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第壱章 色は匂へど

11話 哀傷

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その後、残りの六日間を椿は次代お職の名に相応しい道中を踏んだ。
華屋の前には懲りずにまた道中踏むってよ、などと沸き立ちながら人だかりができた。

「よっ、華屋の次代、今日はどの辺りで転ぶ積もりで」

などと野次を飛ばすものもいたから、都度嘲笑が響いたが、椿はそんなもの全く聞こえないと言った体で華屋の玄関に立つ。
ぴんと背筋を伸ばし、凛とした表情に、野次を飛ばした男に向かって涼やかな笑みを送ったものだから、男はすごすごと人混みの中に消えて行く始末だ。

余談ではあるが、野次を飛ばした男はすぐに華屋の妓夫に捕まり、暴力こそ振るわれなかったもののかなり威圧されたようで、二度と若山に来ることはなかったそうだ。

後に一世を風靡する程の道中を危なげなく踏んだ。それなのに椿があの夜何に対して恐怖を感じていたのか。蓮太郎にはそれが気になっていた。

だが———。
 
今夜、椿は初見世を迎える。
水揚げだ。
 
女郎として一番大切な仕事の幕開け。

「楼主」
 
蓮太郎は忍虎に震える声で呼び掛けた。

「おう、蓮太郎」

来たかと目頭に涙をためている蓮太郎を嗤うことなく忍虎は蓮太郎の頭をそっと抱えた。

「言ったろ? おりんは女郎になる女だ。恋しちゃなんねぇって」

静かに肩を震わせて嗚咽を漏らす蓮太郎の顔を袖ですっぽりと隠して頭を優しく撫でる。


「恋するなって言うならどうして一緒に育てたりなんてしたんですか」
 
過ぎたことを今更言った所でどうにもならない、けれど言わずにはいられなかった。
こんなに近くで育たなければ、椿の美貌を一瞬垣間見るだけだったなら、これ程に深い恋慕を抱くこともなかったのに。

「そりゃお前ぇ、おりんはあれだけの美貌だ、傾城だ。無頼漢に狙われることもよからぬ画策に使われることもあるだろう、そうなった時に男が命懸けで守るのは、惚れた女だけだ」
 
忍虎は椿を守るために蓮太郎に恋心が芽生えることも知ってて傍で育てさせた。

「だったらどうして恋するななんて言ったんですか」
「そらただの体裁だ。一応言っておくべきこととしてな、言っただけだ」

洟を啜りながら蓮太郎の言葉に忍虎を責める力はない。ただ、今宵、椿が他の男に抱かれてしまう、それだけが辛くて悲しくて泣いた。

「俺は、椿が部屋で男に凌辱されているのを大人しく待っていられる気性じゃありません」
「んなこたぁ知ってらぁ」
「殺してしまうかもしれない」
「まぁ、うん。やりかねないな」
「けど、決意を固めた椿の矜持を砕いてしまいたくないんです」
「涙拭いたか。よし、一応手拭は衿元に挟んでやるよ。厠はさっき行ったな、よしよし」

何の確認をしているのか、忍虎は蓮太郎の様子を一通り見ると、仕置き部屋に連れて行った。

「え?」

と頓狂な声を挙げる蓮太郎を柱の傍に連れて行くと縄でぐるぐると巻き付けてすっかり縛り上げてしまった。

「あ、ちょ?」

と理解の追い付かない頭で蓮太郎は

「どういうことですか? 何の仕置きですか?」

と問う。

「お前ぇさんが罪を犯さないための親心だ。おりんの水揚げが終わるまでそうしてろ」

武道を抑えている蓮太郎にとって縄抜けが出来ることも知っている忍虎は、丁寧に両手首と足首までを交叉して縛り上げ、文字通り蓮太郎は仕置き柱にくっつく蓑虫の様になった。

「おぉ、男前だなぁ」

蓮太郎の状態に満足したのか忍虎は仕置き部屋の木戸を閉めて出て行ってしまった。
窓一つない仕置き部屋は暗く僅かな灯かりすらも入らない部屋の中で天井裏に潜む鼠がごそごそと駆け回っている。
遠くの方では夕暮れ時の烏が番でカァカァと情緒あふれる声を挙げている。

暖を取ることもできない寒さの中で蓮太郎は

「夕飯、食ってない」

とうなだれた。
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