52 / 656
37 招かざる客の正体
しおりを挟む
薫が初めてファルコールで体験した暴風雨は、そろそろ寝る準備という段になった頃小雨になりだした。
許されるならば、明日は雨上がりなのでキノコ狩りに行きたい。けれど、ケビンのあの話し方ではとても外に出してもらえないだろうと薫は残念に思っていた。
そんなことをぼんやり考えている時だった、ナーサが扉をノックしたのは。
「キャロルさん、実は…、詰め所の私兵の方がいらしています。彼等には判断のつかないことが発生したようで」
こんな時間に雨の中、わざわざ私兵がやって来たのだ、理由があるのは間違いない。それも翌日に持ち越せない理由が。
「分かったわ、直ぐに話を聞きに行きましょう」
ナーサと共に一階の談話室へ向かうと、既に二人の私兵とケビン達は何かを話し終わったようだった。四人の表情から、話した内容は良いことではなさそうだ。
豪雨でどこからか吹き出した水の流れに砂金が入っていたので、明るくなり騒ぎが起きる前に何とかして欲しいという嬉しい話ではないだろう。あって欲しくないことが発生しているとその表情は物語っている。
「わたしでないと判断できないことが起きているという理解で正しい?」
「はい。それもキャロルさんではなく、相手はスカーレット様の判断を求めています」
「相手、そしてスカーレットとしての?どういうことか順を追って教えて」
やって来た二人は、何が起きたのか要点を分かり易く話してくれた。仕事柄重要なことに順序を付け手短に話すことが上手いのはこういう時に本当に助かる。
詰め所にやって来たのはリプセット公爵家の人間と名乗る者とその従者。私兵が既に男性が見せた紋章の図柄がリプセット公爵家のものなのは確認済みとのことだった。
当初の予定でいけば、二人はファルコールを通過するだけだった。しかし、荒れた天気で馬が足を取られ従者が怪我をしたという。それも、体調不良だった従者に手綱を握り続ける力がなく引き起こされたことだった。
やむを得ずファルコールで滞在することにした二人だが、折からの悪天候でどこにも空き部屋がない。困っていたところに、少し離れたところにホテルがあると聞き私兵の詰め所までやってきたそうだ。ホテルと勘違いして。
しかしそれは無理もない。暗がりの中を進んで来たのだから、最初に辿り着いた詰め所をホテルだと思ってしまったのだろう。
「その方はご自身を紛れもなくリプセット公爵家の人間だと主張し、疑わしければここに一晩縛り付けてもらってもいいとおっしゃっています。その代わり、怪我をしている従者を助けて欲しいと」
「何故、一晩縛り付ければリプセット公爵家の人間かどうか判明すると言っているのかしら?」
「…はい、スカーレット様と面識があるそうです」
リプセット公爵家の人間ならば確かにスカーレットと面識がある。しかし、そこまで付き合いのある家ではないのでキャストール侯爵がスカーレットの所在地を告げたとは考えにくい。
とすると導かれる答えは一つ。スカーレットの所在地を確認などするのは王家くらいだ。その線でいけば、リプセット公爵家でスカーレットがファルコールに居ると逸早く知れる人物が一人いる。
「一晩縛る必要はありません。その方はジョイス・スティルトマン・リプセット公爵子息でしょう。そうですね、わたしが、対応します。但し、キャロルとして。それで、従者の怪我は?」
「怪我よりは、衰弱が問題かと。詰め所に来た時には、キャロルさんが言うジョイス様とやらが抱えて連れてきましたから。途中から馬が歩かなくなったので、木に括り付け従者をここまで連れて来たそうです」
ファルコールの町は山間部に位置するので、標高が高め。領民が暮らすエリアは整備され平らなところが多いが、ここに来るまでにはそれなりに坂がある。それは万が一の際を想定してのこと。更にはこのファルコールの館を遠近法により上手く私兵の詰め所で見えにくくしているのだ。流石キャストール侯爵と言わざるを得ない建物の配置だが、故に馬を置いてきたジョイスは従者を抱え坂道を登らなくてはならなかっただろう。自分の衣服も雨を含み冷たく重くなるなか、従者を抱えての坂道は堪えたはずだ。
「状況は理解出来たわ。雨の中、あなた達には本当に申し訳ないのだけれど、直ぐに二人をここまで運んできて」
許されるならば、明日は雨上がりなのでキノコ狩りに行きたい。けれど、ケビンのあの話し方ではとても外に出してもらえないだろうと薫は残念に思っていた。
そんなことをぼんやり考えている時だった、ナーサが扉をノックしたのは。
「キャロルさん、実は…、詰め所の私兵の方がいらしています。彼等には判断のつかないことが発生したようで」
こんな時間に雨の中、わざわざ私兵がやって来たのだ、理由があるのは間違いない。それも翌日に持ち越せない理由が。
「分かったわ、直ぐに話を聞きに行きましょう」
ナーサと共に一階の談話室へ向かうと、既に二人の私兵とケビン達は何かを話し終わったようだった。四人の表情から、話した内容は良いことではなさそうだ。
豪雨でどこからか吹き出した水の流れに砂金が入っていたので、明るくなり騒ぎが起きる前に何とかして欲しいという嬉しい話ではないだろう。あって欲しくないことが発生しているとその表情は物語っている。
「わたしでないと判断できないことが起きているという理解で正しい?」
「はい。それもキャロルさんではなく、相手はスカーレット様の判断を求めています」
「相手、そしてスカーレットとしての?どういうことか順を追って教えて」
やって来た二人は、何が起きたのか要点を分かり易く話してくれた。仕事柄重要なことに順序を付け手短に話すことが上手いのはこういう時に本当に助かる。
詰め所にやって来たのはリプセット公爵家の人間と名乗る者とその従者。私兵が既に男性が見せた紋章の図柄がリプセット公爵家のものなのは確認済みとのことだった。
当初の予定でいけば、二人はファルコールを通過するだけだった。しかし、荒れた天気で馬が足を取られ従者が怪我をしたという。それも、体調不良だった従者に手綱を握り続ける力がなく引き起こされたことだった。
やむを得ずファルコールで滞在することにした二人だが、折からの悪天候でどこにも空き部屋がない。困っていたところに、少し離れたところにホテルがあると聞き私兵の詰め所までやってきたそうだ。ホテルと勘違いして。
しかしそれは無理もない。暗がりの中を進んで来たのだから、最初に辿り着いた詰め所をホテルだと思ってしまったのだろう。
「その方はご自身を紛れもなくリプセット公爵家の人間だと主張し、疑わしければここに一晩縛り付けてもらってもいいとおっしゃっています。その代わり、怪我をしている従者を助けて欲しいと」
「何故、一晩縛り付ければリプセット公爵家の人間かどうか判明すると言っているのかしら?」
「…はい、スカーレット様と面識があるそうです」
リプセット公爵家の人間ならば確かにスカーレットと面識がある。しかし、そこまで付き合いのある家ではないのでキャストール侯爵がスカーレットの所在地を告げたとは考えにくい。
とすると導かれる答えは一つ。スカーレットの所在地を確認などするのは王家くらいだ。その線でいけば、リプセット公爵家でスカーレットがファルコールに居ると逸早く知れる人物が一人いる。
「一晩縛る必要はありません。その方はジョイス・スティルトマン・リプセット公爵子息でしょう。そうですね、わたしが、対応します。但し、キャロルとして。それで、従者の怪我は?」
「怪我よりは、衰弱が問題かと。詰め所に来た時には、キャロルさんが言うジョイス様とやらが抱えて連れてきましたから。途中から馬が歩かなくなったので、木に括り付け従者をここまで連れて来たそうです」
ファルコールの町は山間部に位置するので、標高が高め。領民が暮らすエリアは整備され平らなところが多いが、ここに来るまでにはそれなりに坂がある。それは万が一の際を想定してのこと。更にはこのファルコールの館を遠近法により上手く私兵の詰め所で見えにくくしているのだ。流石キャストール侯爵と言わざるを得ない建物の配置だが、故に馬を置いてきたジョイスは従者を抱え坂道を登らなくてはならなかっただろう。自分の衣服も雨を含み冷たく重くなるなか、従者を抱えての坂道は堪えたはずだ。
「状況は理解出来たわ。雨の中、あなた達には本当に申し訳ないのだけれど、直ぐに二人をここまで運んできて」
44
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

