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三柱の世界
ハンカチ二枚用意して病院へ
しおりを挟むさて私、劇的に気づいたことがある。こっちの世界へ飛ばされて約ひと月は経ったはずなんだけど…生理が来てないのである。
毎月それなりにキッチリやってきて月経周期に乱れはあまりない健康体である私。でも今月はまだ来てません。
ここで慌ててはいけない。
妊娠したんじゃないかと疑ってパニクったらやつの思う壷である。
やつとは誰のことか。決まってるじゃないか。毎度毎度中出ししまくってくるこの国の皇弟殿下であらせられるよ。
殿下であらせられるルークスさんに避妊の二文字は通用しない。
今すぐにでも孕めばいいと思ってるから。身勝手な男だね。
そりゃあ赤ちゃん出来たら嬉しいけど今は駄目だろう。まだ婚前だ。
授かり婚てのは聞こえはいいけど要はできちゃった結婚である。言い方をソフトに変えただけだ。でき婚なんかしたら、うちの兄がパニクるわ。悲鳴上げた挙句にパンチングされちゃうわ。ルークスさんぶっとぶかなあ。それはそれで見てみたい気もするけど、まず我が惑星に帰れるかが問題である。地球のどこでもいいから飛ばしてくれれば日本までは気合で帰宅すっからさあ、双陽神は私を帰す気あんのかね……。
などなど、なんだか気鬱なことばかり考えながらここまでやって来た。
ここは帝国の医療機関である。分かりやすく言い直すと、病院である。
先日、熱を出した時に診てくれた金髪姉御ことロザンナ医師が、この病院に勤めてると聞いてやってきたのだ。
ここまで一人でやって来たわけではない。
ロザンナ医師に会いたいと言ったらヒースラウドさんを護衛につけられ馬車を用意され、そして姫に見つかった。姫ってのはアリステラ姫のことである。
「ロザンナ先生に会いに行くならわたくしも連れていって下さいまし」
「知り合いなんですか?」
「はい。戦時中も何かと心砕いていただきましたから…」
おっとこれ暗い話が続きそうだと思ったら案の定、戦時中のこと。毒殺に怯えてたらロザンナ医師がマル秘な薬をくれて難を遁れたとかいう重い話だった。
だからアンタなんでそんな若い内から苦労ばっかしてんだい。若い頃の苦労は買ってでもしろなんて言わないよ。
余計な苦労は成人前の子供が味わっちゃいけないよおおおいおいおいおい…落涙。
こんな話聞いちゃったら会わせてあげたくなるよね。きっと感動の再会だ。
ハンカチ二枚用意しとくわ。
そんな訳でアリステラ姫と一緒に馬車に乗って、ヒースラウドさんは護衛兼御者でついてきてもらいました。
皇居宮殿を出るときにルークスさんがまた付いて行きたいとごねてひと悶着あったけど、それはヒースラウドさんが解決した。
「殿下、先程ネリーが何かの護符を大事そうに握り締めてるのを見かけました」
「え。どういう用途の護符なのか聞いたか?」
「いいえ。ですが…お察し申し上げないこともないですよ」
「何を察した?教えろ!」
「それは殿下御自らお確かめやがってください。…多分、呪いの護符ですあれ」
「ネリーー!早まるなーーーーっ!」
そのままルークスさんは無事、責務へと戻ったのでありました。
ネリーさんという方はルークスさんのお付きの人ですね。秘書だっけ。
まだ会ったことないけど皇族の、しかも一風変わった殿下の面倒を見なくてはいけないだけあって大変強かな印象を受けます。
今後とも暴走殿下を宜しくお願いします。合掌。
そしてヒースラウドさんもありがとう。目上のルークスさんをものともしない辛辣な口調で毒を吐き、あまつさえ手の平で転がすその手腕。お見それしました。
心なしかヒースラウドさんを見詰めるアリステラ姫の瞳も輝いてます。
あれは恋する瞳だね。昨日はまさかの一目惚れ。帰りの馬車でも御者をするヒースラウドさんのお隣に陣取って帝都に着くまでずっとくっついていた。
帝都に入ってからは人の目が多いから馬車の中へ戻らせたけど、あの熱っぷりは紛れもなく本物の恋である。
私としては、今まで不幸のズンドコドンだった…今も不幸が続いている姫が幸せになるなら見守ってあげたい恋でもある。
