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出発の日は薄曇り。晴でも雨でもない中間というのがいい。まだどちらにも舵が切られていないかのよう。スカーレットの為に薫は努力すると決めたが、将来が約束されているのではない。行動に結果が付いてくるのだ。
「お父様、色々ご配慮ありがとうございます」
侯爵はスカーレットの旅立ちにあたって、様々な用意をしてくれた。中でも人の用意は素晴らしい。
侍女には本当は連れて行きたくなかった姉のようなナーサ。彼女は男爵家の三女で、行儀見習として侯爵家へ来たのはまだ十一才の時だった。
スカーレットより三才年上なのだから、このまま王都にいて嫁ぎ先を探さないと行き遅れてしまう。
だから断ったのに、その『断り』を断られてしまった。ファルコールでは薫自身の恋もしてみたいが、ナーサにもなんとかなるように仕向けなくては。まともな恋をしたことがない薫には、ナーサの分まで手を回すのは非常に大変なことだとしても。
でも、たまたまとはいえ、薫の選んだファルコールならば可能性はある筈だ。ファルコールは国境沿い。隣国との関係は良好だが、何があるかは分からない場所。だからキャストール侯爵家は王家からの依頼で多くの私兵を配置している。絶対的に雄々しい男性が多いところなのだ。もしかしたら、ナーサの好みに合う男性もいるかもしれない。
更に護衛も兼ねた従者として、侯爵は二人の腹心を与えてくれた。彼らは間諜であり、腕っ節も確かとのこと。そんな人材を薫につけていいのかと問えば、大切な娘だからこそ付けたと返されてしまった。
まあ、侯爵は立場上そういう組織を抱えているのだから、彼等以外にも優秀な人材はいくらでもいるのだろう。
職務内容が内容なだけに今まで表に出てくることのなかった彼等とは、出発の朝に初めて顔を合わせた。仕事柄なのか、人柄なのかは不明だが二人とも無口で表情がない。ファルコールまでに多少なりとも打ち解けたいところだ。
天候にもよるだろうがファルコールまでは六日間。きっと年齢くらいは判明する程度に話すようになるだろう。正確に言うならそうなって欲しい。
これが六日間、危険だらけの行程ならばそんな呑気なことは考えていられない。彼等の役割は護衛なのだから。しかし、ファルコールまでは日数は掛かるものの、危険は少ないのだ。気を抜いていいというわけではないが、日々の休憩や食事の時間は有効活用していきたい。
因みに六日間の行程は全てキャストール侯爵家が整備した街道を通るようになっている。整備といっても、道を作っただけではない。道を守る為に、所々に私兵の詰所を置き、そこを中心に小さな町を形成しているのだ。馬車の定期便はそれぞれの小さな町を結び人と物を運ぶ。また、町には宿泊所や食堂など人が集まる環境も出来ていった。
大きな商隊などは私兵を依頼し街道を進むので、沿道の町には通過の度にそれなりの額が落ちるという好循環も生まれている。
その為、街道が通る領はキャスト―ル侯爵家との関係を非常に重要視しているところばかり。しかし、スカーレットと同世代の子供を持っていた領主達は、貴族学院での我が子の仕出かしを後で知りあわを食っている。
前世でアラフォーだった薫としては、該当貴族家の子息子女が長い物には巻かれただけなのは良く分かる。貴族学院での最高権力者は王子だったのだ、閉ざされた箱庭の中で穏便に暮らせる選択は限られていた。
けれど、箱庭を出て広い世界を見渡せば気付いてしまう、悪手を打ってしまったと。選ぶ前に、当主に相談すべきだったのだ。そうすれば貴族学院での行動に対し、当主から事前にキャスト―ル侯爵家へ波風を立てない手段を取りたいだけと伝えただろうに。いくら学生だったとはいえ、貴族としての根回しを重要な局面で怠ってはいけなかった。
中には虎の威を借る狐となり、スカーレットへ大きく出た者もいたのかもしれないが。