【完結】公女さまが殿下に婚約破棄された
杜野秋人
恋愛
突然始まった卒業記念パーティーでの婚約破棄と断罪劇。
責めるのはおつむが足りないと評判の王太子、責められるのはその婚約者で筆頭公爵家の公女さま。どっちも卒業生で、俺のひとつ歳上だ。
なんでも、下級生の男爵家令嬢に公女さまがずっと嫌がらせしてたんだと。
ホントかね?
公女さまは否定していたけれど、証拠や証言を積み上げられて公爵家の責任まで問われかねない事態になって、とうとう涙声で罪を認めて謝罪するところまで追い込まれた。
だというのに王太子殿下は許そうとせず、あろうことか独断で国外追放まで言い渡した。
ちょっとこれはやりすぎじゃねえかなあ。公爵家が黙ってるとも思えんし、将来の王太子妃として知性も教養も礼儀作法も完璧で、いつでも凛々しく一流の淑女だった公女さまを国外追放するとか、国家の損失だろこれ。
だけど陛下ご夫妻は外遊中で、バカ王太子を止められる者などこの場にはいない。
しょうがねえな、と俺は一緒に学園に通ってる幼馴染の使用人に指示をひとつ出した。
うまく行けば、公爵家に恩を売れるかも。その時はそんな程度しか考えていなかった。
それがまさか、とんでもない展開になるなんて⸺!?
◆衝動的に一晩で書き上げたありきたりのテンプレ婚約破棄です。例によって設定は何も作ってない(一部流用した)ので固有名詞はほぼ出てきません。どこの国かもきちんと決めてないです(爆)。
ただ視点がちょっとひと捻りしてあります。
◆全5話、およそ8500字程度でサラッと読めます。お気軽にどうぞ。
9/17、別視点の話を書いちゃったんで追加投稿します。全4話、約12000字………って元の話より長いやんけ!(爆)
◆感想欄は常に開放しています。ご意見ご感想ツッコミやダメ出しなど、何でもお待ちしています。ぶっちゃけ感想もらえるだけでも嬉しいので。
◆この物語も例によって小説家になろうでも公開しています。あちらも同じく全5話+4話。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

婚約破棄で見限られたもの
志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。
すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥
よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?
naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。
私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。
しかし、イレギュラーが起きた。
何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

幼なじみで私の友達だと主張してお茶会やパーティーに紛れ込む令嬢に困っていたら、他にも私を利用する気満々な方々がいたようです
珠宮さくら
恋愛
アンリエット・ノアイユは、母親同士が仲良くしていたからという理由で、初めて会った時に友達であり、幼なじみだと言い張るようになったただの顔なじみの侯爵令嬢に困り果てていた。
だが、そんな令嬢だけでなく、アンリエットの周りには厄介な人が他にもいたようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる