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三柱の世界

いつの間にか好きになってた異世界から

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晃さんは黙々と魔法陣を書いて、私は輝雪くんとだべってる間に、戦勝国連盟のおっさんたちも闘技場に降りてきちゃったみたい。貴賓席に居ればいいのになんで降りてくるかなー。
がやがやうるさいのと時折の罵声と、なかなか聞き捨てならん事も言ってる大使たちを、女帝様とルークスさんが抑えてくれてるみたいなんだけど…暴発間近の予感もりもり。

観客席からも「戦勝国だからってナマ言ってんじゃねー!」とか「消えろハゲー!」とか、野次すごい。帝国民から嫌われてんなあ…親善大使なのに。
他にも「殿下が幸せになるの認めなさいよ!」「俺たちのキャシィたんが…!」「いいんだ幸せになってくれればそれで…」「俺ら応援するぜ!」などなど、私たちを励ましてくれる声が大多数。

つくづくこの帝国の人たちはいい人たちが多いな…。

初めて寄った緑煙の町ワイネフーモはミザリーさんとも出会えた町である。
もうすぐ街へ昇格するんだったね。パン屋さんもコスメショップも雑貨屋さんも、素敵なお店がいっぱいだった。街並みや景観が特徴的で洗練された町だったなあ。
退治した魔物の肉を捌いてくれた青水の港町アスルオー…ルークスさんとの初デートもこの町だった。案内所のお人好しなおじさんや屋台の兄ちゃんたちや、港の働くおじさんたちも気のいい人ばかり。

「私、この世界をいつの間にか好きになってたみたい」

帝国しか見てないから他の国は知らないのに、それなのにこの世界が楽しそうだと感じるのは何故だろう。

「俺もだな。聖霊王国を建国する前は世界中見て回ったんだ。あの土地が一等良かったから国を造ったんだけどな…」

まさか他国に侵略されるとは思わなかったと、皇帝陛下の姿で輝雪くんが笑う。
そこで笑える輝雪くんはどこか達観しちゃってるんだろうか。

「私もこの世界が好きですよ。ハツネちゃん…未来はまだまだ続きます。この世界が気に入ったのなら、いつでも遊びに来てください」

そう言ってから晃さんは魔法陣を完成させた。
神様の魔法陣。地球へと、日本へと繋がる"送還の陣"である。

よくよく考えればこの世界の魔法は不思議だ。声で発動する声喩魔法だけかと思いきや、こういう魔法陣も存在する。魔法陣は神様のものらしいけど、神子である晃さんが護符を作ったことにより人々の身近なものになっている。
それから聖霊だけの魔法である聖霊魔法。これはおそらく月神の恩恵だ。
恩恵といえば固有スキル。神の気まぐれなのかなんなのか、稀に顕現するこれも魔法。そして魔力を持たない人の為に、それは魔法道具として、車や船の動力源として、魔力が人々の身近にある世界がこの世界。
衣食住も満ち足りて、楽しかったこの世界とも、もう直ぐお別れだ。

「うん。いつかまたきっと、会えるよね」

私は手首にいつもつけてるブレスレットに触れながら言う。
ここには聖霊回廊と繋がるシャムロック型チャームがついている。

「さてと…これで、魔法陣が完成しましたよ」

でかいなとは思ってたけど、完成するとより大きく感じた。処刑場めいっぱい使っての巨大魔法陣である。そして書いてある言語はやはり意味不明瞭である。一語も読めやしないとはこれ如何に。

陣の真ん中に立って周りを見渡す。
皇帝陛下姿の輝雪くんと、神子姿の晃さんがいて、あの日、三人が召喚されたあの時とは大分姿が変わってしまったけれど、それでもあの日のことを思い出さずにはいられない。

「でっかい魔法陣だねえ」と私。
「神殿の祭壇前じゃなくて処刑場ですけどね」と晃さん。
「いいじゃん。すっげえファンタジー」と輝雪くんが締めくくったら、なんだか笑えた。

まさかここ異世界なの?って三人で悲観したあの日から一千年。
今日という日を、私たちは悲観するどころか笑い合って迎えてしまった。

「おっと初姉ちゃん、忘れ物」

そう言って輝雪くんが指差す方を見やれば、まだ揉めてるおっさんたちの集団が…。その中で奮闘する女帝様とルークスさん。

「俺もハニーを助けなきゃ」

輝雪くんが皇帝陛下の顔でそう言うから、一瞬誰だか分からなくなる。
今のは皇帝陛下だよね。

「よっしゃ。子孫の為にも働きますか」

これは輝雪くんだね。同じ顔で言われるから混乱してきた。
私もルークスさんを助けなくては…と、彼の姿を見定める。
詰るおっさんたちの集団の中に見える見慣れた金髪をはっけーん。守護騎士の正装姿のルークスさんはやっぱカッコエエですわ。
見惚れてる場合じゃねえので、さくっと瞬間移動しましょ。魔法チート万歳。