ヒースラウドさんの反応は至って淡白だけども。そこは押してみたり引いてみたりの恋の駆け引き頑張ってみてくれ。私は応援するよ姫。
さて病院の中である。病院らしく清潔で穏やかな空気が流れる室内である。受付の人も穏やかに対応してくれて、私たちは待合室の椅子に腰掛けて待った。
病院とは言ったが、どちらかというと町の診療所といった雰囲気の小規模な病院である。患者も子供からお年寄りまでごちゃまぜで、待合室はそれなりに混んでいた。
うーん。こんな中では長々とはお話できないね。診療目的で受付通っておいて良かった。ただ会いに来ただけじゃ、仕事終わるまで待ってますねと引き下がらねばならないとこだった。まあ、それでもいいんだけど、何となく例の悩みもあるので患者でいさせてください。
呼ばれるまでアリステラ姫と適当なお話をしながら待っていた。
ヒースラウドさんは外で待っててくれている。馬車放置も物騒だからかなと思ったが「この建物周辺を警邏してます」と言われた。お仕事熱心ですね。アリステラ姫の好感度が鰻登りですよ。
「アリスちゃんは今まで、お付き合いした人はいるの?」
「ふえあ、あ、お付き合いって…ないです。ど、どうすれば良いのでしょう?」
おお可愛い。その初心な反応いいね。
「私に聞くか…うーん、私もお付き合いってしたことないんだよねえ」
「ハツネさんは今、皇弟殿下とお付き合いされてるのでしょう?」
「うん。そういえばそうだね」
「え…そんなに軽いことで宜しいのでしょうか…」
ごめんなさい。私の性です。照れ隠しに軽いノリになっちゃった。姫は真面目に聞いてるのにね。茶化してほんとごめ。
「重すぎても負担になるかなと。押しすぎると相手は引くし、かといって何もしないではいられない。そんなジレンマも恋の醍醐味だよ」
「なるほど…目から鱗が落ちる思いです」
真っ直ぐな瞳でこくこく頷くアリステラ姫めんこいラブリー。
今日もアザレアさんが魔法で黒髪を茶髪にして髪型は特製お団子ヘアーに結い上げ小顔美少女が出来上がっている。
ついでとばかりに私にも魔法をかけてきたアザレアさん。髪色は姫よりライトにクリーム色なんだけど、姫と同じ服、同じ髪型で「まるで双子のようね♪」とアザレアさんには喜ばれてしまった。
いやこれ恐れ多いだろう。隣の美少女と同じ格好にしちゃったら、凡庸な私が可哀想な感じに見えちゃうだろう。
「ハツネさんは美人さんだから強めの色でもいいですよね」
というアリステラ姫の言により、服飾は青系でまとめられてしまった。姫はもちろんピンク系だ。
「こんな、お多福顔にお世辞はいらないよお」
「お多福ってなんでしょうか?」
紙にお多福の絵を描いてあげる。
「まあ、愛嬌のあるお顔…あら?この絵、前に見たことあります。確か曾お婆様がこんな図柄のお面を被って…豆を撒いてたことがありました」
それ節分やん。私は斯く斯く然然とお多福の由来を語る。
「…そんなかんじで節目に鬼を追い払う行事なんですよ」
「なるほど。豆撒き…仲の良くない国の大使がいらした時に、お塩と一緒に撒いてらしたから合ってると思います」
鬼退治だね。塩まで追加してそれよっぽど嫌な客だったんですね。
曾お婆様というのは異世界人でしたよね。拉致監禁の憂き目に遭ったという…。
そして皇帝陛下にトーリ・タツユキと名付けた方。
「もしかして曾お婆様のお名前ってシオリ様?」
「そうですよ。知ってらしたんですか」
ロザンナ医師に日本語を教えた人だね。
姫の曾お婆様とシオリ様が同一人物だということには、アリステラ姫がロザンナ医師との思い出を語る時に気づいたといえば気づいていた。
こんなにも噂に上っている彼女だが、亡くなって久しいとのこと。
聖霊王国初代国王の勇者様も、三代前の王妃になったシオリ様も、終生この世界で過ごしたという。
やはり日本には帰れないのだろうか…。
そんなやりとりがありつつ、今私は姫と双子ルックで病院の待合室にいるわけである。そして呼ばれた先では金髪姉御が本日もエルフ特有の尖ったお耳をピコピコ揺らして待っててくれたわけである。その耳、握り締めたいです。