該当する貴族家からは『お詫び』と子供への『再教育』が約束されたらしいが、それがどういうものなのか薫は敢えて侯爵へ尋ねなかった。
こちらに関しても、行動に結果が付いて来るだけなのだ。『お詫び』も『再教育』も間違えれば、自分達だけでなく領民をも苦しめる結果に繋がりかねない。
「それと、既にファルコール畜産研究所には早馬で手紙を送ったから、スカーレットが到着するまでには準備は整っているだろう」
「ご迷惑にならないでしょうか。わたくし達四人ならば小さな家を借りてもいいのではないかと」
「いや、我が侯爵家の館があり、そこに世話人もいるのだ。生活するにはその方が楽だろう」
ファルコール畜産研究所というのは山間の広い土地を活かして作られた施設だ。主に、バターやチーズの生産、肉質の良い家畜や毛質の良い羊毛などの研究をしている。薫がファルコールを選んだ理由の一つがこれだった。
そのファルコール畜産研究所には、キャスト―ル侯爵家の館がそのまま研究員達の宿舎として使われている。
侯爵が言った世話人とは、建物の日々の掃除やメンテナンス、更には研究員の食事を作ってくれる人達を指していた。
建物は現在、東翼の一部だけが研究員に使用されているとのこと。
研究員は十人いるのだが、妻子がいるものは館にはおらず近くに家を借りている。広い館はたった四人の独身者のみが使っているということだ。
ところが独身研究員という生き物は、研究所で寝泊まりする常習者でもあるので館の使用率は非常に悪いと侯爵は報告を受けていると言っていた。
なので、今後どれくらいファルコールに引き篭もるのか知らないが館は好きなように改築しても良い、伴う費用も気にするなと言われている。
薫としては、私兵に研究員の四人、ただし四人が全員男性かは分からないが、誰かがナーサにヒットしてくれれば、なんて思っているが…こればかりは気持ちが重要なのでなるようにしかならないだろう。
それに、護衛の二人も笑わないだけで、なかなか良い顔立ちをしていると思ったのだった。
「お父様、色々ご配慮ありがとうございます」
侯爵はスカーレットの旅立ちにあたって、様々な用意をしてくれた。中でも人の用意は素晴らしい。
侍女には本当は連れて行きたくなかった姉のようなナーサ。彼女は男爵家の三女で、行儀見習として侯爵家へ来たのはまだ十一才の時だった。
スカーレットより三才年上なのだから、このまま王都にいて嫁ぎ先を探さないと行き遅れてしまう。
だから断ったのに、その『断り』を断られてしまった。ファルコールでは薫自身の恋もしてみたいが、ナーサにもなんとかなるように仕向けなくては。まともな恋をしたことがない薫には、ナーサの分まで手を回すのは非常に大変なことだとしても。
でも、たまたまとはいえ、薫の選んだファルコールならば可能性はある筈だ。ファルコールは国境沿い。隣国との関係は良好だが、何があるかは分からない場所。だからキャストール侯爵家は王家からの依頼で多くの私兵を配置している。絶対的に雄々しい男性が多いところなのだ。もしかしたら、ナーサの好みに合う男性もいるかもしれない。
更に護衛も兼ねた従者として、侯爵は二人の腹心を与えてくれた。彼らは間諜であり、腕っ節も確かとのこと。そんな人材を薫につけていいのかと問えば、大切な娘だからこそ付けたと返されてしまった。
まあ、侯爵は立場上そういう組織を抱えているのだから、彼等以外にも優秀な人材はいくらでもいるのだろう。
職務内容が内容なだけに今まで表に出てくることのなかった彼等とは、出発の朝に初めて顔を合わせた。仕事柄なのか、人柄なのかは不明だが二人とも無口で表情がない。ファルコールまでに多少なりとも打ち解けたいところだ。
天候にもよるだろうがファルコールまでは六日間。きっと年齢くらいは判明する程度に話すようになるだろう。正確に言うならそうなって欲しい。
