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三柱の世界
恋の成就が奇跡の条件
しおりを挟む帝国の兵士たちはもう囲ってこない。
なんせ皇弟殿下が崩れた処刑場の真ん中で私とチュッチュラブラブしてるから。
そんなとこに槍つきつけるとか無粋の極みでしょ。
しかしこちらは極めてラブ平穏だが、どうも貴賓席あたりが騒がしい。
処刑櫓を壊したあたりから、どっかの国からやってきた親善大使のおっさんたちが、なんかいちゃもんつけてんなあというのは遠目に見ていてわかったけど、そこは敢えて無視してた次第。
女帝様が幕から出てきて、おっさんたちを宥めているのも見えていた。
そろそろ限界ぽいけれど…。
「あやつは処刑を滅茶苦茶にした主犯ですぞ」
「かばい立てする気か」「捕まえるべきだろう」
「兵士は何をしているんだ」
"ふむふむ”で聞いてみるとこんな感じ。私のことで揉めてるねこりゃ。
「帝国もグルなんでしょうな」と、老獪そうな特使の一人が落ち着いた声を出す。
どこの誰だか知らないけれどピンポン大正解。
「帝国をお疑いですか」
「お主の弟があの状態では、そうとしか思えんぞ」
カサブランカ様をジロリとねめつけるようなあの目は…まるで意地悪な舅のよう。
うちの母が父の実家へ行くと爺ちゃんがあんな顔するのにそっくり。
あの人誰?と指差して、ルークスさんに聞いてみる。
「伝統保守国シクムラウトのゼノス・ファリアだ。外郭団体の首領格で国を代表した交渉事にも強い」
ありゃ。てことはあれ古狸だ。人生経験の差で女帝様に勝ち目が無さそうである。
「君を無理やり引き留めたのは私だ。あの爺さんを説得してくるよ」
ルークスさんのその言葉で、抱っこされたままくるくる回って楽しんでた私も、そろそろ潮時なのを知る。
「私も行きます」
ルークスさんを一人にさせる気ないから。
私たちは手を繋いで貴賓席の方まで歩いた。
貴賓席は段々に組み上がった観客席の一部を幕と庇で囲って特別に設えてある。
それぞれ国ごとに個室のように幕で分けてあり、優雅に寛げるスペースのようだ。
相撲の枡席より快適そうである。
その貴賓席を闘技場から見上げながら声を掛ける。
「特使の方々、処刑は中止になりましたので早々に国へ帰られてはいかがですかな」
とルークスさん。どういう説得をするのかなーと思ってたら開口一番に喧嘩売ったから笑えた。実際は笑ってはいないよ。
ちょっと噴き出したけど、大笑いは堪えたから。
「殿下!」「ぬけぬけとよくもまあ…」
「なぜその女を連れてきてるんです?!」
「ふざけるのも大概にしていただきたい」
めっちゃ叱られてるし。
「…本気で、我々の命を狙ったその女とご結婚なさるおつもりか」
古狸にも言われる。命狙ったっけ?ああ、豪華客船パーティーでのことか。あれはパンツ剥ぎ取ろうとしたんですよって言い分は今更か。
「彼女は異世界からの賓客だ。やっと正式にプロポーズしたのに手放せるわけないだろう」
ルークスさん、火に油注いでます。
親善大使のおっさんたちも呆れて物が言えない状態に…ならないね。
「そんな言い訳が通ると思っているのか」
「罪人を庇うなら殿下も同罪ですぞ」
「異世界人だろうと罪は罪。即刻、国際裁判にかけましょうぞ」
古狸が最後に言い放って私たちの処遇を決めた。
他の大使たちも「それがいい」「連盟で陪審員も用意いたしましょう」と喚き立つ。明らかにそれ、私たちに不利な内容で裁く気だよね。こいつら腐れてるわー。
「待って下さい。裁判沙汰は横暴ですわ。二人の身柄は帝国で預かります」
女帝様が前に出て物申す。
さっき処刑櫓を破壊するのに大技の魔法使って疲れてらっしゃると思うのだけど…。そんな不利な事情も垣間見せず、毅然と古狸ゼノスに食ってかかるところが女帝様らしい。頭が下がります。
だけど、おそらく古狸には敵わない。これは勘なんだけど、あの古狸は切り札をまだ切ってすらいないと思う。
「そうやって帝国にベンディケイド・ヴランを預けた結果が、これだ。各々方、この女狐に騙されるでないぞ」
やはり転がされた。女帝様を女狐呼ばわりである。
もしかしてこの古狸…帝国を処刑地にして帝国の出方を窺ってた…?
