衣食住に満たされた異世界で愛されて過ごしました

風巻ユウ

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三柱の世界

いざ健全な悪の道へ

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今回の話から茶番劇が始まります。
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晃さんの書いたシナリオはこうである。
ナハルマタ・スカサイリア帝国の首都ブレイムナハト。
通称帝都では最近、謎の怪事件が発生する。
魔物のように怪しげな獣や怪人が夜な夜な現れ人々を襲い始めたのだ。襲われた人たちは一様に大事なものを奪われており、全員が一様に泣き伏している。

「大事なものって…パンツっすか」
「履いてなかったら力が出ないでしょ」
「そうかもですけど…」
「もしお気に入りの一枚だったら元気なくすでしょ」
「そうかもですけど…」
「誰も死なせない怪我もさせないがモットーの悪の組織ですから」
「健全な悪の組織ですね」
「もちろん洗脳も密売もいたしません」

お子様にも安心してご参加いただける健全な悪の組織です。
ですが組合員募集はしてません。あしからず。
パンツ取り上げる発想はあれかな。カテル氏のセクハラが原因かな。変なところから着想を得てしまったものだけど、平和的な"襲う"の実績を残すにはいいかもね。

あれから毎朝、晃さんはその日のシナリオを私に届けてくれてる。
機密保持の為にも直接私へと届くよう毎度手渡しである。
最近は晃さんが鳴らすチャイムの音で目覚めるようになった。お待たせしてすみません。ここのとこ夜に活動してるので寝不足であります。

そう、何を隠そう夜な夜な現れる怪人とは私のことである。
そして魔物のように怪しげな獣というのはアザレアさんの聖霊姿である。

「正義の味方じゃなくなるけどいいですか」
『シナリオ読んだわよん。こっちの方が私らしいじゃなーい』

異議を唱えることもなくノリノリで悪の怪獣役をやってくれるアザレアさん。
天馬姿は神々しすぎてどうみても悪役にはならないので、馬用の合羽を被って燐光を消してます。額の角や背中の翼は、なんと黒色だ。私たちが変装する時にも使ってた髪色を変化させる聖霊魔法でドス黒く染めたのだ。いいねいいね。闇堕ち感があるよ。闇天馬とでも名付けようか。ダークな雰囲気で格好良いです。
私はそんな闇アザレアさんと一緒に、黒色のローブで黒フードを被り、そして目撃者に印象づけるようド派手な魔法の杖リンド・ロットを所持してパンツを盗んでいるわけである。パンツをな…変態行為だよな…シナリオだからしゃーないけど……これはもう痴女だよな…。
このことはあまり深く考えないようにしている。
コスプレ時と同じだ。合言葉は「私は女優うううう」

そんなことを一週間ほど続けていたら、遂に帝都の自治組織である憲兵隊が動き、兵士たちが襲撃スポットを重点的に巡回し始めた。
辻角でも見張りの兵士が立つようになり、夜なのに帝都は俄かに明るく、そして賑やかになってゆく。

「今度からは口上を述べてください。我々は聖霊の復讐心から行動している闇の組織であると目的を告げるのです」
「私の台詞多くないですか?台詞回し難しくないですか?」
「暗記してくださいね。今から演技チェックしましょう」

ひい。晃さんがスパルタです。

『頑張れハツネちゃーん』
「アザレアさんも一緒に練習するんですよ」
『えー馬に台詞なんかないわよお』
「ポーズがありますよ。私と合わせてキリッとしたお芝居してください」
『しょうがないわねえ』

アザレアさんは文句言いながらも私の素人芝居に付き合ってくれた。
そういえば前にも高級レストランでこういうこと一緒にしたよね。
私たち"降臨の絆"のおかげなのか息ぴったりだから、演技もそれなりに様になっている。ただし晃さんの指導は厳しい…。

「はいはい。手は右斜め上突っ切るように鋭くですよ。決めポーズに抜かりがあってはなりません」

あの優しかった神子様が演技の鬼になってるんだぜ。

「本番では高いヒール履いたまま戦闘シーンがありますからね。もうちょっと鍛えといてください」

最後に言われたのがこれである。鬼コーチにも程があるんだぜ。
体力のない私になんたる仕打ち…。
夜は筋トレしようかな。そして朝はランニングでもしようか。
ルークスさんに相談したら早速、朝トレーニングのメニューを考えてくれた。

「これからは毎朝一緒にやろう」

にこにこ笑顔で言われたので断れるわけもなく…。
夜は怪人をして、朝はトレーニング、昼はお稽古という未だかつてない筋肉酷使の日々が始まることになった。眠いよー。



<ACT1:両雄相見える>

─────夕闇が色濃く辺りを染め始めた頃。
帝都の色街で、その日、事件は起こった。

ドッカーーーン……!!!

