせるよりは、そこら辺に転がしておく方が本人にとっても楽なのではないかと思える状態に薫はさてどうしたものかと思案した。
「ようこそおいで下さいました、リプセット公爵子息様。ですが、申し訳ございません。当ホテルはキャストール侯爵様からのご紹介がないとお泊りいただくことが出来ません」
「スカーレット、頼む、わたしは良い、だが、ハーヴァンだけは宿泊させて欲しい」
「スカーレットは心の病で外を歩くことも出来ません。ここに居ない人間に頼み事をしても無駄ですよ」
「しかし、君はわたしが知るスカーレットではないか」
「リプセット公爵子息様が知るスカーレットとは人の心を持たない冷たい女という?わたしが知る、とある女性は冷たい女と呼ばれる名前を葬ったそうですわ。そうよね、ナーサ、あなたも聞いたことがあるでしょう?」
「はい、キャロルさん」
打ち合わせはしていないが、しっかり合わせてきてくれたナーサに薫は最高のグッジョブ!を贈りたかった。
スカーレットが冷たい女でないことなど、薫は良く知っている。しかし、子供の頃からスカーレットを知っていたジョイスが、いくらそういう世界だったとはいえあそこまで悪く言い続けたことが薫には許せなかった。スカーレットが亡き母に恥じぬようにと矜持を保ったように、ジョイスが国のこと、スカーレットの立場を理解し少しは考えてくれていたら。
「申し訳ない。正式に謝罪の機会を設けるのは当然だと思っている。爵位が上だからとあなたを窘めたわたしが言うのもなんだが、爵位など関係なくいつか公の場で頭を下げる機会を持たせて欲しい」
「要りませんわ。下げられても困りますもの」
スカーレットではない薫に謝罪されても困る、それが薫の本音。だから、ジョイスの言葉に薫は透かさず要らないと答えたのだった。しかも公の場で頭を下げられたら、謝罪を受け入れなくてはならない雰囲気になってしまう。それはちょっとご免したいというのが本音でもあった。
「その前に、その方、ハーヴァン様と言ったかしら、どうします?」
「助けてもらえないだろうか…」
「どうしてわたしがその方を助けなければならないの?助けるにしても、どうやって?」
けれど、薫にはジョイスの言動が気になった。公爵家という身分にもかかわらず、自分は縛られてもいいから従者を助けて欲しいと言ったのならば、その従者の様態は良くないということだ。馬と一緒に従者を置いて、ここに助けを求めることが憚られる程。ジョイスは少しでも温かい環境に従者を運びたいと考えたのだろう。しかも二人は国王からの特別国境通過許可証を携えていることを私兵が確認している。身分も理由も問われることなく隣国を行き来できる許可証を。天気予測が出来ないにしても、悪天候の中隣国へ行こうとしていたか、隣国から戻ってきたということだ。
何かあったか、何かの任務を遂行していたと考えるのが定石。その途中でジョイスが予定外の行動を取ったのは、薫の予想が正しいことを裏付けている。
「三人共、そんな怖い顔をしないで。重要なのは、怪我人の治療。それと引き換えにどうしてジョイス様がここにいるのか教えて貰いましょう。わたしは人の心を持たない冷たい女だから、怪我人を盾にして情報を引き出すことなんて何とも思わないわ」
「ですが、キャロルさん、このファルコールの館はキャストール侯爵の紹介がある方しか滞在が許されていません」
「公爵家をちらつかされたら、流石に断れないわ。でも、足元はしっかり見た上で宿泊してもらうわ。例えば、ここにはスカーレットはいないと認識してもらうとかね。居るのはキャロルだと。ふふ、大丈夫よ、わたしにはあなた達家族がいるのだから」
ナーサ達三人は、最後の一言とその笑みは狡いと思いながら頷くしかなかった。
程なくして私兵に案内されて談話室までやってきたのは、ジョイス・スティルトマン・リプセット公爵子息、その人で間違いなかった。従者は椅子に座らせるよりは、そこら辺に転がしておく方が本人にとっても楽なのではないかと思える状態に薫はさてどうしたものかと思案した。
「ようこそおいで下さいました、リプセット公爵子息様。ですが、申し訳ございません。当ホテルはキャストール侯爵様からのご紹介がないとお泊りいただくことが出来ません」
「スカーレット、頼む、わたしは良い、だが、ハーヴァンだけは宿泊させて欲しい」
「スカーレットは心の病で外を歩くことも出来ません。ここに居ない人間に頼み事をしても無駄ですよ」
「しかし、君はわたしが知るスカーレットではないか」
「リプセット公爵子息様が知るスカーレットとは人の心を持たない冷たい女という?わたしが知る、とある女性は冷たい女と呼ばれる名前を葬ったそうですわ。そうよね、ナーサ、あなたも聞いたことがあるでしょう?」
「はい、キャロルさん」
打ち合わせはしていないが、しっかり合わせてきてくれたナーサに薫は最高のグッジョブ!を贈りたかった。
スカーレットが冷たい女でないことなど、薫は良く知っている。しかし、子供の頃からスカーレットを知っていたジョイスが、いくらそういう世界だったとはいえあそこまで悪く言い続けたことが薫には許せなかった。スカーレットが亡き母に恥じぬようにと矜持を保ったように、ジョイスが国のこと、スカーレットの立場を理解し少しは考えてくれていたら。
「申し訳ない。正式に謝罪の機会を設けるのは当然だと思っている。爵位が上だからとあなたを窘めたわたしが言うのもなんだが、爵位など関係なくいつか公の場で頭を下げる機会を持たせて欲しい」
「要りませんわ。下げられても困りますもの」
スカーレットではない薫に謝罪されても困る、それが薫の本音。だから、ジョイスの言葉に薫は透かさず要らないと答えたのだった。しかも公の場で頭を下げられたら、謝罪を受け入れなくてはならない雰囲気になってしまう。それはちょっとご免したいというのが本音でもあった。
「その前に、その方、ハーヴァン様と言ったかしら、どうします?」
「助けてもらえないだろうか…」
「どうしてわたしがその方を助けなければならないの?助けるにしても、どうやって?」
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