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そして動き出す
しおりを挟むルノーの話を聞いた二人は、その日から図書室の閲覧エリアから扉二つ分奥へ入ったところにある魔導書のエリアに入り浸るようになった。
オリオンは特に熱心に資料を読み込んでいた。
それもそのはずで、あの夜にもしシエルが来ていなかったら、オリオンは成す術もなく闇の魔力に身を蝕まれていたのだから。
幸いなことにオリオンには魔法の血が流れているようで、シエルがファンドから教わった方法を伝えると、10回目くらいで魔法を出すことができていた。オリオンが出した魔力の塊は、眩い光を放って小さく弾けるように消えた。
「これは一体なんの能力なんだ?俺のは分かりやすく雷の力なんだけど」
二人はルノーを呼んでオリオンの力を見てもらった。すると、あまり表情を変化させないルノーが驚きを見せる。
「オリオン様、これは光の力でございます。かなり珍しい属性ですよ」
「おぉ!!すごいな!!」
「うーん……でも、珍しいだけで力としてはどうなのかなとは思うんだけど……」
「いえいえ、光属性は闇属性を唯一相殺できる力。極めれば、受けた闇の魔力を取り除くこともできる素晴らしいものです」
それを聞いて、オリオンの瞳が大きくなる。
「じゃあ、ケガした人達を治すことができるんだね!」
「その通りです。しかし、そのレベルまで力を上げるには並大抵の努力では足りません。光属性は扱える者が少ないので、指導者を見つけることも難しいのです。ですから、書物で知識を深めることも重要ですし、同時に他の属性の魔法も練習するといいでしょう」
「複数の属性を扱うことってできるんですか?」
シエルの問いに、ルノーは小さく頷いた。
「もちろん難しい事ではあります。しかし、オリオン様の光属性はもちろんのこと、シエルの雷属性も顕現しにくい属性です。比較的顕現しやすい炎属性であれば最大の力は出せずとも、扱うくらいならできるでしょう」
静かに聞いていたオリオンの瞳に、熱い情熱の炎が宿っているのをルノーは見てとった。
国の思うがままに扱われて急に生活が変わったオリオンのことを、ルノーはずっと心配していた。しかし、シエルとの出会いが、常に諦めた表情をしていた受け身な少年を変えてくれたように思う。
「もう一つの心残りも、これで無くなりましたな」
ぼそっと呟いた言葉は、二人には届いていない。
今すぐにでも他の属性の勉強を始めそうな二人に、ルノーはやれやれと困ったような、それでいてどこか嬉しそうに消灯の時間が迫っていることを伝えるために腰を上げるのだった。
それからすぐのことだった。
王立図書館の司書長ルノーが忽然と姿を消したのだ。
誰にも告げず、何も残さず、彼の居た証を見つけることすら困難なほどきれいに消えていた。
彼を慕っていた司書たちはパニックに陥る。だが、それ以上に反応を示したのは国王の方だった。
激昂に近い形相で臣下たちにルノーの捜査を命じる。だが、臣下たちはなぜ王がただの司書を躍起になって探そうとしているのか理解できなかった。
その様子を遠くから見ていたシエルとオリオンは、小さく口角を上げた。もちろん、二人もルノーの行方を知らない。しかし、それが国王の手によるものではないと分かったことが一番の知らせだった。
「ねぇシエル。これから僕は何をすべきなんだろう。今のまま毎日の授業を受けていても、僕はきっと国の役に立つことはできない。ルノーから真実の一つを聞いてしまったんだから、それを見て見ぬふりをしたくないんだ」
「うん。俺も同意見だ。だが、俺たち二人だけの力ではすぐにつぶされてしまう。今は苦しいが、誰にも怪しまれないことが一番だと思う。仲間が見つかると嬉しいけど、それまではそれぞれの力を磨く事じゃないかな」
シエルの言葉に、オリオンは寂し気に目を伏せた。
「シエルがここにいれる時間も限られているしね」
「…………」
二人の間に沈黙が流れたその時、突然乱暴にドアがノックされ、シエルとオリオンはハッと顔を見合わせた。
ここはオリオンの自室。使用人すらほとんど出入りの無い王宮の最奥の塔だからと、シエルはここへ度々足を運ぶようになっていた。しかし、この状況を他人に見られてしまうのはどう考えてもアウトだった。
何も言わずにオリオンはシエルを衣装部屋へ押し込む。そして、辺りに積み上げていた本の山でそのドアをふさいた。
小さく息を吐くと、あえて弱々しい声で
「はい」
と声を返した。
その返事を聞くか聞かないかのタイミングでドアが開き、ずかずかと入ってきたのはなんと国王本人だった。
「何をもたもたしておった。儂がきたらすぐに通すのが礼儀というものだ。こんなところまでわざわざ出向いておるというのに」
「……はい、申し訳ありません」
二人のやり取りを、シエルはじっと耳をそばだてて聞いていた。
その言動は、とても民を導く王とは思えないほどに横暴であり、少しでも気を抜けば口をはさんでしまいそうになるくらい酷いものだった。
シエルは必至に冷静さを保ち、気配を消すことに集中した。
「貴様はよく図書館へ出入りしているらしいが、ルノーの所在について何か知っていることは無いか」
これは容易に予測できた問いだったため、オリオンは自信なさげな表情を崩すことなく答える。
「いいえ……知りません。僕も、そのことを聞いて驚いていたところで……」
「貴様の感想などどうでもよい。後でやつに手助けしたことが分かれば、後悔するのは自分だと分かっているのか」
「……ルノーは、そんな悪い行いをしていたのですか?」
オリオンの気の利いた返答に、一瞬国王はグッと言葉を詰まらせるのが分かった。
「な、なにも知らぬのならそれでよい。ところで、勉学は順調に進んでおるのか?貴様は遅れている分を早急に取り戻さなくてはならない。そこに積みあがった本をすべて学び終えるまで、決して部屋から出てはならんぞ。良いな」
そう言い残すと、王は扉をバタンと激しく閉めて出て行った。その足音が遠ざかって聞こえなくなったのを確認すると、オリオンは急いで本の山をどけてシエルを出した。
「急に押し込んでごめんね。苦しくなかった?」
「いや、かえって助かったよ。ありがとう。それにしても、とんでもなく自分勝手な奴だな。聞いてるだけで分かるくらいに見下してる感じが強くてほんと最悪だ」
「僕にとってはもう普通になってるんだけど、シエルが怒ってくれてるだけで十分救われたよ」
オリオンの言葉に、シエルはやれやれと首を横に振る。
「オリオンは優しすぎるんだ。最後の言葉なんて、教育者のように見せかけて本当はただ厄介払いをしたいだけだろ」
「そうだろうね。僕は背表紙のタイトルを読まれないかひやひやしてたけど、全く気付かずに見過ごしてくれたから助かったよ」
「そうだな。ルノーが俺たちに唯一残してくれた魔導書のコレクションだからな」
一冊を手に取ったオリオンはニヤッと口の端を上げた。
「これを全部勉強してもいいっていう『許し』ももらったわけだし、今日からの授業は全部中止して取り掛かってもいいってことだよね」
オリオンの瞳がキラキラと輝いているのを見て、シエルもニッと笑う。
「意外と悪い事考える奴だったんだな。でも、『国王からの命令』なんだ。最優先しても問題ないだろ」
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