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三柱の世界

懐かしさいっぱい神殿詣で

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念願叶っての神殿詣でである。
帝都の中心に、ドドーーーンとそびえるでっかい白大理石の建物。白い巨塔。
それが神殿。伝説の神子おわす双陽神を祀る神殿である。

神殿の名物は何と言っても護符だ。護符の種類は様々あるらしい。聞いたところによると解呪・防御・治癒あたりが主流のようだ。
解呪なんて誰が使うんだろうと思ったんだけど、冒険者とか貴族にバカ売れらしい。さもありなん。

日本の神社やお寺のイメージで、売店みたいなとこでお守りのように売ってるのかなと、前に来た時以上にキョロキョロ見渡してしまったけど、特にそんなところはない。すれ違う人たちは皆ご祈祷帰りだと思うけど、誰もそれらしいものを持っていたりもしないのだ。

あれー?ここは神殿のはずだよねえ。護符を目にしたのは二度ほどだが、神殿に来れば普通に飾ってあったりするものだと思ってた。
護符は貴重なものだとも聞いている。思うに、護符に描かれてる魔法陣とか神殿の象徴じゃないのだろうか。その辺のレリーフの模様になってたりしないのかな。

「おや殿下。本日はお日柄もようございますね。御参拝ですかな」
「いや、今日は神子殿に会いに来た。取り次いでくれないか」
「神子様にですか。少々お待ちくださいませ」

年配の神官さんが応対してくれたんだけど、神子を呼びに行くのはお付きの人だ。
付き人っぽい若い神官さんが晃さんを呼びに行ってくれて、その間、応接間みたいなところで待ってた。
なんだろう…神殿内なのに随分とアットホームな空間があったもんだ。
双陽神を祀る場所など荘厳華麗に飾ってあったし、神殿内の廊下も白大理石に金色の絨毯とかすごい組み合わせなとこもあったしで高級なホテルに来てる気分だったけれど、今いる部屋は普通の内装だ。
変な壺とか変なお面とかの飾りもなく、緑色を基調にした落ち着く空間である。
しばらくお茶飲んで待ってたら晃さんが来た。

「ようこそ詣られました。殿下並びに妃殿下…まさか初音ちゃんが皇族になるとはねえ」
「まだなってないですよ晃さん。お久しぶりです」
「神子殿、私の嫁と随分親しげだが私の知らないところで会ってたりするのか」
「ルークスさん変な勘違いしないでくださいね。あと、まだ嫁じゃねえですよ」

腰に腕回してガッチリホールドしてくるこのエロ殿下なんとかして。

「ところで晃さん、よく私だと分かりましたね」

本日、変装しまくりである。髪や目の色も違えば、服装も若めだと思うんだけど、よく私だと見分けがついたもんだ。神子パワーかなんかだろうか。

「声一緒ですから。耳は良い方です」

そうですか…いやいや、耳が良いからって本人だと確信を得るのは難しいと思うよ。確信がなきゃここまで堂々と人と接しないでしょ。やっぱなんらかの神子パワーだと思っておくことにするよ。
その証拠に、アザレアさんとアリステラ姫に関しても、紹介する前に何者か当てられてしまったからね。

「お連れの方は聖霊と聖霊王国のお姫様ですね。初めまして、私は神子です」
『あらん。ご丁寧にどうも。さすが神子ねえ~一筋縄じゃいかなさそ』
「は、初めましてなのです。神子様…」

アリステラ姫ファイト。いきなり身バレしたけど、めげないで。

「そんなに怯えないで下さいな。双陽神からお告げを頂いただけですから。
ささ、どうぞお座りください。そうだ、女の子には甘いものがいいですよね」

と、どこぞから出してくれたのは"たい焼き"だ。んえ?思わず二度見。
どこをどう見ても"たい焼き"。まごうことなき鯛の形したあんこ入ったあの"たい焼き"である。

「んな、なな、ななななんでここにたい焼きが…!」
「驚いてくれて嬉しいなあ。初音ちゃんこれ好きだったでしょ。まだ、お砂糖がいっぱいあった頃にいっぱい作って保存しておいたんですよ」
「え。これ何年物ですか」
「かれこれ百年は前のものかと」

