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三柱の世界
オープンザロイヤル大開脚
しおりを挟むしばらく和気藹々お茶してたら、また側付きの少年が来て「皇帝陛下がお見えです」と告げた。
皇帝陛下ってーと、女帝の配偶者ですかね。
カサブランカ様の夫がいらしたということでいいかな。
「タツユキ!エリオン…!」
女帝が腰を浮かせて皇帝陛下と、もう一人…壮年の男性に抱き抱えられたあどけない顔の坊ちゃんを呼ぶ。
「やあ。ここにいると聞いてね。エリオンも母上に会いたいと言うし、連れてきてしまったよ」
「まあ、エリオン。おねむの時間じゃなかったかしら?お目めさんはくっついてないの?」
女帝を見つけて「まーまー」と呼ぶ小さな男の子は、薄い茶髪の巻き毛で緑色した大きな瞳をしぱしぱさせてる。
何あの可愛い子。カサブランカ様のお子さんだよね。てことは皇子。
そしてルークスさんの甥っ子。女の子みたいに愛らしい顔立ちをしている。
将来はイケメンですね。ごっつぁんです。
そして皇帝陛下。聞き間違えじゃなきゃ、ものっそ和名で呼ばれてた気がする。
「義兄君、ご無沙汰しております」
「ルーくん、相変わらず固いなあ。もっと気軽にユッキーって呼んでおくれよ」
「さすがにそれは無理だ」
「でも好きでしょ異世界の名前。異世界の子に手ぇ出したくらい好きだよね」
異世界の子って…私のことかあああああああ
なんすかこの皇帝陛下。気易いにもほどがあるぞ。
て、これ女帝にも思ったことだけど、なんで帝国の人たちこんなにリベラルなの?開かれた皇室という表現はあれど開きすぎじゃね?
オープンザロイヤル?大開脚だよ。
「う。まあ…こほん。紹介する。ハツネ殿だ」
照れてるルークスさん珍しい眼福。
は。いかんいかん涎垂らしてる場合じゃない。紹介されてるので挨拶せねば。
「稲森初音と申します。ルークスさんには大変良くしていただいております」
主に性的に良くしてもらってますとは口を割かれたらさすがに言うけど今は言わない。
「ハツネ…可愛い名前だね。なるほど。お婆様に似てるなあ」
ん?お婆様とな。
お婆さんが異世界人というのは、ディケイド様の…じゃなかったっけ?
私がハテナー?な顔してたからだろう。
皇帝陛下は笑みを絶やさず自己紹介をしてくれた。
「俺の名前はトーリ・タツユキ。皇家オルデクス家へ婿養子で入ったけど、元は聖霊王国の王族だよ。元国王ベンディケイド・ヴランは俺の従兄だ」
あれま。だからそんなに和顔なのね。でも髪色は薄茶で瞳も碧眼だし、あまり日本人的要素はない。
「聖霊王国の王族は黒髪が多いんだけど、俺は恵まれなくてね。それで不憫に思われたんだろう。お婆様が異世界の言葉で名前をつけてくれたんだ。
トーリ・タツユキってどういう意味かハツネさんは分かる?」
訊かれて私はちょっと悩んだ。言葉の意味くらい名付けたお婆さんに教わってるだろうし、陛下は何を私に説明させたいんだろ。
言葉の意味を知るには漢字にするのが一番いいと思うんだけど、この世界に漢字はもちろん無い。私は紙とペンを借りて、漢字で名前を書いてみた。
トーリ…タツユキ、と…。
「たぶん、『桃李・龍雪』だと思います」
「ほお。美しい文字だ」
「これ異世界の文字なの?素敵ねえ!」
ルークスさんと女帝には大好評。
心なしか女帝の胸に抱かれてるエリオンくん(一歳)も、きゃっきゃしておるわ。
トーリは某有名男優さんから。
タツユキのタツは画数多い方が格好良いと判断して『辰』より『龍』にした。そうしたらユキの字も『之』とかよりも『雪』の方が似合う気がしたんだよね。うん、しっくりくる。
「ああ…こんなような形だったよ。お婆様にみせてもらったことがある……」
懐かしそうな口ぶりではあるが、どちらかというと不安げに私のへたくちょな文字を見詰める皇帝陛下。
私の字がもっと上手だったなら、確信も持てたのでしょうが…。
きっとお婆様は美文字だったのでしょう。
似ても似つかぬへた文字で申し訳御座いません。
「これは漢字と言います。私の国では、全ての国民が六歳頃から手習いを始めて、16歳くらいまでに日常で使われる常用漢字はマスターするのが普通ですね」
「こんな複雑な文字を10年かけて覚えるのか?全国民が?」とルークスさん。
「はい。大体二千文字ありまして、読み方は倍の四千通りほどだったと記憶してます」
「幼い内から何千も覚えるのね…全国民が」
小学生で千文字くらいだったと思うけど、まあ、細かいことは置いておこう。
二人共、全国民が覚えるのだということに驚いているようだけど、なんで?
