政略結婚のお相手は病弱設定な第三王子でした

幽々子由馬

文字の大きさ
上 下
16 / 16

16.

しおりを挟む
16.

「アデル、ごめん。遅くなった。」

 がちゃりとジルベルトの自室の扉が開き、ジルベルトが入室してくる。入浴したばかりなのだろう。髪が若干湿っている。
 よほど急いで来てくれたらしい。

「我が国とガダル国、双方調べたんだ。矢張り、モービル伯爵とやらは存在しなかった。ザッカートリーは迂闊な奴だったらしい。強欲さと軽率さを見込まれて、嵌められたんだろうな。」

 ジルベルトはそう言うと、深いため息をついてベッドへと腰かけた。アデルの視線が物言いたげなのを察して、ジルベルトは意を決したように口を開く。

「あの仮面の間者なんだが、……秘密結社ハナシュの間者で間違いないだろう。」
「秘密結社、ナハシュ?」
 
 アデルは目を瞬かせて反芻した。ジルベルトちらりと視線をアデルへ向けると、頷いて肯定の意を示す。

「古代ラーミア語ですのね。……そういえば、わたくしもヤンシュフと呼ばれたのですが。」
「ああ、彼らは古代ラーミア語を操る。アデルが≪梟≫だと知っていたようだね。」
「……わたくしの耳に入るのは避けていらしたの?」

 ジルベルトが知っているのだ。実家のコルベット伯爵が知らないことは無い筈だが。アデルは俯いて顎を触った。
 実家でも今まで、ナハシュと言う単語がアデルの耳に入って来たことは無い。

「ナハシュは世界規模の組織なんだ。謎の多い組織だが、世の悪事には必ず後ろで糸を引いている、と言われるほど後ろ暗い組織なんだ。」

 思案するアデルに何を思ったのか、ジルベルトは淡々と説明を続けた。

「今回、コルベット伯爵家……君の兄達だが。最近他国へ長期出張していただろう?ナハシュが我が国に手を出そうとしていることを突き止めてくれたんだ。」
「兄様達……そんなことは一言も言ってくださいませんでしたわ。」
「確証がなかったんだ。君の兄を恨まないでくれよ。……しかし、本当に姿を現すとはな。」

 ジルベルトが言うには、ナハシュの間者は姿を滅多に表に出さない、と言う事だった。痕跡も残さない事から、足取りも掴めない。
 捕えられずとも、今回姿を見られただけで収穫はあった、とのことだ。

「どこが収穫ですの。……わたくし、己の未熟さを恥じていましてよ。」

 言葉尻小さくなりながら、アデルは両手をぎゅっと握りしめる。

「まぁ、ザッカートリーがあのようになってしまうとは、予想外だったよ。彼はご乱心だと言って送還したが、ガダル国が難癖つけるとも限らない。……まぁ、死なれるよりマシだったかな?まだ言い訳が立つからな。」

 喧嘩っ早い連中だからな、と遠い目をするジルベルト。
 武者修行の地であったからか、ジルベルトはガダル国との縁がある。その縁を伝って、事を収めてきたことは想像に難くなかった。

「……ジル様が事態を収めましたのね。素晴らしい手腕ですわ。」

 アデルは心からの賛辞を贈る。ジルベルトはちらりとアデルを見てから、すぐに視線を逸らした。

「今回は、君の手腕も見事だった。第三王子妃としての仕事も、≪梟≫としても。その……感謝している。」

 ジルベルトからの意外な謝辞に、アデルは目を見開く。何故なら、アデルは任務に失敗したという事しか頭に残らなかったからだ。
 ナハシュの間者には逃げられ、ザッカートリーから情報を引き出すことも出来なかった。
 これが任務失敗と言わず、なんなのだろう。

「気休めはむしろ、心に刺さりますわよ?」
「いや、気休めではないさ。……改めて、俺にはアデルが必要だと感じたよ。」

 勿論気休めで言われたことでは無いとアデルにだって解っていた。ジルベルトの表情はいつだって真摯だ。
 夜会の時だって、彼が守ってくれなかったら、と思うと……。己の弱さによる悔しさと同時に、ジルベルトの強さに憧れた。

「そう……言ってくださいますの?わたくしも、ジル様に助けて頂きましたわ。ありがとうございました。」
「ああ、勿論だ。……どうだろうか、君に相応しい男だと思ってくれただろうか。」
「ええ、そう思いますわ。」

 自然と口を突いて出た言葉に、自分でも二度ほど瞬いてしまう。――そうか。
 母ミーアがなるようになる、と力強く言ったのを思い出した。

「そうか、そうだよなまだ相応しくは……、え。何だって?」

 ジルベルトが呆気に取られた表情でアデルの顔を見つめる。自覚してしまえばその感情はストンとアデルの中に納まり、鼓動が高鳴った。

(ああ、そうなのね。わたくしはジル様を――。)

 ジルベルトの瞳をしっかりと見返してアデルは告げた。

「わたくしはジル様に……、ジル様のお言葉を借りるのならば男として魅力的だと思いますわ。」

 いつからだろう、と言われればそれはあの時。初めて交わった視線と殺気。
 惹かれてみれば、強くて、この上なく大切にしてくれる彼に心許すのは当然の事のように思えた。
 ……押しの弱い所はご愛敬だ。

「えっ、それは。」
「抱いてくださいまし。」
「はぇっ、」
「もう一度言わなくては分かりませんか、抱いてくださいまし。」

 えっ、それは、そういう、本当に?彫刻のようなその顔を赤くして、ジルベルトはしどろもどろに視線を彷徨わせている。

「ぷっ、」

 堪え切れず、アデルは吹き出した。くすくすと肩を揺らして笑うアデルを見て、ジルベルトはきょとんとした表情から、次第に気まずそうな苦笑いに変わる。

「あー……、すまない。」

 ジルベルトが額を掻きながら謝罪を口にした。

「俺の妄想が現実になったのかと思ってしまった。何度も君の口から言わせてしまって済まなかった。」

 ぽりぽりと後頭部を掻く様も愛おしいのだから、愛とはしょうがないものだ。

「まぁ、可愛らしい妄想をしていらしたのね。変な意地など張らずに、わたくしに手を出してくださればよかったのに。」
「だって……君に嫌われたら俺は死んでしまう。」

 そう言うと、徐にジルベルトが手を伸ばした。アデルの指にするりと絡めるとそのままベッドへ押し倒す。
 その顔は情けないほどに歪んでいた。

「大袈裟ですわ、ジル様。嫌いになんてなりませんのに。」
「アデル……俺は本当に、君が好きなんだ。」
「まぁ、奇遇ですわジル様。わたくしもですの。」
「……っ!本当に?」

 彫刻のような顔が、今度は溶けるように甘く笑う。アデルは早鐘のように打つ胸に、ジルベルトの手を持っていくと、そっと押し当てた。

「なっ!」
「……早鐘のようでございましょう?お慕いしておりますわ。」

 顔を真っ赤にしたジルベルトが、「反則だ」と呟いてアデルの首元に顔を埋めた。

「ごめん、加減できるかわからないんだ。」
「あら、そうですの。わたくしは初めてなのですから、少し思い遣りが欲しい所ですが。……ジル様になら仕方ないですわね。」
「……そんな事、絶対俺以外に言うなよ?」
「ジル様にしかこんなこと言えませんわよ。」

 先ほどの情けないジルベルトは何処へやら。アイスブルーの瞳が獰猛な肉食獣のように揺らめいた。

(まるで、虎に捕食されるみたい――。)

 ジルベルトの顔が近付いてくる。二度目のキスは、長く、長く、深く。
 溶けそうな程に熱い口付けだった。




ーーーーーーーーー


第一章終結です!
毎日更新は一旦これでお休みします。
第二章書き終わりましたら更新再開しますので、ゆる~くお待ちください。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...