百年物のたい焼き…。聞けば晃さんも聖霊ボックスを持ってるんだとか。
聖霊回廊にあった聖霊たちのお部屋、あそこの一角を間借りしてるとかかんとか。

「異世界トリップ特典だと思いますよ。初音ちゃんも持ってるでしょ」

と言われてしまえば、あの私の家がトリップ特典なんじゃないかと思わないでもない。家は聖霊回廊と繋がっているしね。
晃さんに家のことを話して、明後日に全体会議するので来て下さいねと再度お願いする。この部屋には防音の魔法がかけられてると説明があったので、遠慮なく物申していきますよ。

晃さんに会ったらどんな顔しようか悩んでたけど、もう気にならない。
なぜなら目の前にたい焼きがあるから。そう、そこに甘いものがあるからだ。
ありがとう甘いたい焼きさん。君のおかげで場が和んで番茶も美味しいよ。
なんとこの番茶、晃さんの手作りです。神殿専用チャノキから摘んでるそうで。

「本物の緑茶とは似ても似つかないくらい味が違うでしょ。他人に勧められるほど品質も良いわけじゃないので、番茶にしかならないんです」

こちらの世界の人に胸張って「異世界のお茶です」と勧めれる代物ではないというわけですね。
私は十分に緑茶だと思ったし美味しいと感じたけど、晃さんからしたらまだまだな味なのだろう。彼は意外と完璧主義かもしれん。
それでも、たい焼きには日本のお茶が合うよねってことで出してくれた番茶である。美味しいよ。あんこと絶妙なマッチング。
番茶の定義は地域それぞれだけれど、私の地方だと二番摘み三番摘みだったり規格外な茶葉は全部番茶になるね。普段使いという意味でも番茶という。

「緑色のお茶って初めて飲みました。いい香りですね」とアリステラ姫。
『紅茶と全然違うわねえ。発酵させてないということかしら』

さすがアザレアさんお料理研究家。紅茶との違いを見事に当てた。
緑茶は茶葉を蒸して揉んで乾燥させて作る。紅茶のように完全発酵する前に蒸すことで発酵と酸化を防いでいるのだ。
そんなことを説明しつつ、たい焼きを頬張る。きちんと尻尾まであんこが入っていて、あんこ好きにはたまらん一品です。
このたい焼きひとつとっても晃さんのこだわりっぷりが見て取れるね。

「ところで晃さん、護符について聞きたいんですが」

たい焼き一個食べたところで今日来た目的をやっと切り出せた。
まさかのたい焼きトラップにハマって忘れてたなんてことは…ない。

「護符ですか。もう作ってないですが、何が聞きたいのでしょう」
「へ。作ってないんですか?でもルークスさん持ってましたよ」

と、挨拶以来ずっと黙り込んでるルークスさんを見る。
ルークスさん、なぜ私の腰に腕を回したままなんだね。そしてずっと太腿をピタッとくっつけてきて離れないんだけど、なんでだ。

「これのことかい?」

エロ殿下、懐から護符を取り出して私にくれた。
ああこれこれ、初めて間近に見るよ。魔法陣なのは見知ってたけど、これを形作ってるのは文字だね。文字が円陣組んでる。しかもこの文字は漢字である。

「"怨念を滅ぼす為の呪い返しと命を守る為の護符"ですか」

文章自体は漢文だ。レ点が入ってて読みやすい。右回りで読んでいく。
この護符の内容だと呪い返し。防御も含まれてるんじゃないだろうか。

「前にネリーから取り上げた護符だ」

秘書のネリーさんから…初めて変装して出掛けた日のことですね。
ネリーさんが呪いの護符を持ってるとヒースラウドさんが指摘してたっけ。
あの時のは方便じゃなくて本当のことだったのね。正確には呪い返しの護符になるだろうけど。