「ハツネ殿!」
「はい。準備できましたよ。一緒に来る覚悟、してくださいね」

ルークスさんに告げつつ彼の腕を掴んで放さない。
嫌だと言われてもお持ち帰り予定です。

「覚悟など…君と別れるより余程気が楽だ」

その口ぶりだと"送還の陣"について承諾済みですね。教えたのは女帝様だとみた。それならば私も傍に居るカサブランカ様に許可を取ろう。

「カサブランカ様…すいませんがルークスさんを、お婿にもらっていきます」
「うふふ~いいわよ。正直、ハツネさんの花嫁姿が見たかったけれど…」

あ、そういえば来年春の挙式用に花嫁衣裳をオーダーしてるんでした。
これまたミザリーさんに頼んで、お式までに仕上げてもらう予定だったけど、このまま日本に帰れば着れる機会は失われたも同然である。

「貴様ら逃げる気か!?」

と、突然激高してきたのはゼノス・ファリア。
あれだけ冷静そうだった古狸が、どうしてそこまでヒートアップしてるのか知らないけれど、掴んだ腕の先でルークスさんがニヨってるから、ああこれは何か吹き込んだんだなとお察し。

「別に逃げるわけじゃない。正攻法の裁きならいつだって受けるさ。だが、帝国に罪を着せる前に己のことを省みろと言ってやったんだ」

聞けばあの古狸、地元でやらかして都会で羽振り利かせて国庫を荒らした罪で御用となった経歴があるらしい。
詳しくは端折るが、人身売買に密輸、違法薬物取扱に殺人罪などなど、我々よりよっぽど重い罪を背負ってるという。
そんなやつがよくも罪だなんだと人を詰れたもんだ。面の皮が厚いとはこいつのことである。だがその厚い面の皮も、ルークスさんにチクチクと嫌味を連発された上、他にも痛いとこ衝かれたらしく、とうとう剥がれてしまったようだ。
ルークスさん、もしかしてスキルも使った?
感覚に触れて神経昂らせたんじゃないかな。えげつねえ。

「生意気を言うな小僧が─────!!!」

げ。それ仕込み杖だったの?!
気づいたときはレイピアみたいな細剣を抜かれてて、なぜか私に向かって刺突してきた。居合抜きっすか殺生な…!
そんな達人技なんか当然避けれるわけがない。私は普通の婦女子です。
あ、これ殺られると思ったけど、寸前でその剣は止められる。

「ハツネ殿を狙うとは…余程命が惜しくないとみえる」

ルークスさんが剣の平で、仕込み杖の刺突を止めてくれたのだ。
…て、剣にヒビ入ってないか何それどんだけの衝撃ィ?!
そんでもってこの状況まじで危機一髪だ。
防御の護符は持ってるけど対ピステロットさん用だからね。
刺突の物理攻撃は完全に防げたかどうかは分からない。もし刺突を完全に食らって防御できなかったら…それを思うと本当にギリギリだった。
ルークスさんが止めてくれて良かった。というかこれって神業じゃね?!どうして防げたの?私の彼氏すごくね?心臓がドキドキしてるんだけど…。
これは死にそうな目に遭った衝撃プラス私の彼氏が達人級どころか実は神級だった件についての胸キュンである。惚れ直したわー。絶対に婿にしてやるわー。

「───クッ、ソがああああ」

ギャー古狸こっわあ。
剣の腕に自信があったんだね。絶対外さない距離だったもんね。
おそらくこれ、この仕込み杖が最後の切り札。
私を暗殺しようと思ってたなんて、とんだ危険人物である。

「この男を捕らえてちょうだい!」

女帝様の命令で帝国の兵士たちが動く。
だが、それをゼノス大使のボディガードが阻む。

「なんてことしてくれたんだ…!」
「やばいですぞ!」「へましやがって…っ」

我先にと逃げ出すのは、その他の各国代表なはずの親善大使の皆さんである。
ここで逃げるなんて、あいつらもグルとみた。

「全員捕まえなさい!」と、女帝様の声が響く。
そうだね。全員とっ捕まえて尋問した方がいい。現行犯逮捕である。

だが、そんな女帝様の前に根性ある誰かが飛び込み、斬りつけようとした。
え。まさかそっちにも暗殺犯?!カサブランカ様が危ない─────というとこで助けに出てくるのが勇者ヒーローのお約束ってやつだよね知ってた。