「先日はありがとうございました」
「姿を変えて来たのか。良い判断だ。黒髪は目立つからな。なかなか似合う」
挨拶もそこそこに変装を褒めていただけると何ともはや気恥ずかしいね。
この姿はもう変装というかコスプレの域なんだ。髪も目も色が違えば、それはもうアニメキャラだろう。最初っからこうしてれば良かったとは思わない。
私は麻のローブたんが恋しい。目立たない上にUVカットまでしてくれた万能フードくんも捨て難い。と、失ったものを嘆いていてもしょうがない。
本日の変装の目的はアリステラ姫のお披露目である。私はわざとらしく後ろにいる美少女を見やった。
「そうなんですよ。アリステラちゃんとお揃いで来ました」
「ん?アリステラ…まさか」
椅子に座ってたロザンナ医師は何かに気づいたかのように立ち上がる。
「ロザンナ先生…」
「本当に?本当にキミは…?」
「はい。わたくし、もう自分を偽ることをやめたんです」
「じゃあ本当に…アリステラ……」
「そうです。ロザンナ先生…ご無事で…っ、良かった…良かったです…」
「キミこそ、死んだって聞いて…あの殿下がまた来たら嫌味でも言ってやろうかと待ち構えてたんだけどさ…無事で良かったよアリステラ」
あーらら。ルークスさん一緒に来てたら嫌味言われてたのか。
ほらね来なくて良かったでしょと帰ったら彼に土産話をしてあげよう。なんて、私がルークスさんのことを考えてる間に、二人はいつの間にかハグってた。感動の抱擁である。ハンカチ二枚持ってきて良かった。私の目頭も、いと熱くなりにけり。
しばし感動を分かち合い。二人は再会を喜び、近況を報告し合う。
「それで今はハツネさんのご好意で、ハツネさんのおうちでお世話になってるの」
「そうだったのか。私からも御礼申し上げる。稲森初音さん、アリステラを助けてくれてありがとう」
面と向かって言われると照れますな。私は笑いながら気にしないでと返す。
ロザンナ医師は奴隷の手鎖を入れられてから、この帝国に招かれたのだそうで。
王は海路、王子は陸路、二人は単独で秘密裏に運ばれたらしいが、王宮に勤めていて奴隷堕ちさせられた人は皆まとめて帝国に連れて来られて、帝国内の各屋敷に匿われているんだそうな。
連行されたといっても奴隷船や奴隷馬車で運ばれたとかじゃなくて、きちんとした護衛と三食昼寝まで付いての快適旅行だったみたいである。
厳しい処罰の割に扱いが丁重だったので、奴隷にされた人たちも拍子抜けしたそうな。女帝の仁徳が伺えるエピソードだね。
王宮務めともなると職や技能を持つ人がほとんどだから、帝国のそれぞれの分野に縁のある人のところでお世話になっているという。
ロザンナ医師も、ここの病院の院長先生と旧知の仲だったので、ここで働かせてもらってるんだって。
「今日は受診しに来たんだろ。アリステラに会わせてくれた御礼にタダで診てあげよう」
「わあ。太っ腹ですね!」
私は大喜びで診察台の上に乗った。ここで仰向けに寝てくださいの指示に従ったのだ。
「…なんていうかキミは、やっぱめらんくそんに可愛いわ」
「ん?あ、そういえば日本語を知りたいのでしたよね」
「うん、そうだね…流石に50年前の知識じゃ錆び付いてきたと思うんだ…はい、後ろもね」
言われて今度はうつ伏せになる。お腹や脇、背中までを聴診器と手指で探られてくすぐったい。でも我慢。
「私で良ければいつでも。しばらく宮殿にご厄介になると思いますし、今度皆さんを私の家にご招待しようと思ってるんです」
そう言いつつ私は診察室全体に遮音の魔法をかける。
前回、ルークスさんに盗み聞きされたから今回は防音よりも強力に「"スパーン"」と全ての音を完全シャットアウトだ。
それから「"クンクン"」も発動しておく。これはもう毎度お馴染み。
ルークスさんの【耳】の気配を感知したら、【耳】の感覚から"茨の鎖"へ繋げて逆に魔力を流してやるつもりだ。
私から離れたところで身悶えてるがいいわ。
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