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王宮では5
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午後の議題は、隣国の王家と公爵家連名の書簡への回答に関するものだった。それが何故外交ではなく、国防会議の議題なのか。
考えれば簡単なことだ。スカーレットの母方の血筋を一代辿るだけでいい。
「キャスト―ル侯爵令嬢の御母堂の生家は公爵家です。しかも王家と繋がりがある。このような書簡が送られるのは当然のことでしょう」
スカーレットは本当に己の家の力を全く振りかざしていなかった。どうしてこんな重要なことをアルフレッドは思い出さなかったのだろう。確かに小さい時にスカーレットから聞いていた、『お母様は違う国からお嫁に来たの』と。
あの優しい思い出の中でスカーレットは教えてくれた。まだ婚約者になる前、自由に隣国へ渡れた頃に見た風景を。隣国でしか食べたことがなかったお菓子を。
『結婚した後に二人で隣国へ出かけて、こっそりそのお菓子を食べに行こう』アルフレッドは無邪気にもそんな約束をスカーレットにしたのだった。
「午前の会議での国境警備に関してですが、急にキャスト―ル侯爵家の私兵から国の兵に変わるのは隣国を刺激しないだろうか。今までキャスト―ル侯爵のお陰で良好な関係を築いていたというのに」
「しかし、書簡には既に我が国との関係を見直したいとあります」
「どの分野の何を見直したいか具体的な内容が書いていない以上、先ずはそれを確認しなくては。あちらは態とそのような表記でこちらの出方を窺っているのだろう」
「では、まずはこちらから特使を送らなくては。問題は手土産をどうするか、と言ったところでしょう。外交上の定期的な関係見直しである可能性は低いでしょうから、詫び状もしかるべき内容で作成の上」
手土産…、それこそこの国でしか食べられない菓子では済まされない。手持ちのカード、カードを切るタイミング、特使になる人物も重要になる。何よりも細心の注意を払わなくてはならないのは、詫び状の文言だ。
アルフレッドは理解した。父が会議の内容を全て書き残すように言った意味を。今後議題に上る内容は、全てが絡みあっているということだ。何か一つをクリアにしようとすると、何かに支障をきたすように。
切っ掛けはアルフレッドからスカーレットへの婚約破棄だった。愛を取った、それだけのことだった筈。ところが、婚約破棄という雲から落ちて行った雨粒はいくつもの波紋を作り広げていった。そして波紋と波紋は重なり合う。
空が晴れ渡り、雲が去っても波紋だけは消えずに残ってしまっているのだ。
午後の会議が終わり、執務室に戻ったアルフレッド達三人はまずは終わらせなくてはいけないその日の執務に無言で取り掛かった。
全ての議案の細部を見るまでは、三人共解決策など出せないと初日で理解した。解決策を考えるという試験に不合格をしたいなら別だが。
重い空気の中、側近の一人ジョイスが口を開いた。ジョイスはアルフレッドより一歳年上の公爵家三男。行く行くはアルフレッドの側近として身を立て、その立場から子爵位もしくは男爵位を賜れば十分だと考えていた。ここで不合格、即ち無能という烙印を押されれば公爵家にも居辛くなることは重々承知している。
だから、自分達がこれから必要になることを少しでも正確に把握しようとした。
「アル、ダニエルに手紙を送って欲しい、それも今夜中に。スカーレット嬢の正確な所在地を確認したいんだ。俺とテレンスでは即時性も正確性も怪しくなる。アルならば、ダニエルは質問事項に全て答えるだろう」
「分かった。それで、スカーレットの所在地を知った上でどうするんだ」
「今はまだ何も。ただ、彼女へのパフォーマンスが必要になった時、どこにいるのかも分からなければ何も出来ない。それにアルは兎も角、俺とテレンスは彼女へ謝らなければならないのは当然のことだろう」
貴族学院でジョイスはアルフレッド達より一学年上。家が公爵家ということもあり、ジョイスは在学中何度もスカーレットに傲慢な態度を改めるよう注意していた。今思い返すとその言葉にはいくつもの棘がある辛辣なものだった。しかし、スカーレットがどのような傲慢な態度を取ったのか実際に見たことはない。全てが誰かの言葉。しかもその言葉の信憑性は欠けていた。
傲慢な態度や言葉を掛けられたとされるシシリアとスカーレットが度々正面から対峙することなど不可能だったのだ。何を隠そう、そのシシリアと共にいたのがアルフレッドであり、ジョイスとテレンスだったのだから。シシリアの前に現れてもいないスカーレットから守る為に。
「キャスト―ル侯爵領でも王都寄りに居ると助かるのだが」
「あの侯爵がスカーレットを自分の手元から遠い場所へ送るとは考えにくいな」
