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第壱章 色は匂へど
4話 牡丹と惣一郎
しおりを挟む深い藍色の帳が落ちる宵闇の中、若山遊郭は提灯が町を照らし、赤々とした灯かりを撒き散らしていた。
あちこちで格子向こうの女郎達が鼻にかかった声で男達を誘う。
「兄さん、いい男だねぇ。あたしを温めておくれよ」
「一人寝は寂しいだろう? 共寝してあげるよ」
そう言って差し出す煙管を受け取る男や、渋い顔をして財布を確認し苦笑いを置いて立ち去る男。
格子に近寄るものの眺めるだけ眺めて買う気のない素見。
若山の通りをうねるように男達が埋め尽くす。
そんな中遠くの方から夜四ツの鐘が鳴る。
もうあと半刻もしたら大門が閉まり若山遊郭への出入りが出来なくなる。
そうして中引けの頃には潮が引くように男たちの姿が消える。
次第に表を照らすそれぞれの楼閣の提灯は消され、お茶を挽いた妓達は欠伸をしながら自堕落に私室へと戻っていく。
牡丹の座敷では未だ豪華に幇間と内芸者が派手に騒いでいた。
牡丹の美しさも然ることながら、妹新造の美しさ愛らしさの絢爛さたるや。
確か椿と源氏名を変えたのだったか、本名をおりんという娘、禿時代から面倒を見続けている新造の桔梗と躑躅、禿の百合。
錚々たる美しさを備え持ったいずれも遜色のない美少女ばかりだ。
内芸者より少し席を離れた場所で琴を弾いている椿、隣で三味を合わせて歌う桔梗、牡丹が出て行ってから惣一郎の酒を注ぐために隣に侍る躑躅、禿の百合はちょこんと惣一郎の傍に座りにこにことしている。
この新造と禿は中引けで惣一郎が立ち去るまで場を持たせるために残る。
本命の客が帰ってしまわない様に心を尽くすのだ。
惣一郎は牡丹花魁の客ではあるが、実は新造の椿が気になっていた。
まだ幼さが消えぬ顔立ちだがその美貌には目を見張るものがある。
無論牡丹は絶世の美女だと思う。目鼻立ちのくっきりとした整った顔立ちはそれでいて柔和だ。
瓜実の頬に力のある双眸、すらりと通った鼻にぽったりと柔らかそうな唇。それを際立たせる様に口元にはほくろがある。
それがまた花を添えて匂い立つような色気があるのだ。成熟した妓の卓越した美貌は間違いなく若山の頂点だ。
所作や貫禄も備え以って、この日牡丹の馴染みは惣一郎の他に二人いた筈だが、包んだ祝儀が一番多い惣一郎の元に牡丹は残った。
振られた二人は新造の椿と桔梗、躑躅が相手をし共寝をするのだろう。
おそらく一人は新造出しの費用を持った司波流燈という上方下りの医者だろう。
流燈はそもそも牡丹の所に出入りしているが、体裁を整えるためで、元来椿を目的に通っていると聞いている。
新造出しのみならず必要とあらば椿のために色々と用立てているというから牡丹と共に褥には入らない様にしているらしい。
おそらく椿の初見世を狙っているのだろう。
華屋の廊下を若衆が
「中引けでござーいー」
と声を掛けながら歩き回る。
それまで座敷を開いていた花魁達はその声をきいて、今日の旦那の耳元に
「お褥でございんす。ご用意して待っていてくんなんし」
と囁きかけて艶笑を残して立ち去る。
今から女郎や遊女、花魁達は褥で本来の仕事に移る。
牡丹も同じく松川屋惣一郎に
「今日も沢山可愛がってくんなんし」
とそう言って立ち去った。
牡丹が立ち去ると新造の椿と桔梗が惣一郎を牡丹の寝間へ案内し、羽織や着物を脱がせて襦袢にする。
姐女郎が部屋に来るまでに支度を整えるのは新造の役目だ。
そうして支度が整ってほんの少し晩酌をしたのち、牡丹が寝間へと入る。
簪や櫛などを全て取り外して仕掛けを脱いだ牡丹のしなやかな色香は、さながら夜の帳のようにあたりにふんわりと広がり惣一郎は思わず溜息を漏らす。
新造達は寝間の外に出ると深く会釈をして襖を閉めた。
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