これが六日間、危険だらけの行程ならばそんな呑気なことは考えていられない。彼等の役割は護衛なのだから。しかし、ファルコールまでは日数は掛かるものの、危険は少ないのだ。気を抜いていいというわけではないが、日々の休憩や食事の時間は有効活用していきたい。
因みに六日間の行程は全てキャストール侯爵家が整備した街道を通るようになっている。整備といっても、道を作っただけではない。道を守る為に、所々に私兵の詰所を置き、そこを中心に小さな町を形成しているのだ。馬車の定期便はそれぞれの小さな町を結び人と物を運ぶ。また、町には宿泊所や食堂など人が集まる環境も出来ていった。
大きな商隊などは私兵を依頼し街道を進むので、沿道の町には通過の度にそれなりの額が落ちるという好循環も生まれている。
その為、街道が通る領はキャスト―ル侯爵家との関係を非常に重要視しているところばかり。しかし、スカーレットと同世代の子供を持っていた領主達は、貴族学院での我が子の仕出かしを後で知りあわを食っている。
前世でアラフォーだった薫としては、該当貴族家の子息子女が長い物には巻かれただけなのは良く分かる。貴族学院での最高権力者は王子だったのだ、閉ざされた箱庭の中で穏便に暮らせる選択は限られていた。
けれど、箱庭を出て広い世界を見渡せば気付いてしまう、悪手を打ってしまったと。選ぶ前に、当主に相談すべきだったのだ。そうすれば貴族学院での行動に対し、当主から事前にキャスト―ル侯爵家へ波風を立てない手段を取りたいだけと伝えただろうに。いくら学生だったとはいえ、貴族としての根回しを重要な局面で怠ってはいけなかった。
中には虎の威を借る狐となり、スカーレットへ大きく出た者もいたのかもしれないが。
該当する貴族家からは『お詫び』と子供への『再教育』が約束されたらしいが、それがどういうものなのか薫は敢えて侯爵へ尋ねなかった。
こちらに関しても、行動に結果が付いて来るだけなのだ。『お詫び』も『再教育』も間違えれば、自分達だけでなく領民をも苦しめる結果に繋がりかねない。
「それと、既にファルコール畜産研究所には早馬で手紙を送ったから、スカーレットが到着するまでには準備は整っているだろう」
「ご迷惑にならないでしょうか。わたくし達四人ならば小さな家を借りてもいいのではないかと」
「いや、我が侯爵家の館があり、そこに世話人もいるのだ。生活するにはその方が楽だろう」
ファルコール畜産研究所というのは山間の広い土地を活かして作られた施設だ。主に、バターやチーズの生産、肉質の良い家畜や毛質の良い羊毛などの研究をしている。薫がファルコールを選んだ理由の一つがこれだった。
そのファルコール畜産研究所には、キャスト―ル侯爵家の館がそのまま研究員達の宿舎として使われている。
侯爵が言った世話人とは、建物の日々の掃除やメンテナンス、更には研究員の食事を作ってくれる人達を指していた。
建物は現在、東翼の一部だけが研究員に使用されているとのこと。
研究員は十人いるのだが、妻子がいるものは館にはおらず近くに家を借りている。広い館はたった四人の独身者のみが使っているということだ。
ところが独身研究員という生き物は、研究所で寝泊まりする常習者でもあるので館の使用率は非常に悪いと侯爵は報告を受けていると言っていた。
なので、今後どれくらいファルコールに引き篭もるのか知らないが館は好きなように改築しても良い、伴う費用も気にするなと言われている。
薫としては、私兵に研究員の四人、ただし四人が全員男性かは分からないが、誰かがナーサにヒットしてくれれば、なんて思っているが…こればかりは気持ちが重要なのでなるようにしかならないだろう。
それに、護衛の二人も笑わないだけで、なかなか良い顔立ちをしていると思ったのだった。
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