辺りに響く大きな爆発音。次いで、ドン ボカン ガンッと、連続して何かが破裂したような音と物がぶつかる音など。

「きゃあ!」「なんだ?!」「どうしたってんだ」
「家が吹っ飛んだ…!」「屋根が…!」
「瓦礫が降ってくるぞ」「逃げろ!」

落下物を避けようと人々が散らばる。
その誰もが突然のことに戸惑い何が起きたのか把握も出来ないまま逃げ出すのみである。爆発が起こったのは一つの店舗だ。色街にある何の変哲もないいかがわしいお店だが廃業していた。だから店の中に人がいなかったのが不幸中の幸いである。

「火を消せー!分隊は消化作業だ!」
「火の巡りが早いぞ」「大丈夫だ落ち着け消せる火だ」
「住民の皆さんは速やかに避難してくださーい」「乗馬兵、伝令走れー!」

一刻もせず通報を受けた憲兵隊が集まり、周辺の安全状況が確認されていく。
帝都はこういった緊急事態には強い。
ごく偶に魔物の襲撃やテロのようなことも起こるからだ。常の備えとして憲兵隊が配置されていて、いざという時の防衛は名を冠した騎士たちが行っていた。
今現在、爆発の影響で火が起こってしまい、憲兵隊はその消火作業に苦戦しているが、各隊長の素早い指示で住民の避難は完璧なようだ。

「ブライヤ、何が起こっているか把握できているか」
「はい殿下」

ピシッと敬礼を決めた総指揮官であるブライヤ隊長は、この場に皇弟殿下が現れたことに大した疑問を持つこともなく、淡々と報告する。

「爆発が起きた場所は、この色街の中心にありながら空き店舗だったようで人的被害は今のところありません。ですが爆発による飛来物、避難時の転倒、それから未だ消し止めきれない火事による被害は広がる一方です」
「そうか。ならば憲兵を総動員して対処しろ。来たる道で、不審人物が爆発騒ぎを起こしたと噂を聞いた。それについては把握しているか」
「一応報告は受けております。ただその人物の特定は出来てません。噂だと、例の…ここのところ帝都を騒がせている怪人ではないかということですが…」

ブライヤ隊長がそこまで述べた時だった。
闇色の空より不気味な声が降ってきた。

『うっふふふふふ…逃げ惑え。聖霊をないがしろにする人間どもよ』

二人は声のする方を見上げた。
燃え盛る店舗より真向いの家の屋根に、暗闇の色を纏った人物と魔物のようなものが居て、こちらを睥睨している。
人物の顔は満月からの逆光になっているから性別すら判別できない。
だが、目のところだけを隠す仮面のようなものを付けているのは薄い月明かりでも確認できた。そして最も特徴的なのがその黒髪だ。黒髪の人物などこの世界には存在しない。いや、聖霊王国の王族と帝国の神殿に住まう神子のみが持つ特徴ではある。だが、おいそれやたらと存在する色の髪ではなく、その目立つ色合いからして見間違えるはずもなく、一度見たら忘れるはずもない。

───黒髪は異世界人の持つ特徴である。

皇弟殿下はその特徴を持つ人物に心当たりがある。だがそれは絶対にあってはならないことだあるはずがないと、その可能性に至る思考は首を振って打ち切った。
代わりにその衣装を観察する。衣装も黒い。闇色に溶け込むような黒で、月光に映えるシルエットから、裾の長いコートみたいなものを羽織っているように見える。

「貴様は何者だ!近頃、市民を脅かしている怪人か!」

皇弟殿下が叫ぶ。怪人の声は降るように響くのに、こちらの声は張り上げないと届かなそうだったからだ。

『そういえば名乗ってなかったねえ』

黒いシルエットの怪人がニヤリと口を歪めて笑った気がした。
僅かな月光が、その唇に引かれた白銀のリップラインを煌めかせる。

『初めまして卑小な人間どもよ。我々は聖霊の復讐者サンファントモ・ベンデッタ…貴様らに忘れられし神、"月神"に仕える使者であり聖霊の代弁者である。我のことは月光仮面キャロディルーナ・キャシィとでも呼んでもらおうか』

怪人の声は普通の声量なのに、この色街全体を覆うようにして響き渡る。おそらく音声拡大魔法あたりを使っているのだろう。
魔法を使ってるにしては呪文が聞こえなかったが、怪人が手にしているド派手な杖がチカチカと明滅しているから、あの杖はきっと魔法道具か何かで魔法を補助している物なのだろう。

