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三柱の世界

魔法の杖ことリンド・ロット

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昼食に焼おにぎりをもりもり食べたカテル氏は忘れ物を受け取ってから元気に手を振って帰って行った。
…忘れ物っていうのはパンツだったっぽい。パンツ…なぜ晃さんの部屋に忘れていったのかは謎。そこは妄想でカバーしておこう。

「なんなんだよカテルくんはもう…」

両手で一個のおにぎり持ってリスのように頬張ってる晃さんである。
哀愁が漂ってるね。そしてパンツが無事に見つかって良かったですね。
ベッドと壁の間に挟まってたらしいよ。だからなんでそんなとこにそんなもん忘れるかな…。

「ドンマイ晃さん。あんなのとずっと付き合ってて大変でしょうけど好きになっちゃったんならしょうがないですよ」
「…んー…もう、いいや…そういうことにしといてください…」

益々落ち込んだけど、どうしてだ。

「相変わらずハツネ殿は相手の傷を抉るように指摘するな。だがそこがいい」

うんうんと頷くM属性なルークスさんは無視して、私は晃さんに言う。

「こんな時は楽しいことを考えましょう。丁度、面白いことを進めてるんです」
「面白いこと?」

ふっふっふ。ここで私は昨日話し合った"正義のヒーロー"と"悪の組織"についての考察を披露した。
話し出すのを前に、この部屋全体に防音と人避けの魔法をかけたのは言うまでもない。なんせ殊は秘密事項。
帝国のプライドも賭けた一大エンターテインメント話である。

「へえ~…処刑をぶち壊すなんてスカッとしそうですねえ」

晃さんならそう言ってくれると信じてました。
絶大なる信頼感を確かめる為にも思わず晃さんにハグしたいくらい。
だがそこは横にルークスさんがいらっしゃる関係上できませぬ。

「ハツネ殿、まだ宮殿に帰らないのか」
「せっかくだから晃さんも巻き込んじゃいましょうよ」
「神子殿もか…別に構わないが、迷惑じゃないだろうか」

そんなこと言ってるけど、ルークスさんだって晃さん引き込んだ方がメリットあるって気づいてるはず。チラッと晃さんの方を見て、それから「協力してもらえるだろうか」と改めて口にした。
そういうお仕事モードなとこも好きですよルークスさん。
「私でよければ」と晃さんも大人な対応ですね。二人はもしかして気が合うのかも。二人ともが周りに合わせれるタイプだものね。

「じゃあ晃さんはシナリオ構成と監督あたりでお願いします」
「大層な任を任せられましたが強制ですか」
「ほぼ強制です。だって大元のアニメを知ってるじゃないですか」
「確かに。大体のヒーローは初代から知ってますね。レンタルで観たんですけど」
「私より知識豊富ですし」
「まあ、論文を書くのに必死で視聴しましたからねえ…」

大学時代の苦い思い出を遠くを見つめるような瞳でしみじみされると、私も試験のレポートと論文地獄を思い出す。三本くらい重なった時の悲壮感ったらありゃしないよ。
ところで晃さんて元保育士さんじゃなかっただろうか。そこまでアニメ視聴しなきゃいけないものなのだろうか。

「半分以上は趣味です」

ですよね。しかし趣味がアニメ制作とかすごくないですか。
しかもそれを職にしてないって…才能埋もれてないですかいいですか。
…はっ、その才能を発掘したのが双陽神てことか。改めてこの世界の神子に晃さんを選んだ双陽神の慧眼とやらに感服しておこう。

「思うに、これは一種のショーみたいなものですよね」
「ですね。喜劇と言われればそうですが、目的はディケイド様を保護することです」

私たちは一生懸命に処刑をぶち壊せばいい。あとのことは帝国にお任せである。

「だったらもう今から仕込んだ方がいいと思うんですよ。本番でのストーリーに深みを持たせるためにも」

そう言って晃さんは意味深に笑った。
アザレアさんやヒースラウドさんにも言われたことなんだけど、私は当日の処刑ぶち壊しショーでは、正義の味方ではなく悪の組織の方で活躍したらいいんじゃないかということだ。