とりあえず、漢字の意味を漢字の下に書いてみる。
「桃李は、ももとすもものことです。私の聖霊は桃の聖霊果実から降臨したので、こちらでも存在する果物ですよね」
「ええ。桃は甘くて美味しいわよねえ。私、大好きですの」
にこっと皇帝陛下に笑顔を向ける女帝様。お熱いですね。
「龍雪は…龍というのは蛇に似た長い胴体をもつ空想上の生き物です。雪は冬に空から降ってくる雪ですね。…陛下は、その年の冬最初の雪が積もった日にお生まれになったのですか?」
「そうだよ。よく分かったねえ。冬が始まって最初の吹雪があった翌朝だね。王国の北西にある連峰が雪に覆われているのを朝日と共に見たとお婆様から伺ってる」
「きっとそれです。細長い山脈が雪に覆われた様子が大蛇のうねる姿に似ているから、お婆様にはその景色が印象深かったのでしょう」
こう考えると、実に風流な名前である。
異世界人のお婆様は俳句や詩などを嗜む淑女に違いない。
「ハツネは?ハツネはどういう漢字を書くんだ?」
とルークスさん。え。なぜそんな食いついてくるんだ。
「わ、私ですか…そんなに風流な意味はないので」
「教えてくれ」
う。ぐいぐいきますな。そんなに知りたいんですか。
「私も知りたいわ。ハツネさん」
女帝まで。
「響きがすごく可愛いよね。漢字も可愛いに違いない」
「あーう」
皇帝陛下に皇子まで?!
四方から期待の眼差しで見つめられては書かないわけにもいかない。
てか、一歳児の眼差しずるい。キラキラお目めはまだこっつんこしないんでちゅかー?昼寝は大事だよ。うん。
私は皆の視線を浴びながら『初音』と名前を漢字で紙に書いた。
「初めての音で初音です。鶯っていう鳴き声が美しい鳥がいまして、春が到来すると鳴くんです。春になって初めて鳴くので、春の訪れを感じさせてくれる鳥でもあるんですが…私の名前の由来もそういうことです」
テキトーな説明ですみません。自分の名前の由来とか小学生の時に調べたきりだよ口に出すのは。発表という名の羞恥プレイだね。
「鳥の鳴き声か…確かにハツネ殿の鳴き声は美しい。特に胸を弄ると」
「なに言い出すか──!?」
私は慌ててルークスさんの口に手を当てる。それ以上しゃべんなアンタは!
「あらら。うふふふふ」
「へえ。ルーくん、ちゃんと彼女を可愛がってるんだね。えらいよ」
こっちの夫婦からはなんだか生暖かい視線を感じる。
何これ針のむしろっていうか公開処刑みたい。
居た堪れないことばかり暴露して、なんだか頭がくらくらしてきたよ。
「そうだハツネさん。首輪の付け方教えてちょうだいな」
おおっと。忘れてなかったのですね女帝。
「首輪って?もしかしてルーくんの首にあるやつかな」
「ええそうなの。あれ、ハツネさんが謁見中に"囚人の首輪"から付け替えたものなの。浮気防止なんですって」
「え?!ほ、本当に…?…浮気したら斬られるの?うわあ」
皇帝陛下はドン引いちゃってますけどどうしよう。
本当に教えなきゃいけないのかなあ。
「私が教えて欲しいのは、他の用途もあるって聞こえたからよ。斬り裂く以外にも、気持ち良いことに使えるのでしょ?」
あー女帝は聞き逃さなかったらしい。
「気持ちの良いこと?」
ほーらほら皇帝陛下が興味持っちゃった。
「ちょいと。ルーちゃんの所為ですよ。責任もって説明してください。私には分からない感覚ですし」
ルークスさんの口を覆ってた手を外し、私はもうこの事に関しては口を開かないことにした。すべてルーちゃんにお任せである。
「ふむ。姉君、教えてやってもいいが、ひとつ条件がある」
なんでアンタいきなり偉そうやねん。という私のつっこみは心の中だけで、とりあえず成り行きを見守る。条件てなんだろう。
「なによ。言っておくけどルーちゃんて呼ぶのは姉の特権なのよ。今更やめないわよ」
どうしても呼びたいんですよね。わかります。
その信念は捨てないでいいと思いますよ。
「やめてほしいが条件はその事ではない」
「じゃあなによ」
もったいぶらず早よ言えやとお姉ちゃんは申している。
「聖霊王国の元国王ベンディケイド・ヴランに面会させてやってくれないか」
「ハツネさんを?軟禁状態の囚人に会わせろというの?」
ちょっとそれは厳しいんじゃないですかねー。
ディケイド様は一応、死刑囚なんでしょ。後で逃がす?とはいえ、今は国の体面を保つ為にも、協定に沿って行動したほうがいい。どこに監視の目があるか判らないから。
「いや。ハツネ殿もそうなんだが…聖霊様を会わせてやりたいんだ」
私はハッと気づく。聖霊様ってアザレアさんのことだよね。
ルークスさん、アザレアさんのこと…ちゃんと考えて…?