「神子殿、これは私の秘書が持っていた護符なんだが、この護符はいつ作ったものだろうか」

晃さんが手を伸ばしてきたので、私は持っていた護符を晃さんに渡した。

「これはまた…随分と昔に作ったものですね」

じっくり観察しつつ晃さんが言う。

「誰が真似したのか知りませんが、これは贋作です」
「そうなのか。魔力が宿っているから本物かもしれないと思ったが…騙されたな。作った人物に心当たりは」
「多すぎて分かりません。護符を写す行為は神殿の方からも規制してませんので」

護符というのは、ただ書き写しただけじゃ何の効力も持たないのだそうだ。
晃さんが作るからこそ、そこに書かれた言葉通りの威力を発揮できるのであって、素人が真似たって意味のないことなのだけど、ありがたい護符を書き写すという人は結構いるらしい。
写経みたいなもんだと思う。書き写すことで精神統一したり神の御心に触れたとかで喜び感じてお守りにしたり、心の安定の為にしてるんじゃないかな。

個人的なことにいちいち規制なんかできないものね。詐欺とかで悪用されてるならともかく、効力の無い護符を作るだけじゃ罪に問えないだろう。

「随分昔というのは、どれぐらい昔の話だろうか」
「そうですねえ…ああ、思い出しました。丁度そのたい焼き焼いてた時だから百年程前でしょうか」

たい焼きと同じようにクッキングされてた護符。ありがたみが薄れる話である。

「呪い返しには色々と弊害がありましてね。あまり作ってません。
それにしたってこの護符…魔力が宿る贋作なんて初めて見ました。一体誰が…ん?もしかして…」

徐に立ち上がった晃さんは、何も無い空間から筆を取り出して、その護符の魔法陣に何やら書き足し始めた。
使ってる筆は毛筆の筆である。毛先にはもう墨汁が染みているようで、ささっと書き付けは終わる。
終えた途端、その魔法陣は光りだしてパアアアとその光が立ち上がった。

『ちょっとこれ…フルオラ・ナビルミの魔力じゃないのさ』
「え?!」

皆一斉にアザレアさんの言葉へ注目してしまう。
この白銀に光る魔力がフルオラ・ナビルミ、つまり月神の魔力だというのだ。てことは、この呪い返しの護符を作ったのは月神だということになる。
どうしてそんなもの月神が作ったのかは謎だ。考えもつかない。けれど晃さんは違うようである。

「どうやら月神本人が私の護符を真似たようです。おそらく解呪しようとして…でも、うまくいかなかった…」
「晃さん、その解呪っていうのは月神にかけられた呪いを…てことですか」
「知ってましたか。…双陽神から聞いたのですね」
「どんな呪いなのかは聞いてません。ただ、私にも…あと光の騎士にも同じ呪いがかけられたけど今は断たれていると言ってました」

光の騎士と言葉にした時、多分、無意識なんだろうけどルークスさんの手を握ったみたい。
握り返されてから気づく。ルークスさんも動揺してる。くっついてるから分かる。鼓動が早くなって握り締めた手が熱く感じる。

「初音ちゃん…色々と聞いて混乱してる今だからこそ、失った記憶を返した方がいいと思うんだ」
「はい……正直、何も知らないままなのは気持ち悪いです」

晃さんが良ければ今すぐにでも返して欲しいわ記憶。
笑いながらぶっちゃけたら晃さんも笑って返してくれる。

「うん。もう待たない方がいいね。ただ、殿下が心配してるよ。皆にもきちんと説明しよう」

そうだった。私と晃さんばかりで早合点してもいけない。
この場にいるルークスさんは勿論、アザレアさんもアリステラ姫も心配そうにこっち見てる。
うう…私、なんか変な顔してるのかもしれない。自覚ないけど手に汗は握ってるだろうし気持ちはずっともやもやしたままなのだ。

斯く斯く云々、双陽神から聞きかじったことを皆にも話してみる。
私、これから記憶取り戻しても大丈夫かなあ?なんの記憶か知らないけど。
全部取り戻したら今の私とは何か変わってしまうかもしれない。
それを思うとちょっと怖いな。
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