「ああ、そうだな。でも、これは俺達の想像でしかない。確かな情報を得ないと。既に俺達はそれで失敗しているのだから」
ジョイスが自らの反省を込め口にした言葉は、アルフレッドとテレンスの心へも重いものを投じたのだった。
考えれば簡単なことだ。スカーレットの母方の血筋を一代辿るだけでいい。
「キャスト―ル侯爵令嬢の御母堂の生家は公爵家です。しかも王家と繋がりがある。このような書簡が送られるのは当然のことでしょう」
スカーレットは本当に己の家の力を全く振りかざしていなかった。どうしてこんな重要なことをアルフレッドは思い出さなかったのだろう。確かに小さい時にスカーレットから聞いていた、『お母様は違う国からお嫁に来たの』と。
あの優しい思い出の中でスカーレットは教えてくれた。まだ婚約者になる前、自由に隣国へ渡れた頃に見た風景を。隣国でしか食べたことがなかったお菓子を。
『結婚した後に二人で隣国へ出かけて、こっそりそのお菓子を食べに行こう』アルフレッドは無邪気にもそんな約束をスカーレットにしたのだった。
「午前の会議での国境警備に関してですが、急にキャスト―ル侯爵家の私兵から国の兵に変わるのは隣国を刺激しないだろうか。今までキャスト―ル侯爵のお陰で良好な関係を築いていたというのに」
「しかし、書簡には既に我が国との関係を見直したいとあります」
「どの分野の何を見直したいか具体的な内容が書いていない以上、先ずはそれを確認しなくては。あちらは態とそのような表記でこちらの出方を窺っているのだろう」
「では、まずはこちらから特使を送らなくては。問題は手土産をどうするか、と言ったところでしょう。外交上の定期的な関係見直しである可能性は低いでしょうから、詫び状もしかるべき内容で作成の上」
手土産…、それこそこの国でしか食べられない菓子では済まされない。手持ちのカード、カードを切るタイミング、特使になる人物も重要になる。何よりも細心の注意を払わなくてはならないのは、詫び状の文言だ。
アルフレッドは理解した。父が会議の内容を全て書き残すように言った意味を。今後議題に上る内容は、全てが絡みあっているということだ。何か一つをクリアにしようとすると、何かに支障をきたすように。
切っ掛けはアルフレッドからスカーレットへの婚約破棄だった。愛を取った、それだけのことだった筈。ところが、婚約破棄という雲から落ちて行った雨粒はいくつもの波紋を作り広げていった。そして波紋と波紋は重なり合う。
空が晴れ渡り、雲が去っても波紋だけは消えずに残ってしまっているのだ。
午後の会議が終わり、執務室に戻ったアルフレッド達三人はまずは終わらせなくてはいけないその日の執務に無言で取り掛かった。
全ての議案の細部を見るまでは、三人共解決策など出せないと初日で理解した。解決策を考えるという試験に不合格をしたいなら別だが。
重い空気の中、側近の一人ジョイスが口を開いた。ジョイスはアルフレッドより一歳年上の公爵家三男。行く行くはアルフレッドの側近として身を立て、その立場から子爵位もしくは男爵位を賜れば十分だと考えていた。ここで不合格、即ち無能という烙印を押されれば公爵家にも居辛くなることは重々承知している。
だから、自分達がこれから必要になることを少しでも正確に把握しようとした。
「アル、ダニエルに手紙を送って欲しい、それも今夜中に。スカーレット嬢の正確な所在地を確認したいんだ。俺とテレンスでは即時性も正確性も怪しくなる。アルならば、ダニエルは質問事項に全て答えるだろう」
「分かった。それで、スカーレットの所在地を知った上でどうするんだ」
「今はまだ何も。ただ、彼女へのパフォーマンスが必要になった時、どこにいるのかも分からなければ何も出来ない。それにアルは兎も角、俺とテレンスは彼女へ謝らなければならないのは当然のことだろう」
貴族学院でジョイスはアルフレッド達より一学年上。家が公爵家ということもあり、ジョイスは在学中何度もスカーレットに傲慢な態度を改めるよう注意していた。今思い返すとその言葉にはいくつもの棘がある辛辣なものだった。しかし、スカーレットがどのような傲慢な態度を取ったのか実際に見たことはない。全てが誰かの言葉。しかもその言葉の信憑性は欠けていた。
傲慢な態度や言葉を掛けられたとされるシシリアとスカーレットが度々正面から対峙することなど不可能だったのだ。何を隠そう、そのシシリアと共にいたのがアルフレッドであり、ジョイスとテレンスだったのだから。シシリアの前に現れてもいないスカーレットから守る為に。
「キャスト―ル侯爵領でも王都寄りに居ると助かるのだが」
「あの侯爵がスカーレットを自分の手元から遠い場所へ送るとは考えにくいな」
「ああ、そうだな。でも、これは俺達の想像でしかない。確かな情報を得ないと。既に俺達はそれで失敗しているのだから」
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