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三柱の世界
紫鳥の国からの使者
しおりを挟む全体会議も終わったことだし私は念願の米探しに出たいと思う。
パスタやパンも美味しいけど、やはり日本人心の友である米は欠かせない。
こちらの世界に来て三ヶ月とちょっと。日に日に恋しくなっていくお米への愛。
この気持ちはもう恋にも等しい。アイラブお米。
「そんな訳で私はもう我慢できないのアザレアさん」
「あらまあ~気持ちは分かるような分からないようなそれでいて理解し難いけども…」
要するに分からないんですね。
随分と婉曲に理解を示そうとしていただけたのはありがたいですが、このお米愛は米が主食の国出身じゃないと心底の理解は不可能と思われます。
「聖霊王国にあったりしませんか米こめお米」
「無いわねえ。勇者もシオリちゃんもその辺、無頓着っぽいわね」
輝雪くんめ米くらい栽培しといてよ。シオリ様は大和撫子なイメージなのに米は無くても平気だったというのか…。
ショック受けつつ文句垂れててもしょうがないので自力で探さねば…!
そうだ。晃さんに聞けば何か分かるかもしれない。
緑茶を自前で栽培している晃さんのことである。
きっと米についても何か拘って内緒で稲作してるかもしれない。
そんな期待までかけて私は神殿へ出掛ける準備をしようと、アザレアさんのお部屋を出た直後のことだった。
『ハツネさん今ちょっといいかしら。緊急でお話があるの。こちらまで来てちょうだいな』
天女の美声が降ってキターーー!!女帝様の固有スキルは【耳】と【口】それと【第六感】に特化した【感覚分離】らしい。ルークスさんから聞いた。
【感覚分離】は、この国の皇族にしか発現しないといわれてる固有スキルだが、すべての皇族が等しく授かってるものでもないという。
まったくスキルが使えない皇族もいるし、女帝様のように一部特化する場合もある。その中でもルークスさんは存在する感覚ならどれでも使えるというオールマイティ型で、皇室始まって以来の発現の仕方で大変珍しいんだそうだ。
ふむ。それって天才とか言いませんかねえ。
とまあ、その【感覚分離】の【口】で女帝様がわざわざ私まで声を飛ばしたということは、これまた大変珍しいことである。
よっぽど切羽詰まってる緊急の時くらいしか固有スキルを持たない人へは【感覚分離】しないと聞いているので、こうして私へ声を届けて下さったということは本当に緊急事態なのかもしれない。
ルークスさんなんて一緒に寝る度に使って来ますけどね。主に快楽のために…。
でも今はマジもんである。カサブランカ様からスキルを受けたのは、初めてお空から天の声を拝聴した時以来である。
私は急いで女帝様のおわすであろう執務室へと向かったのだが、途中でここはどこ私は誰状態になった。
ええ。私、ナチュラルに方向音痴なの忘れてたよ。うろうろ迷う。
あっち行ってもこっち行ってもさっぱり訳分かんなーい。
おおおおどうしようと途方に暮れたところでいきなり誰かに肩を掴まれ「ぎゃああああああ」と叫んだ。
「すごい声だなハツネ殿」
「ル、ルルルルークス、さん…!」
なんだよ。あなたでしたか。声くらいかけてくれればいいのに無言で肩掴むからびっくりしちゃったじゃないか。
「もう少し可愛い驚き声を期待していたんだが…」
どっかのカテル氏みたいなこと言わないでください。
聞けばルークスさんも姉君に緊急だと呼び出されたという。
なので一緒に行くことにした。むしろ連れてってください。私は迷子です。
そっと手を差し出したら、ぎゅっと握ってくれた。
「こういうとこは可愛いな」
過剰な期待はしないでいただきたい。
咄嗟の時に可愛い声でる人なんていないと思う。
てか可愛い声ってどんなんですか。「きゃっ」とか「ひゃあん」とかですか?
