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②胃弱おっさんはホースと共に召喚されし異世界で美少年を拾う
後半
しおりを挟む全裸の少年から話を聞いたところ。
彼は奴隷だったらしい。俺がホースの水をぶっかけたのがお清めになったらしく、奴隷の首輪は壊れたとのこと。奴隷契約は呪いらしいので、聖水が効いたのだと。
ふむ、俺んちの水道水ってば聖水だったのか。
ただの、【美味水の生まれいずる里に降り立つ白山水】だと思っていた。ミネラルはたっぷりだと思う。
それから、何故にこんな所で全裸で腸塗れになりつつ倒れていたのかということだが。
彼の記憶に由れば、あのタツノオトシゴもどきに吸引され、腹の中へ。胃液に服を溶かされてしまい、いや~んなことに。
こんな所で死ぬのは嫌だと、【とっておきの魔法】を使ったら、何故か水が入って来て溺れかけ、もう駄目ーってなった時に生存本能からか魔力を放出してしまったと。
おそらく、この魔力放出と聖水とが合わさって爆発を起こし、タツノオトシゴもどきは内部から破裂。バラバラのグチャグチャのデロデロの木端微塵に。
図らずも、この周辺を酒池肉林にしてしまったのだ。南無……。
俺を襲った恐ろしい生き物とはいえ、無残な最期だったんだなタツノオトシゴもどきよ。
「残念です。炎蓑が残っていたら、メタル金貨10枚で売れたのですが」
腹の中に炎を吐く仕組みがあったようだ。メスに限るそうだが、炎を貯める蓑は、上手に採取すれば炎を操る魔道具に加工でき、高い金で売れると。
メタル金貨というのは、この世界の通貨らしい。彼に聞いた限り、メタル金貨一枚で一万円くらいの価値のようだ。いや実際、市場をこの目で見てみないと分からないけれども。
ちなみに、オスだと腹に育児蓑を持っており、メスから卵産みつけられて子育てするんだそうで。
これまた利用価値があるので、素材屋にてそれなりの値段で売れるらしい。
……タツノオトシゴってイクメンだったんだな……。
異世界に来て初めて知った豆知識に感心してしまった。
「それで、何で君はタツノオトシゴなんかに食べられていたんだい?」
「タツ……マグマウマですね。ホースナガ王国のウマウマダンジョン深層に棲息する魔物の一種なんですが、連れて行かれた先で囮にされちゃって、頑張って逃げたんですけど、すっごい吸われて掴まっちゃって……」
タツノオトシゴの吸引力がダイ〇ンよりハイパワーだと知った。
というか、奴隷って、そんな危険なこともされちゃうの?
勝手に冒険者パーティーに加入させられて、荷物持ちにされた挙句にダンジョン深層で魔物の餌、放置って……。
やべえよ異世界の人権なさすぎ。
しかし今の話で、ここは異世界だと完全に確信もてた。
これまでは推測だけで半信半疑だったのよ。
でも、王国の名前は全くもって知らないし、そもそも魔法だとかダンジョンだとか……ははっ、地球にあるわけねえし……。
そっと眦に溜まった熱い汁を指で拭う。
「君、苦労したんだなあ。俺も迷子みたいなもんでね、そろそろ家に帰りてえわ」
こんな怖い異世界なんて早くおさらばしたい。
しかし、目の前の彼の苦労を想うと、思わずホロリとしてしまう。おっさんのメンタルは激弱なのだ。年取ると涙腺も弱くなるね。
「そういや、とっておきの魔法って何だい?」と、小さな疑問を口にする。
美少年は相変わらず潤んだ綺麗な瞳を瞬かせ、俺の方を見詰めていたのだけど、「それは……」と言ったところで、ぐ~~。腹が鳴った。
「あ、すまない」
きっと俺の腹だ。
「いえ、私です。ホッとしたからか、お腹が空いてしまって……」
目尻から尖った耳の先まで真っ赤に染める美少年。可愛いしか勝たん。
しかし、そうか、俺の腹じゃなかったんだな。
三十代の頃は胃の手術を何度もして、おかげで今じゃ己の空腹度が分からないから、勘違いしてしまった。
俺の胃は殆どない。最初は胃潰瘍。その手術をしたけど、後に胃癌もあったことが判明。
今度は癌切除の手術。術後に吻合部潰瘍になった。この症例はレアケースだと言われ、手術が成功しても不調は続くし、体の修復に何年も掛かると説明を受けた。
それでも死ぬよりマシだと思って三度目の開腹手術をしたのだが、この手術は一般の医療保険が降りず、退職金で払うしかなかった。
高額療養費制度じゃ一部しか負担されない。足が出た分は貸付できるが、少しづつの返済より退職金を使う方が気が楽だったので、一気に支払った。
すべて終えた後、何だかとても虚しくなった。都会に疲れたと言うべきか。
幾度となく繰り返される検査・治療・入院と転院に大手術。
どれも必要だと思ったからこそ、治したいと思ったからこそ、病気の痛みにも、術後の痛みにも耐えた。
けどさ、そもそもの原因。胃潰瘍になったのはストレスからだ。
若い内から胃に負担ばかりかけて、俺の内臓もうズタボロよ。
オマケにホモバレするしさ。ついてない。
田舎に帰ってホッとした。空腹に気づけない体になったけど、水が豊富で食べ物も美味しい地元は、最高だ。
だから、帰りたい。
俺は後ろを振り返る。
ホースを辿る先、消えている。
数メートルの黄色いホースがこの世界にあって目視できるけれど、その先は何か見えない壁に阻まれているようで、消えているのだ。
消えたホースの先は、おそらく元の世界、俺の家の庭にある水道ホーストロリーへと繋がっているはずだ。
そうでなければ、ホースの先から怪獣タツノオトシゴーンすらやっつけた殺人水ビームなんぞ、打てるはずがない。
全裸待機する美少年を前にして、告げる。
「良かったら、俺んち来ないか? 美味しい物、食べさせてあげるよ」
これまた誘拐犯の台詞みたいな誘い文句になってしまって、後悔した。
「ご飯、くれるのですか?」
素直に喜ぶ美少年、可愛い。
会ったばかりのおじさんに尻尾振っちゃ駄目だよ。おじさんが変態だったらどうするんだ。
まあ、俺はその辺、紳士だけどね。変態紳士さ。
ホースを辿る前に、全裸美少年へ脱いだ上着を着せてあげる。
一富士二鷹三茄子模様のダサいスカジャンだけど、美少年を半裸にして守っているので勘弁しておくれ。
……袖が余っているんだな。萌え袖ウマー。
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