「俺のハニーに何してんだ」

ただし口調は皇帝陛下である。
凶悪な睨みで威嚇しつつ敵の刃を手の平で受け止めてる。皇帝陛下すごくない?
あ、よく見たらそれ"次元陣"とかいう防御の盾だ。輝雪くんがよく使ってたやつ。
時空そのものを圧縮した次元の盾なので物理攻撃も魔法攻撃も吸収しちゃうっていう、仕組みが理解不能な上にチートな防御盾だった気がする。ファンタジーだね。

「タツユキ───なの…?」

女帝様もそれどっちか分からないよね。
多分、皇帝陛下に輝雪くんが力を貸したんだと思うけど。

女帝様が狙われてる間に古狸ゼノスが動いた。一旦、剣を引いてからのバックステップで距離を取りつつボディガードに何かを指示する。
指示を受けたボディガード二人がルークスさんに斬り込んで、ゼノスはそのまま逃げるのか…?と、思いきや懐から何かを取り出した。

「ありゃヤバイ」

輝雪くんの口調で皇帝陛下が腕振って何かを飛ばす。さっきの"次元陣"だね。
左手で敵の刃を受けながらも右手で飛ばした"次元陣"は、まるでフリスビーのように飛んでってゼノスの手へ、見事に直撃した。

「─────ッ!!?」

不意をつかれた古狸。取り出したものを取り落とした。

「拳銃?!」

私は驚く。この世界に銃が存在していたんだ?!

「密輸の証拠品だな」

と、ルークスさん。彼はボディガード二人を難なく制圧してしまったようだ。
地面に倒れてるボディガード二人は帝国の兵士たちに猿轡かまされて連行されていく。
逃げ出した親善大使たちも帝国の兵士たちに取り押さえられてる。

「こいつは駄目だ」

と、皇帝陛下の姿した輝雪くんが、カサブランカ様を襲った暗殺者の襟首掴んで見せてきた。うええ。黒い汁みたいなの口から出してるんだけど…。

「毒噛んで死んじまった。プロだな」

輝雪くんの言うプロってのは暗殺のプロってことだろう。
暗殺に失敗したから自死したんだね。口を割らない為に。
マジもんの暗殺者…これはどういうことなのか…私へ攻撃すると見せかけて、カサブランカ様の暗殺が本命だったのだろうか…。

「くそっ!忌々しい…!」

ゼノスが怨嗟の声を上げ、もう一つ、拳銃を取り出した。
もう一丁隠し持ってたとは流石犯罪者。暗殺者仕向けたのもお前なんじゃないかと問い詰めたい。けど、銃身が私に向いてないぞ。
やつの狙いは─────ルークスさん?!

「─────"やめてええええええええええ"…!!!!!」

無我夢中で私は叫んだ。その叫びが声喩魔法を発動させる。

次の瞬間にはバキバキバキィィ─────ッッッと闘技場の地面が抉れ、岩の塊となったものがゼノスを襲い、やつの体を覆い隠す。それと同時に防御の厚い層が展開されて、それもゼノスを中心にして覆われた。
結果、出来上がったのは地面の岩と防護障壁の茶巾包み。中身は古狸である。脊椎反射で魔法放ったから、どういう結果になるか自分でもわからなかったんだよね。
この結果を見て思うことは、私はとにかく元凶である古狸を覆い隠してしまいたかったらしいということ。茶巾包みって…窒息しないかな。
でもまあ攻撃魔法百連発とかにならなくて良かった。さすがにそれしたら死ぬでしょ。

「これは…すさまじいな」
「無事?!生きてる?!大丈夫?!怪我してない?!」

私は瞬間移動してルークスさんに抱きつく。
近距離なのに瞬間移動したのは地面が抉れてて歩きにくそうだったからだ。
決してルークスさんが心配過ぎて心が禿げ上がりそうだったわけでは……
嘘です。禿げそうな上に心臓止まりそうになりました。もう二度とこんな場面見たくないよーううう目の前で愛する人がいなくなる悲しさを、愛しい人に味あわせてしまった私の後悔を、ルークスさんまで感じることないんだよ。
先に死んでいく辛さを身に染みて体験した私からのお願いでした。
とにかく、ぎゅーー。
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