「悪の女幹部なんていい響きじゃないですか」
「…エリカシアさんのポジションですね」

以前この世界へ召喚され魔王を倒す旅の最中、魔王の配下だった聖霊のエリカシアさんは勇者に惚れて魔王を裏切った。
私も同じような役どころにされるらしい。台詞多そう。ドキドキである。

「惚れる相手は決まってますね」

当然、殿下にである。既に惚れてるので役作り的には問題ない。
なのにルークスさんはどこか不満顔なのである。

「ちょっと待ってくれ」

しかも物言いをつけてきたぞ。
なんだよう。なんか文句あるんだろーか。

「神子殿がシナリオを書くんだよな」
「そういうことになりましたね」
「では、ちょっと話しておきたいことがある。ハツネ殿は…」

と、私の方をチラ見してきたのでここは空気を読んでお話を聞かないよう席を外した。同じ部屋の中じゃ聞こえちゃうだろうから外へ出る。
男二人で内緒話とか…変な話じゃないだろうから別にいいけど…気になるなあ。
後ろ髪は引かれるが仕方ない。私は空気を読む女である。

神殿内を歩く。部屋の前でボーとしてるのも辛かったので、つい足を進めてしまったのだ。そして気づくんだ。私は劇的方向音痴であることを…。

「…ふっ。ここはどこだろうね」

荘厳華麗なアート天井と幾何学模様の床が織りなす素敵なホールへと足を踏み入れてしまった私は、なんとなく格好つけて自身の方向音痴加減を呪っていた。
ホールの中は冷え冷えとしていて家具すらない。何の目的の部屋かも分からず、ただここへ来てしまったことを今は後悔だけしている。
だってね、ホールの中央には、入った時には誰もいなかったはずなんだけど、なぜかそこに神が現れちゃったから。格好つけてる場合じゃない。

『よお、稲森初音。あの後にしたセックスは、すっげえねちっこかっただろ。やきもち妬かれて。大変だったな』

双陽神の男神ラオルフさんよう。セクハラ発言だぜそれ。人の性事情を話題に出すんじゃない。

『労ってやってんだろうが』

だから勝手に人の心を読むな。

『ちっ。お前ってほんと可愛くねえ』
「こんな可愛くないの見つけてこの世界に呼んだのおたくじゃなかったですかねえ」
『そうなんだよなあ。最初に見た時は純情で素直なティーンだったんだけどなあ』

今は捻くれて捻じ曲がってるとでもいいたいのだろうか。

「それより月神はどうなりましたか?ミルビナさんもいないようですが…もしやルノさんと一緒なんですか?」
『ああ。ミルはルノと一緒だ。もう放す気ないんだとさ』

げんなりした言い方を見るに、相当だね、ありゃ。神が神を拉致監禁とはやりますなあ。人より神の方が絶対恋愛ドロドロだよ。

「してラオルフさんは何の用で?私の呪い的迷子癖を治しに来てくれたんですか?」
『確かにここへお前を呼んだのは俺だ。他にもお前が会うべき人物に会えるよう運命干渉もしてた。それは認めよう』

ん?その言い方だと…ま、まさかこの劇的方向音痴はお前の所為だというのか…!

『必要なとこで必要な人物と出会えた。まさに神業だろう』

うんうん頷いて自画自賛すな。お前の所為でこちとらいい迷惑だ。
晃さんと会った時はカテル氏との壁ドン見ちゃったし、ヒースラウドさんの弟ピステロットさんに会った時は兄弟が不仲なことを知ってしまったわ。
あれあれあいつら絶対意味深なんだぜ。ある意味ご馳走様です。

「よーし。ちゃっちゃと用件を聞こうじゃないですか。早くしないと私渾身の右ストレートが火を吹くかもですぜえ」
『なんでそんな雄々しいのか知らんが、お前への用事はこれを渡すためだ』

