ツツジと白雲

マツイ ニコ

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 すっかり仲良くなった二人は、ときどき外へ遊びに出るようになった。
 今までお小言ばかりだった母も、勝太が真面目に勉強するようになったので見て見ぬ振りをしている。
 はつも自分の勤めは子守奉公だと分かっているから、赤ん坊を負ぶって外に出て、度々おむつを換えに家に戻る日もあった。
 生活が苦しかったからだろう、はつは遊ぶ余裕もほとんどなかったようだ。勝太のすることになにかと驚いたり感心したりするから、勝太は子分ができたような気分でいる。

 夏の日の朝、勝太は網と虫かごを持って林へ向かった。
 それまで誰にも教えたことのない虫取り場に案内するつもりだ。
 勝太は得意になって、昨年カブトムシを十匹捕まえたのだと話をした。

「どうせお前、虫取りをしたこともないんだろう」
「うーん……そうかも」

 勝太の後ろをついてくるはつは、なぜか足元ばかりを見ている。
 ときどき、あっと息を飲むものだから、勝太は眉を寄せた。
 「どうした」と聞くと、はつは照れくさそうに笑う。

「うん。この草、食べると結構美味しいんだよ」

 言われて、はつの指の先を見たが、勝太にはただの草にしか見えない。
 呆れていると、はつは目を輝かせながら、また違う草を示した。

「あっちはね、食べられるけど青臭くて美味しくないの。あ、あのキノコは食べてお腹が痛くなったなぁ……」

 勝太にとっての虫取りの林は、はつにとって食料の宝庫のようだ。
 目を輝かせるはつの横顔に、勝太は思わず笑った。
 夏の日差しが、足元に濃い木陰を作る中を、二人は奥へと歩いて行く。
 頬を伝う汗を手で拭いつつ、勝太は獲物を探して目を走らせた。
 ミンミンゼミが至る所で鳴いている。カブトムシを捕まえて小車を引かせようと思っていたのだが、時間が悪かったのか、今日はどうも不作なようだ。
 せっかく虫取りに来たのに、何も取らないのでは面白くない。勝太は幹にしがみついて鳴いているセミにじりじりと近づき、網で捕まえた。
 ジジジジッ、とセミが暴れる。
 ばたつかせる羽を押さえるように手で掴むと、勝太ははつの方を振り向いた。

「はつ、セミを捕まえたぞ」
「うん、あたしも捕まえた!」

 弾んだ声で言ったはつが、くるりと振り向く。
 勝太に突きつけたその手には、大人の親指ほどの大きさのカブトムシがいる。

「ほら、見て! こんなに大きい!」
「えっ!?」

 まさか自分より先にはつが捕まえると思わなかった勝太は、驚きのあまり、掴んでいたセミを手放した。
 セミがジージーと鳴きながら、勝太の顔におしっこをかけていく。
 「ぶわ!」と慌てた勝太は、土の上に尻餅をついた。はつがからからと笑った・
 はつがそんな笑い方をするのは初めてだ。勝太は頬が火照るのを感じながら、立ち上がって土を払った。
 勝太が立ち上がってもまだ、はつは笑っている。勝太は膨れてはつを睨んだ。

「お前、笑いすぎだ!」
「だ、だって……!」

 はつの笑いは止まない。息苦しそうにお腹を抱え、目尻に浮かんだ涙を拭うはつを見て、勝太は悔しくなった。

「くっ……そー!」

 勝太ははつに飛びかかり、脇腹をくすぐった。はつが甲高い悲鳴をあげる。

「や、やだー! あははははは」
「俺のことを笑うやつが悪い!」
「だ、だって、だって……やだー、やめてー!」

 はつが身をよじり、勝太を退けようとする。その拍子に、はつの手からカブトムシが滑り出て、飛んでいってしまった。

「あ!」

 二人の声が重なる。
 思わず顔を見合わせると、お互い驚きと物惜しさが混ざった顔をしていた。
 相手の顔に、自分と同じ気持ちを見て取って、二人は噴き出す。
 二人の笑い声が、林の中に響きわたった。
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