あんなに嫉妬しといて…あんなにライバル視しといて…なのに…なのに…アンタ、それ、それ、ツンデレってやつだよ?!
「ルークスさん──っ!!」
私はたまらず抱きついた。これが抱きつかずにいられようか。
ルークスさんがアザレアさんのことで心配りしてくれるなんて思ってもみなかった。
「そんなに喜んでもらえるとは…」
ルークスさんも抱き返してくれる。
「だって…だって…アザレアさんのこと思ったら、そうすべきだったのに…私は思いつかなかった。ありがとうルークスさん。
私もアザレアさんとディケイド様を会わせてあげたい」
ぎゅっぎゅ抱き締めても感情が爆発したかのように胸が震えて収まりが効かない。
粋なこと言い出しやがってこの皇弟殿下め。ハンサムのくせに生意気だぞ!
「そういうことならいいわ。ただし、タツユキも立ち会わせてね」
「……いいの?」
「当たり前よ。気になってるんでしょ?」
「うん…ありがとうハニー。俺のお嫁さんは世界一だよ」
と、女帝を抱きしめる皇帝陛下。
「タツユキも世界一の旦那様よ。国の都合で振り回してごめんなさいね」
ああ大変だ。ロイヤル夫婦もラブラブしだしちゃったぞ。
私たちもなんの磁力が働いたのか離れることができないからおあいこだね。
----------------------------------------
(蛇足)
熱いムードの中、エリオンくん(一歳)だけは、呑気に机へと這い上り、なんだか素敵なものを見つけたらしく「あーい」とか声を上げている。
皇子、それは金平糖である。カラフルだし目を引くよね。
舐めると甘くて美味しいが、一歳児にあげて良いものだろうか。
虫歯になる危険性と喉に引っかかる恐れもある為、私は見守りつつ、そのことをルークスさんに尋ねた。
「さすがに瓶の蓋は開けれないだろう」
ですよね。開けちゃう心配はしてないけど、食べさしていいものなら是非お食べとも思うのだ。
「あらあら。エリオン、それはハツネお姉ちゃんから貰ったものよ」
「へえ。綺麗な飴だねえ」
「タツユキ、これは飴じゃなくて金平糖というのだそうよ。砂糖の塊なのですって」
「砂糖?こんなにいっぱい…?」
皇帝陛下は信じられないものを見るような目で金平糖の入ったガラス瓶を掴んで開けた。
「ぷやー!」と皇子が抗議の声を上げるので「ごめんごめん。あげるから怒るな」と、一粒指先に摘んで皇子のお口に近づけた。
ちゅぱ…と皇子の小さなお口に吸い込まれる皇帝陛下の指先。
おそらく皇子は、そのちっちゃな舌先で金平糖を味わってしまったのだろう。
彼の瞳がみるみる輝いていく。
「ぷあ!ちゃー!」
「ああ、これは気に入ったね」
皇子のちっちゃな手が皇帝陛下の指先を握って離さない。
だってその指の先には甘い甘い金平糖があるのだもの。
「まーんまー」
「まだ欲しいの?」
「んまー!」
無くなったら再度のおねだりである。皇子、君は逞しいな。真っ直ぐ育てよ。
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