それをアニメ声で美少女にされたら確かに私も悶えるかもしれんが現実では有り得ないよ。でもなんだか悔しいので握ってもらった右手を引いてスっと距離を縮めてから、左手でルークスさんの引き締まった臀部を撫でてあげた。
「ハ、ハツネ殿?!」
「ほら、可愛い声なんか出ないじゃないですか」
「いやいやそれは男に期待するのはおかしくないか」
「こういうセクハラに男も女もありませんよ。尻撫でられたら可愛い反応を要求します」
「無茶言わないでくれ」
「私だって無茶ぶりされました」
自分に出来ないことを他人に求めちゃいかんのです。それを体で分からせたまで。
だから今、たとえ尻なでなでが楽しくなっちゃって尻もみもみに変わろうと意味はないのです。
「勃ったらどうするんだ」
「え。感じてるんですか?」
「責任とってもらうぞ」
「あえーと、カサブランカ様に呼ばれてるから今は駄目ですよ」
「まったく…緊急事態でなければ今すぐにでも暗がりに引きずり込んで押し倒してるところだ」
おっひゃあ。あっぶね。エロ殿下は危ない殿下だったの忘れてたよ。
尻掴んでた手を慌てて引っ込めた。
もしかして監禁フラグってまだ折れてないのかな…?
知る限りの嫉妬の芽は摘んだつもりだったけど、まだ残ってるのかそれともこれから芽生えるのか…。未来のことは分からないが今後も警戒するに越したことはない。なんせご先祖様の前科があるしね。
ルークスさんの高祖父だっけ。拉致監禁の犯罪者である。被害者はシオリ様だ。
一体どういう状況だったのかとか詳しく聞く勇気は無いので小耳に挟んだだけだけれど、恋焦がれた上での騒動だったらしい。直情的な高祖父様である。
ならばルークスさんには嫉妬の心を燃やさないよう、私はルークスさんのものだと定期的に実感してもらうのが一番手っ取り早い。
平たく言うと定期的に性交すれば安心である。私も気持ちいいし一石二鳥だね。
今後もこの方針は変えないでいくつもりだ。
外部からの余計な茶々が入らなければ…。
「失敬。ここはプライベート空間でしたか」
聞き慣れぬ声がした。と言うよりも初めて聞く声に、私は少なからず驚いて、声がした方を向く。
そこには奇妙な仮面をつけた仕立ての良い服装の青年が立っており、その立ち姿はそつなく感じる。
一目見ただけで身分の高い人なんじゃないかなと推し量れるわけだが、そんな人物がこの皇居宮殿の、しかも皇族の私室が近いこの場所に居るということは、この人は皇族なのだろうか。
否。
この帝国の皇族だという人達は、ここ数ヶ月で順々に挨拶を受け、ほとんど把握している。その中にこの青年は含まれていないはずだ。
どうしてここまで断言できるかというと、最初っから気になったその白い仮面にある。顔全体を覆うものではなくて、顔の右半分だけを覆う半仮面は、指摘されずとも目立つ特徴的なものだ。
ここまであからさまな特徴を剥き出しにされて、見覚えがないとは言えないだろう。完全に記憶にない人なので、初見だと断言できるというわけだ。
「いや違う。ここは客人用フロアで間違いない。我々の方が失礼した」
とルークスさんの言葉に私はやっと気づいた。ここ、客室近くなんですか…?
私ったら迷子にも程がある。女帝様の執務室へ行こうと中心へ向かってるつもりが外回りを歩いていたらしい。
そして棟まで渡り目的地と全然違う客室フロアへ迷い込んでいたと…。
あかん。
私、本当に一人で歩いたら駄目な子である。
「良かった。私室へ迷い込んでしまったのかと思いました」
すいません。迷子は私です。
私の所為でお互い混乱したわけですね。
実にすみません。
「貴殿は見たところ帝国の皇族のようですね。気安く声を掛けてしまい失礼しました」
「いや気にするな。君は紫鳥の国からの使者だろう。こちらこそ寛いでるところを邪魔してすまない」
「よく使者だと判りましたね。まだご挨拶させてもらっていないはずですが」
「それなりに把握だけはしてるのでね。気に障ったなら謝ろう」
「いいえ。この程度のことで目くじらなど立てませんよ。お見知りいただき光栄です。またご挨拶の機会もあるとは思いますが今名乗らせていただきましょう」
そう言って白い仮面をつけた不思議な雰囲気の青年は、背筋を伸ばし胸を張り両腕を背後に回す。まるで応援合戦開始時の、あのピシッとした格好に似ている。
「自分は紫鳥の国が大元帥カリエス・オーリュフェンの息子ピステロット・オーリュフェンと申します。若輩者ではありますが、此度の親善大使特派任務にあたり全権限委任されておりますので、どうぞ宜しくお願い致します」
謹厳とした態度で名乗ってくれた内容に私は目を見張る。オーリュフェン?オーリュフェンてどっかで聞いた名前だよ。そうだそうそうそうなのだ。
頭捻って思い出してみるとあれあれあれだあれなのだ。華兵のヒースラウドさんが確かオーリュフェンですよ。
え。てことは…どういうこった?
