<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐

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閑話 ランスタル伯爵夫妻も知らない過去の真実

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ランスタル伯爵夫妻は考え倦んでいた。
こうなることを予想していなかった訳ではない。しかし、まさかこんなに早くこの日がやって来てしまうとは思っていなかったのだ。

向かい合わせに座る二人の視線はテーブルの上にある一通の手紙に注がれている。差出人はシリル・マロスレッド、この国の筆頭公爵家の現当主からだった。

マロスレッド公爵家とランスタル伯爵家には特別な繋がりはないというのに、公爵直筆を証明する署名付きの手紙。しかも、内容は公爵がランスタル伯爵家を訪問したいというもの。

直筆の手紙を貰うこと自体今までの関係からはあり得ない。況してや、公爵が伯爵を呼び出すのが当然だというのに、敢えて都合を聞いての訪問の打診。
これは書いてある文の行間を読むのではなく、手紙そのものの意味を正確に捉えなくてはいけないということだ。

そう、正確に。
マロスレッド公爵は既に知っているということを。しかも、状況を含めて。

ランスタル伯爵家は現伯爵が婿入りした家。そして、代々子供があまり生まれない家なので血縁者が限られている。残念なことに現伯爵夫妻にも子供が出来なかった。

そこで、伯爵は一番上の兄であるザナストル侯爵家の三人いる息子のうち一人を養子として迎え入れたいと頼んだ。この場合、セオリー通りならば三男のテレンスが来るだろうと伯爵は考えていた。

しかし、蓋を開けてみたら、否、開けるタイミングから全てが狂いだした。兄であるザナストル侯爵からは、予定より早いが息子を一人送ると早馬で知らせが届き、その息子の名前はテレンスではなくアルバートと書かれていた。

兄が自分の息子の名前を書き間違えたのかと思い、伯爵はつい吹き出した。アルバートは王子の側近だ、養子としてスプラルタ王国へやって来るはずがない。

ところが、本当にアルバートがやって来た。それも結婚したばかりの花嫁を連れて。伯爵が予定していたシナリオとは人も妻を迎えるタイミングも違う。しかし、王子の側近に選ばれ小さい時から海千山千の王宮役人の中で過ごし様々な能力を伸ばしてきたアルバートだ。伯爵は勿論歓迎した。

ところが、連れて来た花嫁が問題だった。あまりにも似ていたのだ、嘗てこの国にいた誰もその声を聞いたことも笑顔も見たことがないという美しい女性に。公爵令嬢であり、他国の王族へ小さい頃に嫁ぐことが決まっていた女性に。

ランスタル伯爵夫妻くらいの年齢ならば、その女性がこの国を出るまでどのような人生を送る破目になったのか多かれ少なかれ何らかの話を聞いたことがある。中には貶めることで喜びを感じたいであろう他家の令嬢達が面白おかしく脚色した噂話も多々あった。

棘と嘲笑が多分に含まれた作り話は、その対象が公爵家の令嬢なだけに陰でひそひそと話された。しかし、肝心な本人がいないので次第に話す人間はいなくなったのだった。

数年経った頃、不思議なことに当時令嬢に何があったのかがまた人々の口の端に上った。それも、噂話ではなく真実だと裏付けるような事実と共に。

肝心な当人がこの国にいない以上、結局のところ何が真実かは第三者には分かりようがない。しかし、人は面白いもので事実から真実を導こうとする。過去を知る誰も彼もが推理小説の主人公気取りで噂話に花を咲かせたのだった。

事実の中には、令嬢の生家であるマロスレッド公爵家当主の急な代替わりも含まれていた。前公爵夫妻はある日突然王都のタウンハウスから領地へ向かってしまったのだ。
急なことにも関わらず、現マロスレッド公爵はまるで全てを準備していたかのように何の問題もなく爵位を引き継いだ。それどころか、前公爵よりも強い力を得ていった。

この事実だけみても、現マロスレッド公爵は様々な力、中には情報網もあるということだ。
だからこの手紙が今ここにある。


「さて、エミーには何と言って話そうか」
「わたし達が知る事実だけを話すことしか…」

アルバートがどこまで考えてそういう行動を取ったのかは分からない。しかし、エミーリアはスプラルタ王国に入国する時には既にエミーリア・カリスターではなく、エミーリア・ザナストルとして入国、その後アルバートがランスタル伯爵家の養子になったのに合わせエミーリア・ランスタルへとまた名前を変えた。

短期間に名前を二度も、それもそれぞれの国で変える等、そうそうあることではない。意図的にアルバートが仕組んだと考えるのが自然だ。

そこまで念には念を入れたのは、自国の王家と強い権力を有する侯爵家からエミーリアを切り離す為だったであろうことは想像がつく。しかし、アルバートにもこのスプラルタ王国の闇に葬られた一令嬢の過去の真相は分かるまい。
スプラルタ王国に暮らす、伯爵夫妻ですら本当のことは分からないのだから。それどころか、血を分けた実の娘であるエミーリアも何も知らないだろう。

「閣下はどうやってエミーの妊娠を知ったのだろうか」
「公爵家ですもの、伝手はいくらでもあるでしょう。でも、エミーの弟とは流石につながってはいないでしょうけれど。…あなた、エミーは無事に出産出来るのかしら?」
「わたしも今それを考えていた。閣下が訪ねて来るのは、わたし達ではない。ただ一人、エミーに会いに来るだけだ。断ることも出来なければ、目的も何も分からない以上、アルバートにだけ話をしておこう」

返事を先送り等することは出来ない相手に伯爵夫妻は四苦八苦しながら返信を認めた。普通は公爵閣下だ、予定の擦り合わせ等で手紙の遣り取りを最速で行っても訪問までに幾ばくかの時間を要する。しかし、マロスレッド公爵の訪問はそれこそ最速で決まってしまったのだった。


「明日、この国の筆頭公爵であられるマロスレッド公爵がいらっしゃる」
「こちらにいらっしゃるのですか?」
「ああ、ついででもあるのだろう。二人も今後の為に挨拶をする時間をいただくと良い。ただ、エミーは体調を優先して構わないからね」
「ありがとうございます」

晩餐の際に、自然に聞こえるよう話した内容。伯爵も夫人も顔色一つ変えずに話したというのに、アルバートの視線は『不自然過ぎます』と咎めているようだった。
しかし、次の瞬間エミーリアを見つめたアルバートはいつもと同じ視線に戻っていた。

伯爵夫妻は、やはりアルバートを養子に迎えられたことは良かったと考えた。しかし、テレンスだったら、そもそもこんなことは起きなかっただろう。
複雑とはこういうことだと、伯爵夫妻は思いながら若い二人を見つめたのだった。
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