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アースティン家の騎士

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「おい、まだ見つからないのか。明日にはレイブン殿がこちらに来るんだぞ」

 ワグナルド・アースティンは、苛立たしげに従者に言い放つ。

「も、申し訳ございません。私の元には何の報告も届いておらず…………」

 真っ青な顔で答える従者を、ワグナルドは冷たい目で睨みつける。

「こうなっては手段を選んでいられない。そう言えば……騎士団の中に最近入った無愛想な小僧がいただろう。あいつをここへ呼べ」

「……ジェイクのことでしょうか」

「あぁ、そいつだ。早くしろ」

「か、かしこまりました」

 そう言って足早に出ていく従者の背中を、ワグナルドはふんっと鼻を鳴らして見ていた。



「旦那様、お呼びでしょうか」

 目の前で跪く青年に、ワグナルドは虫けらを見るような目を向ける。

「おい、貴様。たしか……紹介状の中に魔力持ちと書いていたな。それであいつの居場所を特定しろ」

「お言葉ですが旦那様――」

「私に口答えするつもりか!!出来ないのであれば今すぐに荷物をまとめて出ていけ!!」

「……紹介状をご覧になったのであればご存知かと思いますが、私の能力に詮索はありません」

「そうか、約立たずな貴様はここでは用済みだ。すぐに出ていけ」

「…………かしこまりました」

 ジェイクは一度も顔を上げることなくワグナルドの元から去った。その足で寄宿舎へ戻ると、自分の荷物をまとめ始める。

「おい、ジェイク。急に掃除か?」

 奥から聞こえて来た同期の声に、ジェイクは手を止めずに答える。

「旦那様に今すぐ出て行けと言われた」

「嘘だろ!?なんでそんなことになってんだ」

 ジェイクの返事はあまりに思いがけないことだったのだろう。同期はジェイクのスペースへすっ飛んでくると、ガッチリ両肩を掴まれてしまった。

「……俺の能力では、お嬢様を見つけられないと言ったから」

「お前の力って、魔力のことか?よく分かんねぇけど、確か攻撃でしか使えないんじゃなかったか?」

 アースティン家の騎士団は、各地から集められた者達で構成されており、魔力持ちと知っても普通に接してくれる者がいた。もちろん、一定数そうでは無い奴もいるのだが。

「そうだ。だが、そんなこと言ったところであいつにとって俺は役立たず以外の何者でもないんだ。入団当初から俺のことを疎ましそうにしていたからな。運が良ければ娘が見つかるし、そうでなければ解雇の口実になるからどちらでも良かったんだろう」

 淡々と話すジェイクに、同期は心配そうな顔をする。

「…………辞めた後のことは、まだ何も考えていないんだろう?」

「こんな理由で辞めさせられるとは思っても見なかったからな。ま、しばらくは実家で貧しい農民生活だろうな」

 ジェイクは空元気で荷物を担ぐと寄宿舎を出た。
 寄宿舎から少し離れたところに、騎士団の馬小屋があった。ジェイクは珍しく入団時に自分の家の馬を連れてきていた。
 世話係に頼んで愛馬を小屋から出してもらう。

「ご飯は沢山食べたか?これから古巣に帰るぞ。あのままじゃ、お前もこき使われていたかもしれないからな。うん、これで良かったんだ」

 ジェイクは自分に言い聞かせるように呟くと、軽い身のこなしで愛馬に跨った。

「さぁ、陽が出ているうちにできるだけ進もう」

 馬の腹を軽く蹴って、ジェイクは山道を真っ直ぐに登る。彼がアースティン家の屋敷を振り返ることは無かった。
 

 

「ここは……いつ見ても殺風景だな。……でも、不思議と心は穏やかになってるよ」

 王都から大きな山を一つ超えたその先に、ジェイクの故郷レイシェントはあった。
 常に周りに耳を傾けて風波を立てないように生活してきたこの数ヶ月。騎士としての志などどうでも良くなってしまうほどに、ジェイクの心は疲弊していた。

「こんなにすぐに帰ってきて、父さんも母さんもガッカリしてしまうかな……」

 ジェイクの家は、レイシェントの中でも片手に入るほどの大きな畑を持っていた。だが、それはレイシェントにおいては必ずしも有益なものではなかった。面積分の税を納めながらも、一年間で作物が取れる時期は限られているため、収支は常にギリギリだった。
 そんな中、ジェイクに剣の才があるとわかった時は手放しで喜んでくれ、王都の貴族の家に雇われた時は大事な馬を自分に預けてくれた。それを思い出して、ジェイクはさらに気持ちが沈むのを感じる。
 そろそろ家が見えてくる距離になり、自然とため息の回数も増える。すると、自宅から一番近い大通りに、一台の馬車が止まっていることに気付いた。

(こんな所に馬車なんて珍しい。何かあったのか?)

 そう思いながら近寄っていくと、腰まで伸びたブロンズを美しく揺らして、一人の女性が馬車に乗り込もうとしていた。その後ろ姿に、ジェイクは思わず馬を降りて駆け寄った。

「あ、あの……大変失礼ですが、クリスティア様ではありませんか……?」

 ジェイクは、主人に嘘をついたわけではなかった。アースティン家の長女の後ろ姿のみ遠くから見たことがあったのだ。その佇まいに思わず目を奪われてしまったのを思い出す。その女性の一つ一つの仕草が、あの時の光景と全く同じようにジェイクの目に飛び込んできたのだ。
 ジェイクの声に振り返ったその女性は、まるで一切の表情が消えており、冷ややかに一言言い放った。

「いえ、人違いではありませんか」

 それ以上の質問を許さない彼女の雰囲気に、ジェイクは慌てて頭を下げる。

「大変失礼致しました。私がお仕えしていた屋敷の美しいお嬢様に似ていたのでつい……。貴重なお時間を頂きありがとうございました」

 そう言って顔を上げると、その令嬢は神妙な顔をして再び馬車に乗り込むのだった。
 馬車が走り去っていくのを見送って、ジェイクは家の敷地に足を踏み入れた。
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