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第壱章 色は匂へど
18話 蓮華
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琥珀が牡丹の新造として奉公する様になってふた月の歳月が流れ、残り雪はすっかり姿を消し、新緑がきらきらと輝く季節になった。
牡丹は部屋で琥珀に手習いをさせながら「うーん」と悩んでこめかみを押さえている。
「何にしたもんでありんしょうか」
「姐さん、何を悩んでおりなんすか」
琥珀はもしや手習いの文字が雑過ぎたか、墨が薄かったかと色々に己の失態を探すが、思い当たらない。
すると廊下から軽快な足音が響いて開いた襖からひょっこりと椿が顔を出す。
「牡丹姐さん、見て。仲ノ町の行燈の下に蓮華が沢山咲いておりんした。とっても綺麗」
椿の手には沢山の蓮華が小さな花束になっている。
「て、あんた毟って来たのかい」
「ちゃんとお手入れの人に何本か下さいってお願いして貰って来たんでありんすよ」
仲ノ町に咲く花は自然に咲くものではない。遊郭は男達が夢を買う泡沫の町なのだ。
そこに雑草など生えていてはみっともない為、常に整備され季節ごとに花は入れ替えられる。
いい香りだと客である男達が手折って懇意にしている女郎の元へ持って来るのは駆け引きの上で赦されているが、意味もなく摘めば咎められるだろう。
「なら大丈夫でありんすね」
ほっと牡丹は胸を撫で下ろしてから「ん?」と何かに気付いてにっこりと琥珀に向かって微笑み掛けた。
「決まりだね」
「何が……?」
「ここは華屋だからね。源氏名は皆、華の名前をつけるのでありんす。今日からおんしの名は蓮華でありんす」
華屋に来て馴染めない。牡丹の態度はとても優しく包み込む様だったが、琥珀の心はどこか癒されないままでいた。
最も大きなものは牡丹に奉公したかった新造や禿の嫉妬ではあったのだが、それも手伝って見世に馴染めなくて困っていたのだ。だからこそ華屋の妓としての源氏名は琥珀への最高の贈り物だった。
「あい!」
満面の笑みを牡丹に送って琥珀———、蓮華は元気よく返事をした。
牡丹は部屋で琥珀に手習いをさせながら「うーん」と悩んでこめかみを押さえている。
「何にしたもんでありんしょうか」
「姐さん、何を悩んでおりなんすか」
琥珀はもしや手習いの文字が雑過ぎたか、墨が薄かったかと色々に己の失態を探すが、思い当たらない。
すると廊下から軽快な足音が響いて開いた襖からひょっこりと椿が顔を出す。
「牡丹姐さん、見て。仲ノ町の行燈の下に蓮華が沢山咲いておりんした。とっても綺麗」
椿の手には沢山の蓮華が小さな花束になっている。
「て、あんた毟って来たのかい」
「ちゃんとお手入れの人に何本か下さいってお願いして貰って来たんでありんすよ」
仲ノ町に咲く花は自然に咲くものではない。遊郭は男達が夢を買う泡沫の町なのだ。
そこに雑草など生えていてはみっともない為、常に整備され季節ごとに花は入れ替えられる。
いい香りだと客である男達が手折って懇意にしている女郎の元へ持って来るのは駆け引きの上で赦されているが、意味もなく摘めば咎められるだろう。
「なら大丈夫でありんすね」
ほっと牡丹は胸を撫で下ろしてから「ん?」と何かに気付いてにっこりと琥珀に向かって微笑み掛けた。
「決まりだね」
「何が……?」
「ここは華屋だからね。源氏名は皆、華の名前をつけるのでありんす。今日からおんしの名は蓮華でありんす」
華屋に来て馴染めない。牡丹の態度はとても優しく包み込む様だったが、琥珀の心はどこか癒されないままでいた。
最も大きなものは牡丹に奉公したかった新造や禿の嫉妬ではあったのだが、それも手伝って見世に馴染めなくて困っていたのだ。だからこそ華屋の妓としての源氏名は琥珀への最高の贈り物だった。
「あい!」
満面の笑みを牡丹に送って琥珀———、蓮華は元気よく返事をした。
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