「帝国が聖霊王国に肩入れするのは必定よな。何せ帝国の皇帝陛下は、在位が短かったとはいえ元聖霊王国の国王も務めた身の上…此度の茶番を書いたのも、異世界人を使ってこのような騒ぎを起こしたのも、すべて帝国の仕業と見るのが間違いなかろう」
帝国の仕業とか言っちゃってるが、この人、本当は全部皇帝陛下の所為だと言いたいんじゃないかな。
もしかして皇帝陛下に恨みでもあるんだろうか。じゃなけりゃ、どうしてそこまで皇帝陛下を貶める言い方するんだろうか。
動機は何にせよ、古狸は自ら特使として帝国に入り、今回の茶番劇をこつこつ調べてたんだろうな…ご苦労様です。
しかしここまでくると万事休す。私たちは国際裁判所まで引っ立てられて国際法で裁かれそうな雰囲気である。
はっきり言ってこの世界に異世界人を守る法なんてない。
国際裁判にかけられたら私は縛り首なんじゃないかなあ…縛り首だなんて野蛮だね…と、のんびり構えてる場合じゃない。
ここは逃げる?こんな奴ら一瞬で吹き飛ばす自信はある。魔王とも対決したリンド・ロットちゃんがあれば、私たちだけ瞬間移動で逃げることも可能だ。
吹っ飛ばして逃げる。私の中の選択肢がこれ一択で埋まろうとしてた時、上の方から声がした。
「俺の噂話をしてるみたいだけど…ゼノス・ファリア、君の手腕も噂で聞いてるよ。国を食いつくす"白蟻"だってね」
皇帝陛下の登場である。
あれ?なんかその登場の仕方すっごく空気読んでる上に格好良くない?
幕を左右にバッとお付きの人たちが広げて、正面の高い位置から堂々と姿を現す。その演出がイケてます。
皇帝陛下の御座所は貴賓席より上段に設えてあるから、高いとこから睥睨すると支配者っぽくていい感じ。おいしいとこどりである皇帝陛下。
「ハニー、待たせてごめんよ」
「タツユキ────……!!」
今まで皇帝陛下がいないなーとは思ってたけど、出て来れなかったのに何か事情があったのかな?
よくわかんないけどカサブランカ様の瞳がうるうるしてますな。
「やはり首魁は貴方か皇帝陛下…」
古狸が立った。女帝様の前じゃ悠然と座ってた狸が本腰を上げたっぽい。
それでも臣下の礼どころか頭一つ下げてないけどね。よく見たら他の親善大使のやつらもつっ立ってて頭なんか下げちゃいない。
私はちゃんとルークスさんと一緒に礼したよ。一礼して顔上げたら皇帝陛下の後ろに晃さんがいるのも見えた。
「晃さん?」
「はい。私もいますよ」
皇帝陛下の背後にそっと控える神子の晃さん。
なんかいつもと違う雰囲気なのは、長い黒髪を複雑に編み込んでいて白い神官服はいつもと違うデザインで長い錫杖を持っているからだろうか。
でもあの姿は前も見たことある。魔王戦の時以来じゃないかな。
晃さんは何かの護符を取り出して、その護符の力を解放する。
次の瞬間、皇帝陛下と晃さんは高くにある御座所から何の予告なく跳躍した。
「─────?!!!」
ここにいる人全員、というか闘技場中の人々が目を丸くしただろう。
驚く人たちを尻目に、皇帝陛下も晃さんも、ゆっくりと処刑場に降り立った。
闘技場中が騒めいている。
まさか皇帝陛下が処刑場までのこのこ出てくるとは誰も思うまい。
てか私だって思いませんでした。ルークスさんもだよね?と彼を見て視線が合ったのでお互い知らぬことだったと確信する。
そんな感じで目と目で通じ合ってたら「ハツネさん、あの人たちのところへ」と、女帝様の声がした。
振り向けばカサブランカ様まで闘技場まで降りてきていて、なぜかまだ瞳うるうるのまま私を促してくる。
「カサブランカ様、いったい…」
「ハツネさん…あなたに逢えて良かったわ。今までありがとう」
はい?なんだかお別れの挨拶みたいですが、本当にいったいどうしたのでしょう。
「ルーちゃん、どんなことがあっても、お姉ちゃんはあんたたちの味方だからね」
「姉君…?」
二人してハテナーになってるところへ声が掛かる。
「おーい、初姉ちゃん」と─────。
はいいー?益々に不可解な展開だよ。
初姉ちゃんと私を呼ぶのは皇帝陛下である。その呼び名で呼んできた野郎は過去に一人しかいない。その一人ってのは輝雪くんだ。
それがなんで皇帝陛下の口から…?