「ではキャシィ…君は女性だな。こちらの声が届いているならば問う。質問に答えろ」
『フン。貴様の愚問に答える義理などないわ』

月光仮面キャロディルーナ・キャシィとやらは皇弟殿下の言葉を戯言と一蹴し、鼻で嗤う。

『見たところ、お前らが現場責任者だね』
「───何っ?!」
「────っ?!」

一瞬で彼女は消え、また一瞬で皇弟殿下とブライヤ隊長の前に現れた。一体どういう魔法を使ったというのか。二人には想像すらつかなかった。
その煌びやかに光る魔法の杖は伊達じゃないということだろう。彼女が杖を振りかざす度に強力な魔法が繰り出されるらしい。
事件の発端となった爆発も、きっと彼女が起こしたのだ。あの杖で…。
そう思うと、彼女が怪人だと騒がれるのは、パンツ一枚剥ぎ取る所業よりも、その杖を使った攻撃魔法や未知なる魔法に脅威があるのかもしれない。
ブライヤ隊長は、近づいてくる怪人を一層に警戒し気を引き締める。
皇弟殿下は逆に、警戒するどころか怪人に対して親し気に語りかけた。

「現場責任者はこちらの彼だ。私は守護騎士ルークス・ブリュグレイ・オルデクス」
『ほう。オルデクス家の者かね。こんなところで遇するとは奇遇よな』
「私のことを知っているのか…。君の目的は何となく分かったが、いくら復讐とはいえここまでする必要は無いだろう。無差別に民家を爆破するなど、これではテロリストと一緒だ。君はここで大人しく投降するのが身のためだと思うがね」

説得を試みた皇弟殿下──ルークスであるが、怪人のキャシィは腰に手をやり胸を張って、またもや「フン」と鼻で嘲笑う。

『甘っちょろいな。お前に我らの復讐心が理解できるわけがない。お前らは聖霊に何をした。恩恵ばかり享受しておきながら、彼らの苦難に際して何をした。爆破したこの店では過去に聖霊果実が不法に取引されていたのだぞ。知っていたか?帝国が裁かねば我が裁くまで。罪は罪。我が聖霊の代弁者として復讐をしたまでよ』

彼女の言うところは本当である。
聖霊が降臨する前段階の姿である聖霊果実は、聖霊王国で厳重に管理されているはずなのに、どこをどうかいくぐってか裏の道へ流れてしまうことがある。
行きつく先は今回爆破されたこの店だ。見た目は普通の風俗店なのだが、裏では薬や人身売買をはじめ聖霊果実の不法取引まで、あらゆる犯罪の温床になっている。
今は廃業したようだが、確かにこの店は裁かれるべき店だったのだ。

「それに関してはこちらの不手際だ。皇族の一人として嘆かわしく思う。だが、罪に対して罪で復讐するのは良くない。君が犯罪者になる必要は無いんだ。だからこういうテロまがいなことはやめてくれ。安全に暮らしたい民が怯えるだけだ」

『だから……それが甘っちょろいと言うんだよ。既に復讐は始まった。これまではぬるくて申し訳無かったわ。お前らの羞恥心を煽るだけの小犯罪じゃもうダメね。これからは今回みたいにド派手にしていくよ。精々、我の後を追ってきておくれ…』

そう言うなり怪人キャシィはルークス殿下との距離を詰め、彼の顔を下から見上げた。二人の身長差は30センチくらいだろうか。
怪人は意外と小柄な女性であり、唇を彩る白銀のリップが蠱惑的でもあり、そして何より着ている黒衣が魅力的である。特に短いスカートにスリットが入っていて、彼女が動く度に隙間が広がり生太腿が垣間見えるのがいい。
…ルークス殿下は不意に鼓動が高鳴るのを感じた。

『ふふっ…色男さん』

怪人キャシィの方もルークス殿下に興味を持ったかのように呟く。
呟いた後は黒いコートの長裾を翻し、その場を立ち去ろうとした。

「…っ、待て、どこへ行く。話は終わってないぞ」
『…我は必ず復讐を遂げる。また逢う日もあろう』

いつの間にか怪人キャシィの横には黒い角と翼を持つ黒馬が侍っており、それは一連の騒動で騒がれていた馬の魔物だと思われるが、角や翼があることから天馬じゃないかと推測される。
彼女がその馬面を撫でているところを見るに、怪人と黒天馬は心を共にする仲間なのだろう。
その姿を瞳に映したルークス殿下は微かに胸を痛めたのだが、その嫉妬心には、まだ気づいていない。

黒天馬は黒い羽を広げ地面を蹴る。
背には怪人キャシィが跨り、闇の夜空を駆け上がっていく。
やがてその姿が月影になっても、ルークス殿下は彼女を【目】で追っていた。
皇族に赦された固定スキル【感覚分離】の【目】は、気になる彼女がアジトと思わしきところへ帰り着くところまで、追跡したのだった。
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