と、ラオルフさんが気軽にポイッと投げたものは、なんだか細長く大きくごてごてっとしてて……て、これ私の杖じゃないか?!こんな派手で重いもん気軽に投げて寄こさないでくれますううう?!!
勢いで受け取りはしたけど、杖先の飾りがごちゃごちゃしてて重量があるので、手にした瞬間よろめいた。うおっふ。直ぐに「"トリのハネ"」と唱え、杖の重さを変える魔法をかける。実は魔王戦の時もこうやって使ってたんだ。だってこれ重いもん。か弱い私の腕力では、呪文唱えて振り回してる間に限界がきて杖落としちゃうからな。

『おう。俺特製の魔法の杖、可愛いの集合体リンド・ロットだ。壊れてたの直してやったんだから感謝しろ』

上から目線で、なんつーセンスの無い名前をつけてくれてやがってますか…。
辛うじて読み方は可愛いかもだけど翻訳センスがイマイチである。

「相変わらずハートやら星やらがごってごてしてますね」
『女はそういうもん好きだろうがよ』

うーん。すべての女子がそうじゃないと言い張りたいとこだけど、魔法少女はなんかこういうの持ってるちゃあ持ってるね。私は魔法少女枠…なのか…?

『面白い計画してんだろ。その杖のデビュー戦に丁度いいじゃねえか』
「デビューする気ないっす。マジかんべん」
『どうせ際どい衣装とか着るんだろ。パンチラしない魔法教えてやろうか』
「それはありがたい」

ラオルフさんにしては良いこと言いましたね。
それから私は、一応神様な彼に色々な魔法を教えてもらったのだった。
杖を手にしたら魔法について知りたくなったのだ。不思議だね。

「…それで、条件つきの魔法って私にも使えるんですか」
『やってみりゃ分かる。ただし奇跡となると神にしか起こせねえから注意しろ。もし人が奇跡を起こしたかったら神に祈ることだ。祈りによって神を動かすことができるかもしれねえ。強く願えば叶うこともあるだろうよ』
「強く願えば…それで月神の呪いって解けないですかねえ」
『八咫神晃に聞いたか』
「月神を救う手立てがあるとしか…」
『月神への信仰が戻ればいい。不可能な話だがな』
「もしかしたら私やルークスさんが月神を救えるかもしれないって…前に言ってましたよね」
『未来への希望的観測だ。今、本当に出来るとは思わん。稲森初音、お前は色々と規格外だが神を救うにゃまだまだ人生経験が少ない。魔法使いの道を歩めばいつか大魔法使いになれる素質はある。人のトップに立った時にまた見えるものもあるだろうよ。そしてそれからだ。月神ルノを理解した上で巨大な信仰力と奇跡が重ならねえ限り、多分、月神の呪いは解けねえ』

難しいことというか、それ絶対不可能じゃないかってこと言うなあ。
信仰力なんか"忘却の呪い"がある限り、各地に神殿を建てたり布教したりしても、どんどん忘れ去られて元の木阿弥になること間違いなしだろう。
奇跡を起こすにも条件が厳しすぎる。月神のことも、所詮は赤の他人な私では理解できないだろう。それこそ身内じゃない限り…身内?

「聖騎士のカテル・グリンデュアは月神ルノの実子だと伺いましたが、本当ですかね」
『そうだな』

双陽神まで認めてしまった。やつは本当に月神とエルフの子だと。
あのチャラいのが…世の中、摩訶不思議である。

「ハツネ殿、こんな所に居たのか」

ルークスさんの声が響く。私は振り返り「はい」と答える。
もう一度振り返った時には双陽神のラオルフさんは消えていた。
本当に杖渡すだけの用事だったんだね。

「探したぞ。どうしてこんな所にまで迷い込めるんだ」
「その謎が今、解決したとこです」

全部、双陽神のお導きということで。

私は新しく授かった魔法の杖を左右に揺さぶって反応を確かめた。
うん。手に馴染んでる。前より振り幅が短くなって扱いやすくなってる。
ラオルフさんグッジョブでーす。

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おにぎりを食べる前にはきちんと手を洗いましたよ
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