「そうか。君がカリエス殿のご子息かね。私は女帝カサブランカの実弟ルークス・ブリュグレイ・オルデクスだ」
「ああ。お噂はかねがね。兄がお世話になっているようで…本意無いことですが」
「…ヒースは良くやってくれている。跡継ぎは君に決まったとみていいのだろうか」
「至極無難な話ですよ。兄は一族を裏切った。死ぬ勇気もない男に大元帥は継げません」
ふご?!なんかこの人、棘がある言い方するね。
ヒースラウドさんが兄ってことは、この人は弟だろうに…まるで兄に死んで欲しいみたいなこと言った。すっごく感じ悪いです。
「よろしい。ヒースは既に我らが身内だ。追わぬよう、そちらの兵たちにも命じておけ」
少し厳しめなルークスさんの言葉だったが、ピステロットさんとやらは(舌噛みそうな名前だ)表情を変えず「御随意に」と頷いた。
表情は変わらなかったが目が冷たいと感じた。兄であるヒースラウドさんとは違って明るさのない青色の瞳と薄紫の髪で顔も全然似てない。
ぶっちゃけ華が無い。
ヒースさんをイケメンとしたら弟さんはフツメンと言えばいいだろうか。
兄を敵視してるような発言といい、この人、要注意人物な気がする。
「それでは。御前、失礼します殿下」
「いや、こちらこそ失礼した。直ぐに去ろう」
と、ルークスさんは私の腰を取り少しずれてたフードを戻してくれて、そのまま私をエスコートしつつ廊下を来た方向へ戻った。
麻ローブのフードちょっとズレてたのか…気づかなかった。一応、宮殿内を歩く時は変装するかローブ着て認識阻害の魔法掛けてから出歩くようにしている。
アリステラ姫も同様なのだが、私たちの黒髪黒目は本当に目立つし正体がバレたら厄介なのでこのような仕様を徹底している。
「時間を食ったな。姉君がご立腹してないといいが」
本当にね。思わぬところで思わぬ人に出会ってしまったものである。
「しかしどうしてハツネ殿は、あのようなところまで迷い込めるのだろうなあ」
「分かりません。一種の才能だと認識を強めるか、諦めてください」
「才能だと思っておこう。彼に会えたのは僥倖だった」
「…ヒースさんの弟さんですか」
「敵を知ればなんとやらだ。警戒するに越したことはない」
ルークスさんも彼を敵と認識しているようだ。
どういう事情があるのかは知らないが私が首突っ込んでもいけないと思って疑問の声は上げなかったけど、なんだか気になるなあ。
このこと、アリステラ姫は知ってるのだろうか…。
ヒースラウドさんは家の事情とかペラペラしゃべるような人には見えないから聞いてないだろうなと憶測を立てる。
ちょっと悩みながらもルークスさんに促されるまま廊下を歩き、何カ所かを曲がって階段を上がったところで、漸く目的地へと辿り着いた。
女帝様の執務室ではなく、なんと皇帝陛下の執務室前である。
「んあれ?ここでいいんですか?」
「ああ。聖霊王国に関しての緊急事態だからな。それなりに役者が揃ってるはずだ」
役者…?なんだかとっても引っかかる言葉だけど、深く考える間もなくルークスさんは扉を開き、私も部屋の中へと促された。
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