疑問に思いつつ皇帝陛下と晃さんのいるところまで走った。
「…んな、なんで?!陛下…?」
「お、びっくりしてるね。初姉ちゃん」
「きちんと説明しないと、輝雪」
て、晃さんまで皇帝陛下のこと輝雪って呼び出した。
いくら皇帝陛下が千年前の勇者である輝雪くんにそっくりとはいえ、それはないんじゃ…と考えを巡らせ、そして皇帝陛下をもう一度見やれば…あれ?不思議なことに輝雪くん───勇者姿の彼に重なるではないか─────。
「うえええ輝雪くん…まさか皇帝陛下に乗り移ってるの?!」
「そういうこと」
「だから説明端折りすぎだって」
「説明しなくても判ったんだからいいじゃん」
「ほんとにもう…」
呆れ声の晃さんであるが、彼は黙々と処刑場の地面に錫杖で何事かしている。
最初は錫杖で櫓の残骸をどけてるだけだと思ってた。でもその残骸は一定の高さに積まれ、線になり壁になり…だんだんとその実態が浮かび上がるに連れて、これは巨大な魔法陣の枠組みだということがわかった。
枠組みが出来たらその間に文字が書かれていく。見たことのない文字だ。
「すげえな晃。あの日に見たのとそっくりじゃねーか」
輝雪くん、皇帝陛下の姿でその口調は…とは思うけど、今はそれより魔法陣である。
あの日というのは千年前、私たちが召喚されたあの日に三人三様で驚いた時にみた魔法陣のことだね。
「伊達に千年も年食ってませんよ。あの日の魔法陣は双陽神が我々を地球から召喚する為に敷いた陣ですが、これは少々改良して、この帝国と日本を繋ぐ送還の陣です」
えええ事も投げに晃さん言ってるけど、それ、神様の使う魔法陣ってことだよね。
神様の魔法陣だからか書かれてる文字が漢字じゃなくて知らない言語なんだね。
これって何語だろ。神語?一文字も理解不能なのでもはや宇宙語の域である。
しかしピンポイントで日本に繋ぐって…それってもしかして…。
「わ、私、日本へ帰れるの…?」
「ああ。最初っからその条件だからな」
輝雪くんや、条件ってどゆこと?たぶん"奇跡の条件"ってやつだろうけど、私が転生する条件は"もう一度同じ人生を歩む"じゃなかったっけ?
「あの時もし魔王に殺されてなかったら、初音ちゃんは光の騎士と日本に帰るつもりだったでしょ」
「え……確かに。でも、私の人生はもう上書きされてて」
「それだよ初姉ちゃん。転生してそれまでの地球での人生を上書きし終わった。そこで最初の"奇跡の条件"は満たされてる。だったら、なぜピチピチ女子高校生の初姉ちゃんじゃなくて、大学卒業して色っぽくなった社会人間近の初姉ちゃんがまた召喚されたと思う?それも帝国に、だ」
ちょこちょこ聞き難い点がございましたけれども、輝雪くんの言わんとしてることは概ねわかりました。
ただ胸倉掴んでぶっ飛ばしたい衝動に駆られるが、そこは見た目が皇帝陛下なので衆目前でやっちゃいけません。私は分別ある大人だから拳をぶるぶる震わせるのみである。
で、それで、私が再度召喚された理由てなに?何も思いつかなくて、助けを求めるように晃さんの方を見た。晃さんは魔法陣をある程度書き終えたのか、腰を真っ直ぐ伸ばしてから教えてくれた。
「それが二つ目の"奇跡の条件"ですね。条件の内容は"恋の成就"……つまり、光の騎士と叶えられなかったことへの再チャレンジってとこでしょうか」
再チャレンジ…。光の騎士と死に別れたことへの再チャレンジ…。
再びこの世界に召喚されてルークスさんと出会って、ここまで順調に愛を育んできた。そして今日、ルークスさんにプロポーズされて条件は達成されたということだろうか。
「"奇跡の条件"ってのは条件が厳しければ厳しいほど、起こせる奇跡は計り知れないんだと。俺もな、残り少ない人生かけて未来を視に来たんだ」
と、輝雪くんがここにいる理由やっと説明してくれるみたいだ。
聖霊王国を築き上げて「俺の人生悔いはない」と思った晩年、どうしても行く末が気になったのが一緒に召喚された仲間である晃さんと私のこと…。
残りの寿命を削ることを条件に、私たちの未来の分岐点へ立ち会えることになったんだそうだ。
「俺の寿命もやるもんだよな。初姉ちゃんが旦那捕まえて帰る手伝いが出来るなんてさ」
「輝雪くん…」
だからってあんた寿命まで削らんでも…。
勝手に瞳が潤んできたよ…。
「泣かないでよ。俺も初恋が実らなかったからさ。初姉ちゃんが幸せになってくれたら嬉しいんだ」
エリカシアさんのことかあああ…それ言われると辛い。
「あと、その衣装色っぽいよね。萌える」
敵の女幹部サイコー!とか…。
だからさそれ皇帝陛下の姿で言わないで。自重を求めます。
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